【小山薫堂の湯道百選】第九八回“湯は、暇をつくる場である。”

  • 写真:松田高明
  • 文:小山薫堂
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〈宮城県大崎市〉
百年ゆ宿 旅館大沼

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本来、旅は暇を味わうための時間である。暇という字は日に叚と書く。「叚」の成り立ちを紐解くと「磨かれる前の原石」の意味にたどり着く。つまり自分を整え秘められた力を磨き上げる時間。ギリシャ語のスコレー(暇)がスクール(学校)に変化したことを考えると暇は人生に必要なのだ。

東鳴子温泉の「旅館大沼」は、7つの内湯とひとつの露天風呂が旅人を暇にしてくれる宿である。特に裏山に設えられた露天風呂「母里(もり)の湯」が素晴らしい。塩分を含む無色透明の重曹泉に浸かり、目を閉じて耳をすます。湧水の流れる音と虫の音が混じり合い、森に包まれたような感覚になる。心の底に溜まった重たいものが湯に溶かされていく。これを命の洗濯と言うのかもしれない。長嶋茂雄氏はこの宿に「快浴洗心」という言葉を贈った。

五代目主人の大沼伸治さんは自らを湯守と名乗り、すべての風呂の加減を湯量だけで調整する。目指すのは、どれだけ入っても飽きない湯。繰り返し浸かり、そこに生まれる余白こそ大切な時間。食事もその延長にある。地元の米、水、大豆と旬の食材を馳走として一汁五菜から一汁九菜まで選べる。農家の料理を「農ドブル」という名でふるまう試みも面白い。

大沼さんが提唱するのは、二泊三日で湯を純粋に楽しむ現代湯治というスタイル。その考えに共感する地元の生産者やデザイナーがここに集う。そんな人たちとの出会いもまた、大きな魅力である。それはただの暇ではなく、価値のある暇と言えよう。

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奥州三名湯のひとつといわれる鳴子温泉。2023年に大規模リニューアルを行い、現代のライフスタイルにあわせた湯治体験ができる場を提供。
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120年以上の歴史を持つこの宿で五代目主人を務める大沼伸治さん。バブル期に旅館に戻り葛藤の末、お湯の本質的な価値を見直し湯治に向き合うことを決意して現在に至る。

百年ゆ宿 旅館大沼

住所:宮城県大崎市鳴子温泉字赤湯34
TEL:0229-83-3052 
料金:¥15,180~(1泊2食付き)
定休日:水曜日
www.ohnuma.co.jp

※この記事はPen 2024年12月号より再編集した記事です。