一流のビジネスマンにとって、腕時計は仕事において自身を表す大切なツール。経営者たちの愛用を深掘りすれば、独自の経営哲学やモノ選びの流儀が見えてくる。クルマ、カメラ、楽器、サウナ……、さまざまな業界で会社を率いる9名の腕時計を紹介する。
Pen 2024年12月号の第1特集は『100人が語る、100の腕時計』。腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。そんな“特別な一本”について、ビジネスの成功者や第一線で活躍するクリエイターに語ってもらうとともに、目利きに“推しの一本”を挙げてもらった。腕時計の多様性を愉しみ、自分だけの一本を見つけてほしい。
ていねいなものづくりに触れると、心が豊かになる
ライカカメラジャパン社長として日本の写真文化を支える福家一哲。時計に限らず、モノ選びですべてに共通するこだわりがある。
「私がよいと感じるのは、人の手がかかっているもの。ていねいに大切につくられたものを使うことで、心が豊かになり、贅沢な気持ちになれると思うのです」
仕事を通して時計の知見を深めた福家が、よい腕時計を手にしたいと思った時に結論としてたどり着いたブランドが、かつて在籍していたセイコーが手掛ける、グランドセイコーだった。
「たとえば、ブレスレットやケースの磨きには強いこだわりがあって、ムーブメントのパーツ一つひとつにもすごく手間をかけていた。実際に目にした製造現場の様子も踏まえて細部に至るまでつくり手の思いがのっている印象が強かったので、やっぱりグランドセイコーを選びましたね」
そして、同ブランドのなかでも特に精度の高さに定評のある「9Sメカニカル」ムーブメントを搭載した一本を2016年に購入した。
「ケースが鏡面仕上げとマット仕上げのコンビネーションになっているなど、磨きの美しさが素晴らしいです。ブレスレットは肌に馴染んで着けていることすら気にならない。Yシャツの袖口も削らず、とても心地いいんですよね」
シンプルなデザインのホワイトダイヤルも気に入っている。
「ブルーの秒針以外に色の要素がなく、時間を表すインデックスは別部品で構成されたアプライドインデックスが採用されているので立体的で視認性も抜群。セイコーとグランドセイコーのロゴが併記されているところも好きですね」
GRAND SEIKO / グランドセイコー「メカニカルハイビート36000」
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ブランドの精神を感じる、グリーンの正統派
姿見をデバイス化したスマートミラー「ミラーフィット」を通して、オンラインフィットネス事業を展開する黄皓。商社でのメキシコ駐在時に自然に囲まれていたことや都心には緑が少ないことから、気がつけば財布など小物の多くが緑色に。腕時計はロレックスが好きで「サブマリーナ」や「コスモグラフ デイトナ」など複数を所有するが、いちばんの愛用はダイヤルカラーがグリーンの「オイスター パーペチュアル」だ。
「グリーンはロレックスのコーポレートカラーでもありますし、その精神を体現しているとも考えて、この色を選びました。コーディネートのバランスをとるためにブレスレットと合わせながら着けています。大人の落ち着きやセンスが磨かれてきたのか、ロレックスを正統派ブランドとして渋くてかっこいいと思えるようになったのは30代以降。流行に左右されないデザインなので、将来子どもができた時に継承できるところも魅力。世代を超えたつながりを生み出してくれる時計だと思います」
ROLEX / ロレックス「オイスター パーペチュアル」
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謙虚であり続けるために、あえての金時計
20代前半からさまざまな事業に取り組んできた実業家であり、サウナブームの火付け役「ととのえ親方」として知られる松尾大。
「尊敬するビジネスの大先輩に『商人なら、とにかく金のロレックスを買え』と言われてきたんです。それでも自分では身の丈に合わないと思っていました。ですが、実際に着けてみてアドバイスの意味がわかったんです」
敬遠していたゴールドのロレックスを手に入れたのは最近のこと。10代の頃からお世話になっていた先輩が使っていた「デイデイト」を譲り受けたという。
