6人の時計ジャーナリストが思わずうなった珠玉の一本とは?

  • 写真:宇田川 淳
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四半世紀以上にわたりスイスでの取材を続けるなど、これまで数多くの時計を見てきた時計ジャーナリストたち。そんな彼らが近年で思わずうなった珠玉の一本をそれぞれ挙げてもらった。

Pen 2024年12月号の第1特集は『100人が語る、100の腕時計』。腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。そんな“特別な一本”について、ビジネスの成功者や第一線で活躍するクリエイターに語ってもらうとともに、目利きに“推しの一本”を挙げてもらった。腕時計の多様性を愉しみ、自分だけの一本を見つけてほしい。

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1. 広田雅将
ルイ・ヴィトン「タンブール オトマティック」

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広田雅将●1974年、大阪府生まれ。時計専門誌『クロノス日本版』およびwebChronos編集長。サラリーマンなどを経て現職。ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)会員。共著に『時間の日本史』(小学館)、『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞社)などがある。

ルイ・ヴィトンがつくり上げた、まったく予想外の時計

2023年に発表されたルイ・ヴィトンの「タンブール」は、そう言って差し支えなければ、予想もできないような時計だった。前作に比べて文字盤はぐっとシンプルになり、売りになるはずのインターチェンジャブルストラップは廃され、ムーブメントはマイクロローター式の自動巻きに改められた。つまりはいきなり「ツウ好み」になったわけだ。

時計としてのあり方をガラッと変えられたのは、パッケージングに自信があればこそ、だろう。そもそも樽形のケースを持つタンブールは時計部分の重心が低い。加えてケースが薄くなり、適切な重さのブレスレットを合わせることで、装着感はより改善された。またブレスレットのコマは、現行品としては珍しく、左右にあえて遊びを持たせたものだ。

正直、よいブレスレットをつくるにはかなりの知見がいる。遊びの少ないブレスは一見高級そうだが、装着感はよくないし、長く使うとガタも出る。対してルイ・ヴィトンは、あえて遊びを持たせることで、きわめて優れた着け心地をもたらした。褒めすぎかもしれないが、今風の硬い着け心地を好まない人ならば、間違いなく気に入るはずだ。

文字盤の仕上げも良好である。同じ色を使い、しかし下地の処理だけで色を変えてみせるテクニックは、文字盤にノウハウを持つルイ・ヴィトンならではだ。もっと強い色も似合いそうだが、あえてトーンを抑えたのは、普通の人にも手に取ってほしいためか。

ルイ・ヴィトンという名前がなくとも、名だたる傑作と勝負できる新型「タンブール」。ルイ・ヴィトンなんてと思う人にこそ、触ってほしい時計だ。

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タンブール オトマティック/2002年発表のタンブールを刷新した新型モデル。ディテールはもちろんだが、いっそう見るべきは優れた装着感をもたらした、パッケージのよさだ。一見シンプルながら、十分に考え抜かれたブレスレットとケースの設計が光る。自動巻き、SSケース&ブレスレット、ケース径40㎜、パワーリザーブ約50時間、シースルーバック、50m防水。¥2,849,000/ルイ・ヴィトン クライアントサービス TEL:0120-00-1854

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2. 髙木教雄
パルミジャーニ・フルリエ「トリック プティ・セコンド」

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髙木教雄●1962年、愛知県生まれ。90年代後半から時計を取材対象とし、工房取材を積極的に行い、時計専門誌やライフスタイルマガジンなどで執筆。著書に『世界一わかりやすい腕時計のしくみ』『世界一わかりやすい腕時計のしくみ 複雑時計編』(ともに世界文化社)などがある。

古の技法を蘇らせ、新たなる余白の美を極める

このモデルの登場には、布石があった。2021年に登場した「トンダPF」である。この新コレクションを初めて目にした時、時計関係者は戸惑ったはずだ。私も、その例外ではない。なぜなら、植字のアワーインデックスが極端に短く、時針から遠く離れ、大きな隙間が生じていたからだ。これは既存の時計デザインの定石から逸脱している。視認性を高めるためには、針とインデックスを極力近づけるのが常識。しかし「トンダPF」は、短い時インデックスによって大きく広がった余白を、ローズエンジンによる複雑なバーリーコーンギョーシェの美しさを主役とするステージとしてみせたのだ。

