ふたりのクリエイターがジャガー・ルクルトに触れて感じた、時計製造の奥深さとパイオニアとしての矜持

  • 写真:仲山宏樹
  • 文:柴田 充
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ジャガー・ルクルト銀座並木ブティックで時計の分解・組み立てを体験した、エンジニアの武井祥平。武井は、東京五輪開閉会式で脚光を浴びた聖火台の機構の開発責任者を務めるなど、世界から注目されるクリエイターのひとりだ。

デジタル全盛の時代において、伝統的な機械式時計はいかなる価値を持つのか。エンジニアリングの視点を持つふたりのクリエイターがジャガー・ルクルトについて語る。


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第1回:芸術性と精度の両立を追求する、ジャガー・ルクルトの真髄
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デザイナー 吉本英樹
「常識をはるかに凌駕するものづくりの美学と哲学が、創始者にはあったのでは?」

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吉本英樹●デザイナー、Tangent代表、東京大学先端科学技術研究センター特任准教授。1985年、和歌山県生まれ。東京大学大学院で航空宇宙工学専攻後、渡英し、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート博士課程修了。2015年にデザインスタジオ「Tangent」(タンジェント)を設立。近年、日本の伝統工芸と先端技術をつなぐ試みとして「Craft x Tech」を創立した。
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『ORB』●廃校になった南種子高校の校舎壁で表現した2023年の作品。フレネル効果を再現した光のリングは、コンクリート壁の経年模様が重なり、巨大な惑星を思わせる。時を経た建築に新たな宇宙の情景が広がっていく。photo: Tanegashima Space Art Festival
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『BEYOND THE HORIZON』●ミラノデザインウィーク2024に出展したレクサスのためのインスタレーション。1500年以上の歴史を持つ越前和紙を用いた巨大スクリーンに水平線を映し、近づく人に合わせてインタラクティブに光を放つ。
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『Craft × Tech』●美しい工芸の素材や技法を、歴史と未来の両面から見つめ、新たなアートへと昇華させることで、数百年にもわたる伝統工芸の歴史に新しい発見をもたらすことを目指す。会津本郷焼との協業では『Rain』を発表した。photo: Ed Reeve

デザインとエンジニアリングの発展的な融合を追求する吉本英樹の作品は、アート、デザイン、インスタレーションといったそれぞれの領域を軽々と越境する。

「元々理系で数学や物理が大好きというところからスタートしているので、意匠的な造形よりはテクノロジカルなコンセプトをよりわかりやすいかたちで、物質性や体験に置き換えて表現しています」

近年は、日本の伝統工芸に注目し、現代的なアイデアや技術をつないで新しいものを生んでいる。

「以前は伝統工芸にあまり関心がなかったんです。ところが5年ぐらい前に初めて秋田の川連漆器の工房にうかがって感動しました。それは純粋に美しいクリエイションであり、伝統とかそんなこととは関係なしに、彫刻作品のごとく、とても美しいものづくりであることを知りました。その工房も800年ぐらい続いていて、日本にはこれだけの工芸文化が至るところにあり、戦国時代に局所的に生まれた文化が途絶えていないというのも自分にとっては驚きでした。まるで崇高なクリエイティブな宝が実家の庭に埋まっていたのを発見したような気持ちでしたね」

時によって磨かれ、現代においてその輝きをさらに増す。その価値への眼差しをジャガー・ルクルトに注ぐ。そして創始者であるアントワーヌ・ルクルトには強い美学があったのでは?と語る。

「もちろん技能の鍛錬はあっただろうと思いますが、それだけでは到達できない、ある種非連続的で、常識をはるかに凌駕するものをつくり出しています。それだけの美学や哲学があった人だと思う。時計にしても時間という本来途切れのない連続的な流れを人間の利便性という都合で刻むわけで、それこそ神の領域に関わる装置をつくることで、時とは神のものか、人間のものか、そういう議論もあったのではないでしょうか。だからこそ、それを超えるだけの美学や哲学が必要で、それによって発明や人知以上に、その常識をジャンプするようなこともできたんじゃないかと思うのです」