「シャンパンゴールドだった文字盤は好みの黒に変更しましたが、やっぱりこれを着けているとめちゃくちゃ人目につく。だからこそ、行儀の悪いふるまいはできない。この時計で威張っていたら格好悪いじゃないですか。年を重ねて人の上で指揮する立場になると、つい謙虚にふるまうことを忘れがちになると思いますが、これを着けると自然に謙虚な気持ちになれる。そんな一本なんです」
ROLEX / ロレックス「デイデイト」
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体験を心に刻み、人生の冒険をともにする
IWCのパイロットウォッチは1930年代からの歴史を持つ銘品。なかでも「ビッグ・パイロット・ウォッチ“アントワーヌ・ド・サンテクジュペリ”」は、世界限定1149本の特別なモデルだ。
「私が、自らの人生のパイロットとして冒険を繰り広げる。日常にそんな意味を与えてくれるのがこの時計です。また、素晴らしい技術と美意識の結晶であり、生活のなかで使うことができるプロダクトという点では時計とギターは通じるものがあると考えています」
2009年にはラルフローレン日本法人の立ち上げを社長として牽引し、15年からはフェンダーミュージックのリーダーとしてアジア・パシフィック地域を統括するエドワード・コール。
「多くの人にとって時計は時間を知るための道具ですが、私にとってはそれに加えて体験を心に刻むためのもの。好きなバイクやクルマでのドライブ、妻や娘、友人たちと大切な時を過ごしている時間。手元を見るたびにその美しい思い出が甦りますね」
さらに、ものづくりをするブランドは多くの人にストーリーを届けていくものであると、コールは言葉に力を込めて語る。
「フェンダーは、プレイヤーが潜在能力をフルに解放できるようにギターを通してサポートしています。そして、私たちのギターを使うロックスターが数百万人に影響を与えていく。それはこのパイロットウォッチが私の“人生の冒険”という物語を刻んでいるように、IWCというブランドが時計づくりを通して人々のストーリーを紡ぐ手助けをしていることに通じていると考えています」
IWC / アイ・ダブリュー・シー「ビッグ・パイロット・ウォッチ “アントワーヌ・ド・サンテクジュペリ”」
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メカ好きの心を奪う、徹底した機能美
10月にお披露目された、BMWの新型「M5」。代表として報道陣の前でプレゼンテーションを行う長谷川正敏の左手首には、いつものようにオメガの「スピードマスター ムーンウォッチ」があった。
「新車の発表会やドイツ本国で役員の前でのプレゼンといった日は絶対にこの時計を着けます。結納返しとして妻が限定2000本のこのモデルを探してくれて、それからよい時も悪い時も、30数年間ずっと着けている時計なんですよ」
他にも所有している時計はあるが、アナログウォッチはすべて機械式。しかも手巻きに強いこだわりがあると長谷川は言う。
「子どもの頃からエンジンで動くもの、そしてメカが好きだったんです。高校生の時にはレーシングメカニックのバイトをしていました。新卒では商社に進みましたが、ラリーのプロジェクトに関わってから、その後はずっと自動車業界で働いて、大好きなクルマを扱ってきましたね」
そんな長谷川が思う、「スピードマスター」の魅力を尋ねた。
「クロノグラフだけれど、文字盤は黒一色に白い針でシンプル。この飾り気のないところがメカらしくて、いつ見てもいいんです」
それはクルマとも通じるところがあるそうだ。
「ロールス・ロイスやMINIは少し違うけれど、BMWには似たムードがあるかもしれません。職人技を非常に大切にしており、走る、曲がる、止まる、この三要素に徹底的にこだわる。装飾することよりも走りの質を追求し、ドライビングの喜びを届け続けている。それがBMWのよさですし、この時計にも感じる機能美だと思います」
OMEGA / オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」
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シンプルの重要性を、リマインドしてくれる
2022年の社長就任後、“最も革新的なビューティーグルーミングカンパニー”を新たなビジョンに掲げ、成長を目指す後藤秀夫。
「この時計は結婚した時の、妻からのギフトです。シンプルなデザイン、品質の高さ、オンでもオフでも使える汎用性がいい」