そしてこの「トリック プティ・セコンド」も、同じく極端に短い植字インデックスを用い、余白を広げている。そのステージを華やぐのは、酒石英と塩、銀を脱塩水に混ぜたペーストをブラシでていねいに撫でつけた古式ゆかしき本物のグレイン仕上げ。その上質なマット感は、ダイヤルの主役としてまさにふさわしい。「なるほど、次はこう来たか」と初見で思わずうなった。

搭載するのは、新開発の手巻きというのも、このダイヤルにマッチする。そのブリッジと地板は18金製。そして地板はブラスト仕上げとし、ブリッジには菱形の凹凸が連なるコート・ド・フルリエを施し、あでやかなコントラストを織り成してみせたのも見事である。

さらにヌバック調に加工したアリゲーターを、縫い目を飛ばしたサルトリアルステッチで仕立てたストラップも、カラーリングも含め実にスタイリッシュだ。

一分の隙もない新たなクラシックウォッチの名作を、パルミジャーニ・フルリエはつくり上げた。

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トリック プティ・セコンド/ローラーを手で押し当てて回し造作するローレット装飾ベゼルは、創業時からあるメゾンのシグネチャー。時インデックスを置く最外周をくぼませたグレインダイヤルのベースにもゴールドを用いた。手巻き、18KRGケース、ケース径40.6㎜、パワーリザーブ約60時間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、30m防水。¥7,095,000/パルミジャーニ・フルリエ eメール:pfd.japan@parmigiani.com

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3. 並木浩一
ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル ユール フローラル スリジエ ウォッチ」

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並木浩一●1961年、神奈川県生まれ。桐蔭横浜大学教授(博士)。ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)会員。94年からスイス時計を取材し、著書に『腕時計一生もの』(台湾版あり)、『腕時計のこだわり』『ロレックスが買えない。』など。元TV誌編集長で、ギャラクシー賞選奨委員の顔も。

桜の開花数が時を伝える、風雅な超絶技巧

この腕時計の文字盤上に針はない。その代わりそれぞれ5弁の花びらを持つつぼみが1時間ごとに開いては閉じていく数で、時(アワー)を示す。それも単純に増減するのではなく、閉じる花と開く花を変え、正しい数が咲く。位置は一定ではなく、今日の午前5時と午後5時、明日の午前5時では花が咲く場所は異なるのである。

誰も思いつかなかった、“超・花時計” では、独自に開発したモジュールにより12の花々それぞれが独立して開閉するメカニズムに連結している。分もケースサイドの小窓に表示される正確な腕時計は、腕時計であること遥かに超越した存在意義がある。

一つひとつ手作業でミニアチュールペインティングされた花は美しい。すべて微細な筆先で仕上げていき、同じものは存在しないその花々を文字盤上でローズゴールド、ホワイトゴールド、イエローゴールド、ピンクサファイア、イエロー&ホワイトのダイヤモンド、ホワイトマザー・オブ・パールが彩る。そのまま美術館が展示していいレベルのアートピースであるから、着けた人間は“ ウォーキング・ミュージアム” なのだ。ヴァン クリーフ&アーペルの「ポエティック コンプリケーション」を完璧に体現した、まさに複雑機構で描いた詩情である。

「レディ」と冠してはいるが、男女を問うレベルを完全超越した傑作腕時計であるし、18Kローズゴールドケースの直径も38㎜あり、ジェンダーを問う理由がない。

モデル名の「スリジエ」というのは桜のことだ。その花で一年を想い、その花の散るさまに生涯を重ねる国民の感性に刺さる、決して散らない“桜時計” でもある。

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レディ アーペル ユール フローラル スリジエ ウォッチ/花を開閉するアワー表示とサイドの分表示で時刻を知らせる、詩的な超絶コンプリケーション。文字盤上のパーツ数は226個にものぼる。この「スリジエ」とは異なる18KWGケース、ブルーとグリーンの花々のバージョンも用意。自動巻き、18KRGケース、ケース径38㎜、パワーリザーブ約36時間、アリゲーターストラップ、30m防水。¥42,768,000/ヴァン クリーフ&アーベル ル デスク TEL:0120-10-1906

