高橋悠治と坂本龍一による、40年前の自由で貴重な会話の記録【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】『長電話』

  • 文:印南敦史(作家/書評家)
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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『長電話』

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高橋悠治/坂本龍一 著 バリューブックス・パブリッシング ¥3,080

高橋悠治と坂本龍一。作曲家でありピアニストという共通点を持つ両者は、1984年末に石垣島に渡った。そして12月15日の夜、翌16日の朝と夜、17日の朝の4回、別々の部屋から電話越しに話をした。会話は本にまとめられ、発売された。本書は、そうして生まれた一冊を40年ぶりに復刊したものである。

もともとの版元であった本本堂は、編集者を父親に持ち、本を愛してやまない人物でもあった坂本が、自分にとって馴染み深い「本」というメディアを通してなにか実験的なことができないかとの思いから立ち上げた小さな出版社だ。つまり本書こそが、その実験なのである。

従って当然のことながら、ここでいう実験には束縛がないことを意味するだろう。その証拠に両者は受話器を通じ、どこまでも自由にさまざまな話題についての思いをぶつけあう。というよりも、その瞬間に感じたことを、なんの脚色もせずにただ言語化していく。話題が音楽や芸術、文学、テクノロジー、広告、評論など多岐にわたるのは、そうした手段が取られたからだ。 

進むべきレールがあるわけではないし、「ガリッ、モグ・モグ(なにか物を口にほおばる音)」などの描写も挿入されるので読み手はときに翻弄されるかもしれない。しかしそれでも、たとえば長電話についての話をしているうちに、坂本がレイモンド・カーヴァーの短編集『ぼくが電話をかけている場所』(村上春樹訳、中央公論社刊)内での間違い電話のトピックを克明に紹介するところなど、興味をそそられずにはいられない場面がなんの前触れもなく登場する。

(恐らくは)読まれることを想定していない、脈絡がなく純粋な会話。だからこそ、ポンポンと移り変わっていく予測不能なやり取りは読んでいて楽しい。そして、刺激的でもある。

※この記事はPen 2024年12月号より再編集した記事です。