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1928年に誕生した革新的なクロック「アトモス」に関心を寄せる吉本。内蔵した混合ガスの収縮・拡張をエネルギー源にして駆動を続ける半永久機構だ。「時というものはまさに宗教的な部分だと感じるのですが、そういうものに人間が挑むからこそ、執着や挑戦心がぐっと凝縮され、技術的にもものすごいエネルギーが生まれたのだと思います」

そうしたブランドのアイコンである「レベルソ」は100年近い歴史を誇る。それに耐えうるデザインから伝わってくるのは、つくり手たちの強い信念だ。

「本来デザインには工学やエンジニアリング的な客観的な正解はなく、つくり手側の非常に主観的な思いによって成立します。だからこそ人間の情感に訴えることができる。レベルソについてもまずデザインを考えたつくり手がいて、これを残したいという意思が後世に受け継がれ、それに共鳴し、支持し愛用する人たちがいる。1世紀近く残るデザインとはそういうものなのでしょう。いわゆる機能美とは少し違うと思うのですが、腕に載せるサイズや重さ、機能的な制約ときちんと折り合いをつけながら、美しさを併せ持つ魅力があるのだと思います」

日常をともに過ごし、その真価は自身にも伝わってきたそうだ。

「まず着けていて感じたのは、技術を押し売りしているわけではないということ。もちろん独自の技術を楽しむために着ける人もいるでしょう。でも僕にはそれ以上に、ブランドの美学が凝縮されていることが心に響きました。なぜ心に響くかというと技術的な驚きや新鮮さを実現しているからで、プロダクト全体を通して明確に表現されていると思います。まさに美学や哲学といった深いものが息づき、完全なるエンジニアリングがなければジャガー・ルクルトもいまのようなブランドにはなっていなかったのではないでしょうか」

さらに精度を追求し続けるものづくりにも共鳴する。

「最近、伝統的な金箔技法に先進のレーザー技術を組み合わせて作品をつくりました。金箔は1万分の1㎜という極薄なので、短パルスレーザーで1兆分の1秒の間隔で穴を開ける。それこそ細胞治療に使うような技術で金箔の歴史にはなかった表現をしました。精密さでは、現代の加工技術はアントワーヌが時計をつくっていた時代とは格段の差はあります。それでも精度にこだわることで新たな創造性につながるという点は、変わらないと思います」

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317615847f97c3b2236fcc513651d864f4b81ebe.jpg銀座並木ブティックでムーブメントの組み立てを体験した吉本。「レベルソにしても技術を押し売りしているわけではなく、独創的なケース機構もサラッとやっているところがすごい。もちろん技術があってこそですが、この技術がすごい!と言われると引いてしまうし、それ以上にブランドの美学が凝縮されていることに魅力を感じました」

着用したレベルソ・トリビュート・クロノグラフの詳細はこちら

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エンジニア 武井祥平
「つくり手が実現すること自体に楽しみを見出し、純粋な好奇心とポエティックな感覚を時計から感じます」

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武井祥平●エンジニア、nomena創設者。1984年、岐阜県生まれ。電気工学、認知心理学を専攻し、2012年東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程を修了。同年「nomena」を設立する。自身の創作活動のほか、アーティストやデザイナーとの共同制作、テクニカルディレクションなども数多く手掛ける。
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『MorPhys』●東京都現代美術館の公募展でグランプリを受賞。「コンピューター上の立体形状表現を現実世界でも表現する」というコンセプトで、巻き尺とマジックテープを用い、三角形の集合の立体形状で複雑な表現を実現した。
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『東京2020オリンピック・パラリンピック聖火台』●東京五輪の開閉会式にて使用された聖火台。nendoがデザインした球形から大きく展開する聖火台において、その動きに関わる機構の開発責任者を務めた。複雑でなめらかな聖火台の動きは見る者を圧倒し称賛された。photo: Hiroshi Iwasaki
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『四角が行く』●21_21 DESIGN SIGHTでの「ルール?」展に出品された作品。3つの四角い箱が、移動、回転することで、迫りくるゲートに空いた穴のかたちとぴったりになるようにフォーメーションを組みかえくぐり抜ける。photo: Takako Iimoto

「これ以上つくらなくてもいいんじゃないかってほどモノにあふれている世界で、僕らはこれからなにをつくっていけばいいんだろう」

エンジニアリングを主軸に多岐にわたるモノづくりを手掛ける武井祥平はこう自問する。そして導き出したのは、使い続けることで使い手とモノが一緒に関係性を育んでいくということだ。