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4. 篠田哲生
オリス「プロパイロット X カーミット エディション」

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篠田哲生●1975年、千葉県生まれ。時計専門誌やビジネス誌、ファッション誌、ウェブ、新聞など40を超える媒体で時計記事を執筆。そのほか、時計イベントの企画や登壇も行う。近著の『教養としての腕時計選び』(光文社新書)は、韓国と台湾で翻訳版が発売されている。

ハイスペックを備えた、時間を軽やかに乗りこなすモデル

我々の人生は、原子の周波数を使った超高精度時計で定められた「標準時」に支配されている。たいていの場合、腕時計を見るのは時間に追われる状況であり、それは楽しい気分とは言い難い。

そもそも時間は太陽の動きから導き出されたもの。ある種の自然現象でもあり、生活に優しく寄り添うものであったはず。であるなら腕時計を眺める時ぐらいは、せめて笑顔でいたい。

オリス「プロパイロットX カーミット エディション」は、時間や腕時計との付き合い方を変えてくれる。ダイヤルカラーはディズニーマペッツで人気のカエル「カーミット」の体色である黄緑色。これだけ華やかで遊び心のあるコンセプトの時計に、しかめっ面は似合わない。そしてカレンダーディスクにはカーミットが潜んでおり、なにかと憂鬱な月始まりである1日になると、笑顔のカーミットが表れる。そんな時計を見て、タイトなスケジュールにカリカリすることなどできないだろう。「プロパイロットX カーミット エディション」は、流れていく時間を楽しむためのものなのだ。

しかしその一方で、時計そのものは非常にまじめにつくられている。ケースやブレスレットは加工が難しいチタン製で、エッジをきれいに出すことで39㎜径のコンパクトなケースながら存在感がある。そして搭載する自社開発ムーブメント「Cal.400」は、高精度、高耐磁、5日間のパワーリザーブというハイスペックを備える。

非常に優れた実用性をもちつつも、カラーやコンセプトで腕時計を遊ぶ。時間との付き合い方に対するオリスの軽やかな姿勢は、ぜひ見習いたいものだ。

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プロパイロット X カーミット エディション/操作性に優れる大型リューズは、オリスの伝統的なディテール。小径ながらシンプルなデザインにまとめ、モダンなパイロットウォッチに仕上げた。ブレスレットのバックルにも特徴があり、シートベルト金具のような形状なので着脱は容易。自動巻き、チタンケース&ブレスレット、ケース径39㎜、パワーリザーブ約120時間、シースルーバック、100m防水。¥765,600/オリスジャパン TEL:03-6260-6876

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5. 柴田 充
ユリス・ナルダン「マリーン トルピユール COMMON TIME限定モデル」

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柴田 充●1962年、東京都生まれ。自動車メーカーや広告制作会社でのコピーライター、出版社編集者を経て、フリーランスに。なぜか都内に自宅、横浜に事務所というスタイルを続ける。三日住めばハマッ子ともいわれ、外からもわだかまりなく人を受け入れる気質が気に入っている。

歴史ある港町の名時計店と、船舶時計名門の共鳴

ファッションに限らず、別注モデルは時計でも人気が高い。こだわりが込められたレアな限定仕様に加え、そこにはブランド側も気づかなかったような魅力や価値の再発見がある。横浜の時計専門店「コモンタイム」が創業60周年を記念してユリス・ナルダンに別注した限定モデルもそんな一本だ。

ユリス・ナルダンを代表するモデル「マリーン トルピユール」をベースに、グラン・フー・エナメル文字盤を採用。しかも文字盤、パワーリザーブ、スモールセコンドの3枚をそれぞれ別に焼成する手の込んだ古典的技法はエナメルの名門ドンツェ・カドラン謹製だ。

