恐竜の立ち方は『ジュラシック・パーク』を機に変わった!?100年もいびつな姿が続いた理由をひも解く【後編】

  • 文:幕田けいた
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前編では、ティラノサウルス・レックス(T.レックス)の仁王立ちのゴジラ立ちから現在の前傾姿勢になるまでの映像史を追ってきた。しかし、恐竜の姿はかなり昔から間違いを指摘されていたのに、100年も続いたのはなぜか?今回は、さまざまな有識者からその理由を聞いてみた。

 

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技術と予算の不足が生んだいびつな姿

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ウィリアム・D・マシューが1905年に描いたティラノ・サウルスの骨格の復元画。illustraiton :William Diller Matthew

そもそもなぜ、ティラノ・サウルスがゴジラ立ちになったのか。それは、1865年にアメリカの古生物学者ジョゼフ・ライディがハドロサウルスを復元したことから始まったもので、恐竜が二足歩行の姿勢で描かれたことが原因だという。1915年、アメリカ自然史博物館の元館長であるヘンリー・フェアフィールド・オズボーンは、このように配置された最初のティラノ・サウルスの完全な骨格を公開し、この生物が直立していることを確信し、この概念をさらに強化してしまうことにつながったという。

この点について、早稲田大学の国際教養学部で古生物学を教えている平山廉教授は次のように語る。

「二足の直立スタイルのモデルになったのは、現生哺乳類のカンガルーでしょうね。カンガルーはジャンプするときには尻尾を上げますが、立っている時は尻尾を地面につけています。尻尾を持つ二足の動物を想像したとき、モデルにするには最適な生物です。では、なぜ二足歩行動物を直立させなければならなかったかというと、生物学的な分析の他に、おそらく博物館の展示技術と予算の問題も大きかったと思います。昔の標本の復元技術だと、骨格に尻尾を上げさせて二本足で立たせると不安定でバランスが崩れてしまう。ですから尻尾を地面に着けるカンガルースタイルで、三点倒立式に立たせたんでしょう。ですから、のちに恐竜学者が『姿勢は水平だった』と気づいても、簡単に標本の展示は変えられません。標本は鉄骨のフレームで支えられているので、それを変更するには予算がかかる大工事が必要になってくるからです」

80年近くも続いた間違いに、博物館の懐事情も絡んでいたことは衝撃的だ。しかし『ジュラシック・パーク』公開は、古生物学の前進に大きな影響を与えたという。世界的な恐竜ブームの影響で、興味を持った見学者は倍増し、学問自体に経済的価値が生まれ、公的な機関だけでなく、さまざまなスポンサーが資金を提供するようになったからだ。

「ニューヨークのアメリカ自然史博物館が、展示している骨格標本の姿勢を工事して変えたのも『ジュラシック・パーク』のヒット以降の話です。恐竜ブーム以降、世間の注目が集まり、骨格標本が「あの姿勢でよいのか」と言われだした。それで博物館も無視できなくなって変えざるを得なかったということらしいです。ブームになったことで初めて正しい説が注目され、予算が出たんですね(笑)」

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アメリカのデンバー自然科学博物館では、いまでもゴジラスタイルのティラノ・サウルスが飾られている。photo: Scott Robert Anselmo

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ティラノ・サウルスの未来の姿

平山教授は『ジュラシック・パーク』以降も、Tレックスのイメージは変化し続けているという。世界中で、新発見や新学説がどんどん発見され、発表されているからだ。

「たとえば『ジュラシック・パーク』に出てくるTレックスの歯は「むき出し」ですよね。あれはワニをモデルにしているのですが、しかし、一般的に爬虫類では、蛇やトカゲも唇があり、口を開けないと歯が見えません。爬虫類であったと考えられていた時代でも、本当はTレックスも歯は見えないように描かれないといけなかったはずなのです。6、7年前に、そうした説が学会で発表されて変わってきた。ところが、実はこの説も、亡くなったワニの研究家の青木良輔さんが、30年前くらいに著書『ワニと龍』で書いている。そうした研究者の世界だけで発表される発想は、なかなか広まらないんですよ」

