デジタル全盛の時代において、伝統的な機械式時計はいかなる価値を持つのか。エンジニアリングの視点を持つふたりのクリエイターがジャガー・ルクルトについて語る。
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第1回:芸術性と精度の両立を追求する、ジャガー・ルクルトの真髄
第3回:プロダクトを通して紐解く、ジャガー・ルクルトの美学
デザイナー 吉本英樹
「常識をはるかに凌駕するものづくりの美学と哲学が、創始者にはあったのでは?」
デザインとエンジニアリングの発展的な融合を追求する吉本英樹の作品は、アート、デザイン、インスタレーションといったそれぞれの領域を軽々と越境する。
「元々理系で数学や物理が大好きというところからスタートしているので、意匠的な造形よりはテクノロジカルなコンセプトをよりわかりやすいかたちで、物質性や体験に置き換えて表現しています」
近年は、日本の伝統工芸に注目し、現代的なアイデアや技術をつないで新しいものを生んでいる。
「以前は伝統工芸にあまり関心がなかったんです。ところが5年ぐらい前に初めて秋田の川連漆器の工房にうかがって感動しました。それは純粋に美しいクリエイションであり、伝統とかそんなこととは関係なしに、彫刻作品のごとく、とても美しいものづくりであることを知りました。その工房も800年ぐらい続いていて、日本にはこれだけの工芸文化が至るところにあり、戦国時代に局所的に生まれた文化が途絶えていないというのも自分にとっては驚きでした。まるで崇高なクリエイティブな宝が実家の庭に埋まっていたのを発見したような気持ちでしたね」
時によって磨かれ、現代においてその輝きをさらに増す。その価値への眼差しをジャガー・ルクルトに注ぐ。そして創始者であるアントワーヌ・ルクルトには強い美学があったのでは?と語る。
「もちろん技能の鍛錬はあっただろうと思いますが、それだけでは到達できない、ある種非連続的で、常識をはるかに凌駕するものをつくり出しています。それだけの美学や哲学があった人だと思う。時計にしても時間という本来途切れのない連続的な流れを人間の利便性という都合で刻むわけで、それこそ神の領域に関わる装置をつくることで、時とは神のものか、人間のものか、そういう議論もあったのではないでしょうか。だからこそ、それを超えるだけの美学や哲学が必要で、それによって発明や人知以上に、その常識をジャンプするようなこともできたんじゃないかと思うのです」
そうしたブランドのアイコンである「レベルソ」は100年近い歴史を誇る。それに耐えうるデザインから伝わってくるのは、つくり手たちの強い信念だ。
「本来デザインには工学やエンジニアリング的な客観的な正解はなく、つくり手側の非常に主観的な思いによって成立します。だからこそ人間の情感に訴えることができる。レベルソについてもまずデザインを考えたつくり手がいて、これを残したいという意思が後世に受け継がれ、それに共鳴し、支持し愛用する人たちがいる。1世紀近く残るデザインとはそういうものなのでしょう。いわゆる機能美とは少し違うと思うのですが、腕に載せるサイズや重さ、機能的な制約ときちんと折り合いをつけながら、美しさを併せ持つ魅力があるのだと思います」
日常をともに過ごし、その真価は自身にも伝わってきたそうだ。
「まず着けていて感じたのは、技術を押し売りしているわけではないということ。もちろん独自の技術を楽しむために着ける人もいるでしょう。でも僕にはそれ以上に、ブランドの美学が凝縮されていることが心に響きました。なぜ心に響くかというと技術的な驚きや新鮮さを実現しているからで、プロダクト全体を通して明確に表現されていると思います。まさに美学や哲学といった深いものが息づき、完全なるエンジニアリングがなければジャガー・ルクルトもいまのようなブランドにはなっていなかったのではないでしょうか」
さらに精度を追求し続けるものづくりにも共鳴する。
「最近、伝統的な金箔技法に先進のレーザー技術を組み合わせて作品をつくりました。金箔は1万分の1㎜という極薄なので、短パルスレーザーで1兆分の1秒の間隔で穴を開ける。それこそ細胞治療に使うような技術で金箔の歴史にはなかった表現をしました。精密さでは、現代の加工技術はアントワーヌが時計をつくっていた時代とは格段の差はあります。それでも精度にこだわることで新たな創造性につながるという点は、変わらないと思います」
