連載「腕時計のDNA」Vol.15
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
カルティエは、1847年にパリにアトリエを開設し、名門ジュエラーとして“王の宝石商、宝石商の王”と称えられた。そして74年には時計を下げる帯飾りのシャトレーヌを手がけるなど、ウォッチメイキングにおいても比類なき歴史を誇る。
数々の名作時計の特徴のひとつがフォルムだ。時計は本来、時間の計時が一義になる。しかしこれに飽き足らず、ジュエラーとして培った審美眼からオブジェとしての美しさを追求した。そこから生まれた初期の代表作が「サントス」や「タンク」である。円が常識だった時計の文字盤に角形という革新をもたらし、ひと目でそれがカルティエであることがわかる。その唯一無二の存在感は華麗なるジュエリーとも比肩するのだ。
独自のクリエイティビティを実現するために現在、自社一貫の製造体制を構築し、「カルティエ マニュファクチュール」と、複雑機構や伝統技術の研鑽を続ける「メゾン デ メティエダール」、さらに実験開発を担う「イノベーション ラボ」を設ける。熟練のクラフツマンシップと最先端の技術が両立し、そこに息づくのは“すべての技術は美しさのために”というメゾンの美学だ。それはまさに至高の“時計の王”と呼ぶにふさわしい。
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新作「サントス ドゥ カルティエ」
大いなる探求心が刻み続けるデュアルタイム
1904年、3代目ルイ・カルティエが友人であるブラジル人の航空家アルベルト・サントス=デュモンの依頼に応え、1本の腕時計を制作した。これが「サントス」だ。飛行機操縦中に手を離すことなく時間を確認できる仕様と視認性、堅牢性を併せ持つ実用ツールではあったが、そこには常にハットとスーツで着飾った当代切っての洒落物でもあったサントスの美意識が注がれ、カルティエとの理想的なマリアージュが生まれた。それも世界初の高級メンズウォッチと称えられるゆえんである。
航空界のパイオニアの腕を飾る腕時計に注目が集まらぬはずがない。1911年の市販から、数多くのバリエーションが生まれ、1世紀以上にわたってスタイルは受け継がれている。2019年以降は「サントス ドゥ カルティエ」とレザーストラップを中心に展開する「サントス デュモン」に編成されている。
新作は、グレーとシルバーのワントーンに、ベゼルからの一体感のあるビズスタイルとラインとがブレスレットへと流麗に続く。一見するとスモールセコンドに見えるカウンターは、昼夜表示付きの第二時間帯を示す。エレガンスに秘めたトラベルユースに最適な機能は、大空を目指したサントスの探求心を継ぐのである。
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定番「タンク マスト」
メゾン初のソーラーウォッチに真価が伝わる
メゾンを代表するだけでなく、「タンク」はまさに時計界に輝く金字塔だ。第一次世界大戦直後の1917年に生まれ、その名は、ラグと一体化したケース左右のラインのデザインを、戦車「ルノー FT-17」から着想を得たことに由来する。それはフランスを勝利に導き、平和をもたらした象徴であり、当時のハイテクを印象づけたスタイルは大きな反響を呼び、19年に市販された。
魅力の幅を広げ、数多くのバリエーションが誕生しながらもタイムレスなブランドアイコンとしてあり続ける。それは当初から完成していた秀逸なデザインに加え、根幹には革新性への希求があるからにほかならない。そしてそれは「タンク マスト」のソーラービートモデルへと受け継がれる。
「タンク マスト」は1973年に登場した。当時メゾンとしては画期的なクオーツを採用。その先進性は2021年に光起電発電ムーブメントの搭載し、磨きをかけた。ローマ数字のインデックスから取り込んだ光で発電し、二次電池によって約1カ月間動き続ける。暗所ではスタンバイモードになり、二次電池も交換まで16年間機能する。
現代的な機能を備えながらもケース厚は6.6㎜でクオーツ仕様と変わらない。小振りなサイズもオリジナルを彷彿とさせ、いまのトレンドにも合う。進化を続ける定番というカルティエの真価が味わえるのだ。
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通好み「パシャ ドゥ カルティエ」
伝統宿る機能美はアートと呼ぶにふさわしい
「パシャ」の原型は、1943年にラウンドケースではメゾン初の防水時計として開発された。その機能もさることながら、風防はメタルのグリッドで覆い、外部からの衝撃を防ぎ、リューズには脱着式のプロテクターを備えたユニークなスタイルはすでにこの時生まれている。
コレクションとして登場したのは85年。以来、丸い文字盤に四角い秒インデックスを組み合わせ、4つのアラビック数字で囲むフェイスに、バータイプのラグやチェーンでつないだねじ込み式のリューズプロテクターといったシンボリックなスタイルは変わることなく、高く支持されている。
防水時計というスポーティな出自に対し、独自のエレガンスを併せ持つ「パシャ」の新たな魅力がスケルトンダイヤルだ。文字盤はもちろん、ムーブメントの地板や受けも極限まで削り取り、香箱や輪列、脱進機だけが宙に浮かび上がるようなスタイルは、ミステリークロックの伝統を想起させる。そしてシンボルであるアラビック数字や四角の秒インデックスなどをオープンワークで表現し、研ぎ澄まされた機能美が漂う。それはまさにアートピースの領域といっていい。
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原点回帰とともに世代を越えて価値が際立つ
2000年以降、カルティエは本格的なウォッチメイキングに取り組み、製造本数や品質は格段に向上し、先進の開発体制からは数多くのコレクションが生まれた。まさにリシュモングループの領袖として、成長を続ける時計業界をリードしたのだ。
しかし2016年、方向を転換する。原点回帰を掲げ、伝統ある名作を見直し、細部をより現代的にリニューアルする方向に舵を切った。時代を超越するブランドにとって重要なのは、これまで培ってきた作品を継続し続けること。それによって若い世代にも受け入れられ、さらに世代を越えて支持される。そうした判断からだ。最大の強みを生かすことで、ヘリテージはより価値を増し、新作も「未来のヴィンテージ」という魅力の可能性を秘めるのである。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
カルティエ カスタマー サービスセンター
TEL:0120-1847-00
www.cartier.jp
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