シックは100年以上の歴史を持つ伝統あるブランド。本質を守りながら進化する点でロレックスには学ぶものがあると後藤は語る。
「どんな層に向けたプロダクトでも、品質は絶対に重要だということがロレックスやシックが長く愛されてきたことからわかります。その上でビジネスは長く続くほど複雑になるので、必要なものを削ぎ落としてシンプルにする必要もある。このエクスプローラーは、それをリマインドしてくれます」
そんな後藤の右手には、カルティエの「ジュスト アン クル」が。
「釘がジュエリーになる、常識を超え挑戦している点が好きです」
守るべきものと変えていくもの。バランスよく試みていくことが、彼のビジネススタイルなのだ。
ROLEX / ロレックス「エクスプローラー」
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信頼性の象徴、ロレックスがパートナー
2022年、中国の自動車メーカーBYDの日本市場参入とともに事業を始めたBYD Auto Japan。社長に就いた東福寺厚樹は、立場にふさわしい腕時計をとロレックスの「デイトジャスト」を購入した。
目立ちすぎず、端正なところが気に入っているという彼に、BYDが日本市場で販売を増やしていくために重要なことはと尋ねると、信頼だと即答する。
「前職のフォルクスワーゲンでは、日本のカスタマーが企業への信頼をきわめて重視するという特性を学びました。BYDが日本へ参入するにあたっても、中国メーカーであること、EVの将来性への不安、この2点のネガティブ要素について厳しい視点が常にあることを意識する必要があります」
そんな彼の手首にある時計が、信頼性で高く評価されるロレックスだということが興味深い。
「中国の本社からはもっとアグレッシブに進めてほしいと要求されることもありますが、慎重に、ていねいに、日本での理解と信頼を高めていきたいと考えています」
ROLEX / ロレックス「デイトジャスト」
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デザインに感じた、隠しごとをしない潔さ
弁護士業務も現在の不動産業務も時間には特に厳しいため、腕時計は必須だと話すのは、UMITOを経営する堀鉄平。弁護士の仕事を始めた頃から一生ものの腕時計には憧れがあり、自分に対して誇りが持てるようになったタイミングで手に入れようと決意。独立後、経営が軌道に乗った頃、社員旅行で訪れたハワイでブレゲの「トラディション」を購入した。
「選んだ理由は、機構をさらけ出したデザインに、隠しごとをしない潔さを感じたからです。手巻き式で、毎朝出社前に車中でゼンマイを巻くと、格闘家が試合前に手にバンテージを巻く時のように『さあ、いくぞ!』と仕事へのスイッチが入ります」
これまで5回ほど修理や調整のためにブレゲの店舗に時計を持ち込んだが、そのたび、時計に対して真摯に向き合う姿勢に感銘を受けると話す堀。所有する腕時計はこの一本のみ。浮気はしない。
「腕時計は仕事での大切な道具であり相棒。壊れて動かなくなるまで、誠意をもって使い続けます」
BREGUET / ブレゲ「トラディション 7027BB/11/9V6」
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社名の由来になった、想い出深い時計
PR会社TANKを率いる今井雄一が愛用するのは、カルティエの「タンク ソロ XL」。実はTANKという社名は、この腕時計に由来する。
「独立後の最初の仕事がカルティエのタンクのPRで、その時のキャッチコピーが“ネバー ストップ タンク”だったんです。それまでおよそ100年にわたって人々を魅了し続けてきた時計ですが、この先も走り続けるという意味がこもったこの言葉に心を撃ち抜かれて、社名にしました」
その後、経営が安定したタイミングでついに「タンク」を購入。日常使いのほか、イベントの現場でブラックスーツを着る際やプレゼンなど、ここぞの場面で着けることで、この時計が醸し出す品格を身に纏うのだという。
「気品を感じる時計なのに、戦車をデザインのコンセプトにしているギャップも好きですね。さまざまなタイプがありますが、サイズの大きなモデルを選んだこともあり、シンプルなダイヤルとあいまって時間が見やすく、実用的なところも気に入っています」
CARTIER / カルティエ「タンク ソロ XL」
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