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エンジニア 武井祥平
「つくり手が実現すること自体に楽しみを見出し、純粋な好奇心とポエティックな感覚を時計から感じます」
「これ以上つくらなくてもいいんじゃないかってほどモノにあふれている世界で、僕らはこれからなにをつくっていけばいいんだろう」
エンジニアリングを主軸に多岐にわたるモノづくりを手掛ける武井祥平はこう自問する。そして導き出したのは、使い続けることで使い手とモノが一緒に関係性を育んでいくということだ。
「これまではモノを消費することで満足を得てきましたが、それさえも毎日のようにネットでモノを買い続け、充足感も満たせなくなりました。それに対し、自分の人生と一緒に年老いていくような関係性をつくっていきながら大切に使っていく。そういうモノをつくりたいと感じています」
手にしたジャガー・ルクルトには、腕にあることで豊かさや親しみ、そして恒久的な機械への憧憬を感じるという。
「効率や利便性が追求されるデジタル社会でも、一緒に過ごすことで安らぎや豊かさを感じられるものがあります。たとえば野に咲く花だったり。合理性と天秤にかけるのではなく、その存在自体が自分にとって大切かどうか。そこに現代における機械式時計の本質を感じました」
銀座の並木通りにあるブティックを訪れ、その時計を分解した時には、思わず目を見張った。
「まずカタチ自体が魅力的ということ。僕らが普段つくる機械は、規格化された汎用部品で構成されることが多いのですが、時計には星形や有機的な曲線を伴った部品もあり、好奇心をかき立てられました。いずれも目的に応じて考え出されたかたちで、それらが噛み合い、カチカチ動いている様子はまるで小さな生物の心臓を見ているような感覚を覚えました。とても神秘的で、人間の生み出す機械もより高度に洗練されていくと、生命のような神秘的な存在に近づくのかもしれませんね」
そして自身の手で再び時計に命を吹き込んだ瞬間、エンジニアとしてつくり手の顔が見えたような気がしたという。
「実用性の追求とは別に、それを実現すること自体に楽しみを見出している時計師の思いが伝わってきました。こういうのを考えたんだけど、すごく面白いよねって問いかけられているような。とても純粋な好奇心とポエティックな感覚で時計をつくっていることが随所に見られ、そこが僕にはすごく魅力に感じられました」
ジャガー・ルクルトにはマニュファクチュールであることにも注目する。そこでは多彩な技術や発想が集結することで新たな創造性を生み出しているからだ。
「僕らのスタジオも工学部出身者が多いんですが、デザインやアートにも興味があり、ひとりの人間が多様性のある仕事をしています。当然効率が悪いところもあって、専門的に特化したほうが早くて効率は上がるけれど、手を動かしたり、異分野の知識を持っているからこそ発想できることがあり、新しい価値やイメージを思い描くにはとても重要だと思います。ジャガー・ルクルトにしても、詩的に感じさせる創意工夫や、新しいことへのチャレンジは、社内でのいろいろな感性やスキルを持っている人たちの交感が大きく影響しているのではないでしょうか」
時計のデザインには、基本的な機能を求めた結果、このかたちにしかならないという純粋さを感じるという武井。だがそれは、ただ効率を高めたり、便利にするための合理性からではなく、人間の豊かさに関わることを追求し、到達したデザインだと語る。
「ナイフウォッチもそうですね。あれだけの薄さがものすごく便利かっていうとそうでもない。でもそれ自体に好奇心をかき立てられたり、挑戦する意味があり、人間が生きる上でどういうことに取り組むべきかという本質を感じます。ムーブメントにしても、将来的に分解して手入れや修理がされることを前提にした設計になっている。こうした長く使うためにつくられているところもとても素敵ですし、今後そういったものがもっと必要とされ、人々も求めるようになってくると思います。古いけど新しい、その感覚こそ最先端ではないでしょうか」
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