「これまではモノを消費することで満足を得てきましたが、それさえも毎日のようにネットでモノを買い続け、充足感も満たせなくなりました。それに対し、自分の人生と一緒に年老いていくような関係性をつくっていきながら大切に使っていく。そういうモノをつくりたいと感じています」

手にしたジャガー・ルクルトには、腕にあることで豊かさや親しみ、そして恒久的な機械への憧憬を感じるという。

「効率や利便性が追求されるデジタル社会でも、一緒に過ごすことで安らぎや豊かさを感じられるものがあります。たとえば野に咲く花だったり。合理性と天秤にかけるのではなく、その存在自体が自分にとって大切かどうか。そこに現代における機械式時計の本質を感じました」

銀座の並木通りにあるブティックを訪れ、その時計を分解した時には、思わず目を見張った。

「まずカタチ自体が魅力的ということ。僕らが普段つくる機械は、規格化された汎用部品で構成されることが多いのですが、時計には星形や有機的な曲線を伴った部品もあり、好奇心をかき立てられました。いずれも目的に応じて考え出されたかたちで、それらが噛み合い、カチカチ動いている様子はまるで小さな生物の心臓を見ているような感覚を覚えました。とても神秘的で、人間の生み出す機械もより高度に洗練されていくと、生命のような神秘的な存在に近づくのかもしれませんね」

そして自身の手で再び時計に命を吹き込んだ瞬間、エンジニアとしてつくり手の顔が見えたような気がしたという。

「実用性の追求とは別に、それを実現すること自体に楽しみを見出している時計師の思いが伝わってきました。こういうのを考えたんだけど、すごく面白いよねって問いかけられているような。とても純粋な好奇心とポエティックな感覚で時計をつくっていることが随所に見られ、そこが僕にはすごく魅力に感じられました」

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銀座並木ブティックで実施しているムーブメントの分解・組み立てを体験できる「マスタークラス」。武井は部品の細部に溝が設けられていることを発見し、深く共感する。「これは時計師が分解しやすいようにですよね。人の手が加われば一生モノというか、ずっと使い続けられる。機能もさることながら、そこに道具として価値があると感じます」

ジャガー・ルクルトにはマニュファクチュールであることにも注目する。そこでは多彩な技術や発想が集結することで新たな創造性を生み出しているからだ。

「僕らのスタジオも工学部出身者が多いんですが、デザインやアートにも興味があり、ひとりの人間が多様性のある仕事をしています。当然効率が悪いところもあって、専門的に特化したほうが早くて効率は上がるけれど、手を動かしたり、異分野の知識を持っているからこそ発想できることがあり、新しい価値やイメージを思い描くにはとても重要だと思います。ジャガー・ルクルトにしても、詩的に感じさせる創意工夫や、新しいことへのチャレンジは、社内でのいろいろな感性やスキルを持っている人たちの交感が大きく影響しているのではないでしょうか」

時計のデザインには、基本的な機能を求めた結果、このかたちにしかならないという純粋さを感じるという武井。だがそれは、ただ効率を高めたり、便利にするための合理性からではなく、人間の豊かさに関わることを追求し、到達したデザインだと語る。

「ナイフウォッチもそうですね。あれだけの薄さがものすごく便利かっていうとそうでもない。でもそれ自体に好奇心をかき立てられたり、挑戦する意味があり、人間が生きる上でどういうことに取り組むべきかという本質を感じます。ムーブメントにしても、将来的に分解して手入れや修理がされることを前提にした設計になっている。こうした長く使うためにつくられているところもとても素敵ですし、今後そういったものがもっと必要とされ、人々も求めるようになってくると思います。古いけど新しい、その感覚こそ最先端ではないでしょうか」

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JLC30_DSC8070.jpg普段機械をつくっていて、どういう機械が人間にとっていい機械なのかを考えるという武井。「これだけ人間に近い機械は他にないと思います。それが当たり前のように違和感なく腕に収まっている。もう人間と一体になっているようで、100年以上前からそのスタイルを確立していることに人間と機械の関係性のひとつの到達点を感じます」

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