1時間も開けっ放しにすることができるワニの口は、体温調整や大きい獲物を捕まえる道具として使う、爬虫類でも珍しい器官であると語る平山教授。その爬虫類でも特殊なはずのビジュアルが、Tレックスのイメージに使われ、現在も根強く残っているのだ。

「Tレックスは、いろいろな動物のつぎはぎでイメージがつくられています。体はカンガルー、頭に関してはワニに引きずられているんです」 

時代とともに、Tレックスをはじめとする恐竜たちが姿を変えていく中、映画に登場する恐竜もリニューアルされていくのだろうか。たとえば映画の恐竜は足音を立てて現れるが、動物は足の裏に肉球のクッションがあるため、大きな足音を立てるような歩き方をすると脚をけがしてしまうという。また恐竜の吠える声も実際は考えられないと平山教授は解説する。

「もちろん映画に出てくる恐竜も少しずつ変わっていくでしょう。でも、いまのところ93年の『ジュラシック・パーク』のイメージからほとんど抜け出せていないのが実情です。また学術的に間違っているイメージも、演出として使っているのはしかたがないかもしれません。恐竜映像の制作者が、新しい学説のイメージは理解できていても、羽毛を生やして唇を付けてしまうと肉食恐竜らしさが感じられなくなって恐怖感が足りなくなってしまう。それで映画がヒットしなかったら困るので、昔ながらの間違ったイメージを変えづらいという事情もあるんでしょうね(笑)」

羽毛のティラノ・サウルスは受け入れられるか?

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羽毛に囲まれたティラノサウルス illustraiton: Matt Martyniuk

これまでの常識を覆した『ジュラシック・パーク』の成功は、新しいイメージの恐竜たちの動き、スタイルを定着させ、その後の映像作品の手本となった。しかし、一方でジュラシック・パークが、いまでは恐竜のイメージを固定化させていると言えるのは皮肉な状況だ。顕著な例とすれば、近年騒がれている羽毛のティラノ・サウルスだろう。最新の研究では、肉食恐竜たちが羽毛に包まれていたという説が証明されてきており、ティラノ・サウルスも図鑑で羽毛に覆われつつある。ラテン語で「暴君竜」という名にふさわしい、「ジュラシック・パーク」に出てきたティラノ・サウルスの竜のような強靭な肌のイメージは、現在失われつつある。この点は今後も受け入れられるのだろうか? その点について、恐竜イラストを多く手掛けてきた、イラストレーターの川崎悟司氏曰く、

「1995年に「シノサウロプテリクス」という羽毛の痕跡を残した化石が発見されました。はじめて恐竜に羽毛が生えていたことが確認され、この発見を皮切りに次々とシノサウロプテリクスを含む「コエルロサウルス類」を中心に羽毛がある恐竜化石が発見されています。ティラノ・サウルスはこのコエルロサウルス類の1種で、羽毛がはえていた可能性があるため、羽毛がはえたティラノ・サウルスが描かれることもあるというわけです。ただ、ティラノ・サウルスの化石そのものに羽毛の痕跡はいまのところ確認されていません。ティラノ・サウルスの化石に羽毛の痕跡が確認できないかぎり、羽毛ティラノ・サウルスは世間に広く受け入れられることはないのかなと思います。」

もちろんスピノサウルスの生態やプテラノドンの羽ばたきなど、『ジュラシック・パーク』シリーズが提供した科学的論説が、いまでは全面的に正しいとは言えないと議論がされているが、世界を股に掛けた空前のヒットは、一般社会の恐竜に対する関心を集め、古生物学会にも経済的な恩恵をもたらしたのは周知の事実だ。

今後も恐竜映画のクリエイターたちは、アーティストとしてだけではなく、動きの復元作家、また恐竜学の広報係的なポジションとしても、良くも悪くも最新学説を世に知らしめていく役割を果たしていくのだろう。新学説の恐竜映画登場に期待しよう。

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