連載「腕時計のDNA」Vol.14
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
パルミジャーニ・フルリエは、天才時計師ミシェル・パルミジャーニが1976年に設立した古典時計の修復工房を前身にする。神の手を持つと称えられたその才能に注目したのがサンド・ファミリー財団だ。スイスの製薬大手サンド社を擁する財団が所有する歴史的な時計やオートマタの修復責任者に任命され、そのバックアップもあり、96年にミシェルは自身のブランドであるパルミジャーニ・フルリエを設立したのである。
2000年以降、パルミジャーニ・フルリエは独立系マニュファクチュールとして、ケース、文字盤、ムーブメントパーツといった専業メーカーを統合し、垂直統合の生産体制を構築した。特に03年にムーブメントの開発製造部門が独立したヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエはスイス高級時計のムーブメント開発を担うことでも知られている。
ひとつの転機になったのがブランド創業25周年を迎えた21年、グイド・テレーニのCEO就任だ。創業者の理念と審美性を受け継ぎ、新たな舵取りで次世代のドレスウォッチを創造する。モダンラグジュアリーを追求し、いま最も注目を集めるブランドのひとつだ。
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新作「トリック プティ・セコンド」
コルビュジエのカラーで彩るドレスウォッチ
CEOに就任するやテレーニはその辣腕を発揮し、「トンダ PF」のリローンチを成功させた。これに続き、今年「トリック」の新作を発表した。かつてブランド誕生とともに発表された記念すべきコレクションであり、創業者ミシェル・パルミジャーニへの深いリスペクトを込め、単なるリメイクではない現代のドレスウォッチを標榜する。
ドーリア式柱に着想を得たローレット加工のベゼルは、重厚感ある初代モデルに比べて軽やかな気品が漂う。文字盤は平面の縁に面取りを施し、ステップを付けた上になめらかなカーブで仕上げる。そこにアプライドのインデックスを備え、スマートかつ視認性も損なわない。
それにも増して新生トリックの個性を際立たせるのが文字盤だ。手仕上げのグレイン装飾に、ファッションでも人気のニュアンスカラーの個性を与える。インスピレーションを得たのは、ル・コルビュジェのカラーパレットだ。1931年に建築用に考案された独自のカラーパレットは、タイムレスで寛ぎを感じさせる。採用したサンドゴールドはまるでインドのサラバイ邸を思わせるようだ。コルビジュエの父は時計文字盤のエナメル職人であり、絶妙な親和性も巡り合わせかもしれない。
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定番「トンダ PF マイクロローター」
スポーティシックは伝統装飾に豊穣の輝きを
テレーニは、前職のブルガリでは20年以上に渡って時計部門を牽引し、現在の本格ウォッチメイキングの軌道を敷いた。そのキャリアを通し、タイムピースばかりでなく、ハイジュエラーの磨き抜かれた美的感性を併せ持つことはいうまでもないだろう。いまやブランドのシンボルとなった「トンダ PF」を見ればそれも一目瞭然だ。
プラチナ950製のベゼルには、トリック同様、モルタージュとも呼ばれる細密なローレット加工を施す。ブランド黎明期から続く、アイコニックな手彫り装飾だ。さらに側面が雫型になったラグには、自然界の生み出した神秘の美であるフィボナッチ数列による曲線を用いる。デイト表示を省いたミニマルな文字盤には、伝統的な装飾技法であるバーリーコーン(麦の穂)パターンの手彫りギョーシェを施し、さらに輝くゴールデン・シエナのカラーで彩ることでまさに豊穣の美しさが際立つのだ。
一体型ブレスレットを装備した「トンダ PF」は、ラグジュアリースポーツと呼ばれるスタイルではあるが、洗練を極めたコレクションをブランドではスポーティシックと位置づける。それはインフォーマルであり、デイリーユースにも応える、より現代的なラグジュアリーの新定義なのである。
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通好み「トンダ PF ミニッツ ラトラパンテ」
時に追われるのではなく、追いかける独創機構
現代のライフスタイルに求められるユニークで革新的な機能とはなにか。ブランドが提案する答えのひとつが「トンダ PF ミニッツ ラトラパンテ」だ。
デイト表示を省いたシンプルなフェイスには、通常はロジウムメッキしたゴールドとローズゴールドの2本の分針を重ね合わせている。下方のローズゴールドの針は、ケース左側面の8時位置のプッシャーで5分、10時位置のプッシャーで1分毎に任意の位置にジャンプさせることができる。針はそこで止まる一方、ロジウムメッキの針はリアルタイムを刻み続け、セットした時間にカウントダウンする。そしてリューズと一体になったプッシャーを押せば、再び2本の針は重なる。
ラトラパンテはフランス語で「追いつく」という意味で、通常クロノグラフの割り針機能を差すが、これは設定した時刻に針をふたつに割ることができる、世界初のスプリットミニッツ機構だ。たとえばビジネスでのプレゼンテーションの時間管理や、イベントの進行スケジュールの管理といった予定時刻に向けた準備調整も視覚的に把握できる極めて有効な機能である。ラトラパンテのシリーズにはこの他、GMT仕様を揃え、こちらは二重の時針で時差を表示するトラベルタイムになっている。機構は似ていてもまったく異なる機能を備え、そんな意外性もパルミジャーニ・フルリエらしい。
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伝統を未来に繋ぐ新時代のラグジュアリー
パルミジャーニ・フルリエに息づくのは、創業者ミシェル・パルミジャーニの古典時計の修復を通して学んだ技術と文化であり、先人の叡知を受け継ぐタイムピースにはまさにタイムレスなアートの価値観が宿る。彼はメンターとしていまもブランドとともにあり、新トリックには彼が復活させた装飾技法、グレイン仕上げが文字盤に施されている。ひけらかすような派手さはなくても美学ある風格が漂う。その審美性が唯一無二の存在とさせるのだ。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
パルミジャーニ・フルリエ
eメール:pfd. japan@parmigiani.com
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