誰にでも記念日というものがあるだろう。それはブランドも変わらない。A.ランゲ&ゾーネにとってそれは10月24日、いまから30年前のその日、ブランドは復活を遂げたのだ。これを祝し、やはり同日に発表されたのが「ランゲ1」の新作である。変わることなくシンボルであり続ける魅力について、ヴィルヘルム・シュミットCEOに聞いた。
ドイツ時計の伝統と革新を現代に継承する
ここで少し時計の針を戻そう。A.ランゲ&ゾーネは、1845年にフェルディナント・アドルフ・ランゲによってドイツのグラスヒュッテに創業した。初代ランゲは、当時の時計先進国への修業の旅を通じ、最先端の技術と知識を習得。手がけた時計は高く評価され、ヨーロッパにその名を知らしめた。しかし第二次世界大戦後、工房は東ドイツに国有化され、伝説のブランドになってしまう。
長い時が経ち、復活への気運が高まったのは1990年の東西ドイツ統合時であり、その4年後、復活コレクションの第一弾が発表された。それが94年10月24日であり、どれだけその日がブランドにとって希望に満ちた大切な日であったことか理解できるだろう。そしてこの時、満を持して誕生したコレクションのひとつが「ランゲ1」なのである。
今年、A.ランゲ&ゾーネは復活から30周年を迎えた。その半分近くの年月にわたってブランドを率いてきたのが、2011年にCEOに就任したヴィルヘルム・シュミットだ。これまでの軌跡を次のように振り返る。
「記憶に残っていることはとても多いのですが、私にとって特にハイライトと言えるのが、まず13年に発表したブランド史上最も複雑なグランドコンプリケーションです。続いて15年の新工房の設立も印象深いですね。最後はやはり19年の『オデュッセウス』のデビューです。これも10月24日に発表したんですよ」と微笑む。
複雑技術と先進設備、新コレクションという3つを挙げるが、それも着実にステップを踏み、進化を続けるブランドらしい。
「でも『オデュッセウス』は、私が入社する前からすでに企画と準備は進んでいたのです。私がなにをやったかというと、それをルートに乗せるためのパイプラインを手助けしたぐらい。マニファクチュールを新しく建てるにしても長い計画が必要です。広い目で見ながら、ロジカルに計画を立てていかなくてはいけない。でも、それが私たちのやり方なのです」と言葉にも自信を込める。
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新作「ランゲ1」が2つのカラーコンビネーションで登場
「ランゲ1」の誕生30周年の記念モデルは、「ランゲ1」と「リトル・ランゲ1」。それぞれ2種類の素材とカラーを持つ、計4本が登場した。まずプラチナケースにブラックオニキス文字盤を組み合わせたモデルについて。
「石英の一種であるオニキスは2000年に『カバレット』の文字盤に用いましたが、本数も限られ、それ以来使っていません。ブラック文字盤についてはこれまでの『ランゲ1』でもありましたが、ラッカーやエナメルであり、この素材は初めて。表情はまったく異なります」
シュミットは、半貴石のオニキスはとても薄く、色ムラもとても目立つと説明する。
「天然素材なので傷などもありますし、なによりもケーシングに気を使います。ブラックに加え、独特な光沢は塵や埃が大敵で、完全なクリーンルームで作業は行なわれます」
漆黒のオニキスは、黄金比から生まれる「ランゲ1」の美しいフェイスデザインをより引き立てる。重厚感あるプラチナケースの風格も、熟成と呼ぶにふさわしい。
もうひとつのモデルは、ピンクゴールドのケースにブルー文字盤を備え、エレガントな艶を醸し出す。
「ブルー文字盤は、1997年と98年にイエローゴールドのケースに合わせたことがありますが、とても少数でした。またピンクゴールドとの組み合わせは、他のコレクションではありましたが、『ランゲ1』では初めてです。30年という歴史のあるモデルなので、これまでさまざまな仕様がつくられていて、その中で新しいモデルをつくるのはなかなか難しいですね」
文字盤とインダイヤルには異なる仕上げを施し、美しいブルーに個性的なデザインが映える。レギュラーモデルとは同じ仕上げながらもピンクゴールドとの組み合わせでまったく印象が変わり、それも新鮮さを感じさせるのだ。
ちなみにいずれのモデルも「ランゲ1」が各300本、「リトル・ランゲ1」は各150本が用意され、従来の記念限定モデルに比べるとその本数は多い。その理由をシュミットはこう語る。
「やはり『ランゲ1』は、30年というブランドの歩みを象徴し、皆さんに愛されているモデルです。ぜひ周年を祝っていただきたいと思いましたし、生産本数を増やしたのはその感謝の気持ちでもあります」
一般的に周年記念の限定モデルでは、それを誇示するような表記がされることも多い。しかし、「ランゲ1」にはそれは一切ない。素材やカラーコンビネーションといった新しい試みをしながらも極めて控えめで、よほどの時計通でもなければ気づかないだろう。
「30年間どこも変更しなかった『ランゲ1』のデザインを、どうして急に30年後に手を入れる必要がありますか」とシュミットは笑う。そこに息づくのは、ドイツ時計の伝統であり、強い信念だ。
「A.ランゲ&ゾーネの伝統的な時計づくりを象徴するひとつに、ヒゲゼンマイの素材があります。最近ではシリコンをはじめ、ハイテク素材も増えていますが、採用されているのは圧倒的に量産ブランドのものが多いと思います。でも私たちのお客様は、決して量産品ではなく、それとは違う、変わらない伝統に価値を感じています。そして私たちの時計技術者は、一つひとつの部品を最高品質に仕上げ、独自のムーブメントをつくり上げる。手づくりという職人技を駆使して最高のものをつくるのが、A.ランゲ&ゾーネだと思います」
30年という節目はブランドにとっても「ランゲ1」にとっても、ひとつの通過点に過ぎないということだ。