美しい白艶の文字盤を際立たせるため、無粋な日付表示の小窓を省き、文字もロゴ程度にとどめている。さらにこうした別注モデルにありがちなWネームの記載もなく、ただ60周年の歴史をスモールセコンドのブルーの60の数字に込めているのみ。そんな横浜らしい粋も好ましい。

通常の別注モデルではここまでつくり込むのはきわめてまれだ。だがそれが実現したのも両者の思いが合致したからに違いない。

横浜は日本におけるスイス時計発祥の地であり、かつて外国船が寄航した際にマリンクロノメーターの修理やメンテナンスを行ってきた宇津木計器ではいまもユリス・ナルダンの船舶用マリンクロノメーターが多く所蔵されている。こうした歴史ある港町に根ざすコモンタイムにふさわしい時計であり、同時にユリス・ナルダンにとっても幸甚といえるだろう。

個人的にも横浜とは縁があり、20年以上になる。その愛着とともに、航海を支えたロマンチシズムをいつか腕にしたい。

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マリーン トルピユール COMMON TIME限定モデル/エナメルの白文字盤に赤とブルーが映える。視認性の高いカセドラル型の針とローマンインデックスはマリンクロノメーターの伝統的な意匠であり、やや大きめなケースにも合い、短いラグは装着感も優れる。自動巻き、SSケース、ケース径42㎜、パワーリザーブ約60時間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、50m防水。60本限定。¥2,585,000/ソーウインド ジャパン TEL:03-5211-1791

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6. 渋谷ヤスヒト
ショパール「L.U.C XPS フォレスト グリーン」

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渋谷ヤスヒト●1962年、埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、德閒書店に入社。文芸編集部を経てモノ情報誌『GoodsPress』編集部で94年から時計の取材を開始。同誌&時計別冊の副編集長を経て2003年からフリーランスの時計&モノジャーナリスト、編集者に。時計以外の取材執筆も多数。

「L.U.C」の原点を継承・発展させた、究極のシンプルモデル

1995年から時計フェアなどスイス時計の現地取材に行き始めて、気がつくと30年間が経った。それだけ通っていると「極上の幸運」に何度か恵まれることがある。

そのひとつが、ここで採り上げたショパールの機械式時計「L.U.C」のシンプルモデル。そのプロトタイプを発表1年前の96年に、当時はまだ「バーゼル96」という名前だった、のちの「バーゼルワールド」のショパールのブースで目撃したこと。しかも、当時としてはまだ珍しかったマニュファクチュール(完全自社開発製造)ムーブメントを搭載したこのコレクションを、偶然にも、幸運にも父の大反対を押し切って立ち上げたショパールの現・共同社長、当時は副社長だったカール- フリードリッヒ・ショイフレ氏自身の案内で見せてもらったことだ。

いまならあり得ないが、ライターの菅原茂さんとふたりでブースに偶然に足を踏み入れた時、ショパールのブースに居たのは、当時38歳のショイフレ氏たったひとり。その奥にひっそり飾られていた「L.U.C」のプロトタイプモデルに興味を示すと、氏はとてもうれしそうに微笑んだ。その笑顔をいまも鮮明に覚えている。薄型ケース、スモールセコンドタイプの文字盤に、センターローター式より薄くできるマイクロローター式の巻き上げ機構を備えた高精度ムーブメントを搭載し、時計の本質的な美しさをシンプルに追求したドレスウォッチ。

この最新モデルには、ショイフレ氏が見せてくれたあのプロトタイプモデル、翌97年発表の第1号モデルのこの精神が見事に受け継がれている。これぞ「L.U.C」の神髄。最高のシンプルウォッチだ。

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L.U.C XPS フォレスト グリーン/ゴールドのような美しい輝きを持つメゾン独自開発のエクスクルーシブなステンレス・スチール素材「ルーセントスティール」製のケースに、COSCクロノメーターテストに合格した高精度の自社製ムーブメント「L.U.C 96.12-L」を搭載。自動巻き、ケース径40㎜、パワーリザーブ約65時間、シースルーバック、カーフストラップ、30m防水。¥1,749,000/ショパール ジャパン プレス TEL:03-3324-8922

 

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