プロダクトデザインの進化とは螺旋である、とはよく言われること。アストンマーティンが2024年夏に発表した新世代のスポーツモデル「ヴァンキッシュ」のデザインを見ると、新しいけれど往年のアストンマーティン車の要素を微妙に取り込んでいる。
ヴァンキッシュ(より英語っぽく発音すると「ヴァンクイッシュ」)は、2024年秋のいま、アストンマーティンのラインナップの頂点に位置付けられるモデル。同年9月にベニスで開催された「ベニス国際フィルムフェスティバル」会場でお披露目され、ジョージとアマルのクルーニー夫妻らが発表会に参列した姿が日本でも報道された。
24年10月に、地中海にうかぶサルディニア島で、ヴァンキッシュのメディア向け試乗会が開催された。会場となったリゾートホテルの各所にはモニターが設けられ、車両の画像とともに、キャッチコピーのような「ALL WILL BE VANQUISHED」(すべての競合は敗れる=筆者意訳)の文言が目立つように掲げられていた。---fadeinPager---
冒頭で、これまでのアストンマーティンのスポーツカーの成り立ちを“古くて新しい”としたが、ヴァンキッシュにも当てはまる気がする。
多気筒エンジンをフロントに搭載した後輪駆動の2人乗りクーペ。アストンマーティンにとっては、1958年の「DB4」というモデルに代表される、よく知られたレイアウトだ。
初代ヴァンキッシュの登場は2001年。スポーツカーメーカーであるアストンマーティンの存在価値を一気に引き上げようという意図で開発された。1999年に「DB7」でデビューした6L12気筒を、接着剤溶接という軽量化技術を採用した炭素樹脂製バックボーンフレームに搭載していたことでも、大きな注目を集めた。
「初代ヴァンキッシュが、アストンマーティンにとって初の12気筒搭載の2シーターでした。わが社にとって、アイコニックなトップモデル。つねに市場から寄せられる期待の先をいくことを旨とする私たちとして、その役割を今回のあたらしいヴァンキッシュにも託したのです」
エグゼクティブバイスプレジデントにしてチーフクリエイティブオフィサーを務めるマレク・ライヒマン氏は、サルディニアはオルビア近くのマリーナ、カポ・ディ・バルポの会場で、このように語った。---fadeinPager---
「ヴァンキッシュは、ウルトララグジュリーなパフォーマンスと、英国製スポーツカーのスタイリングを合わせたもの。ボディ面はいってみればティアドロップ型ですが、それに新しいデザインランゲージをもちいたサーフェス処理を施しています」
実車を見ると、特に朝や夕方に光線が横方向から当たった状態では、車体の曲面の特徴が強く表れる。キャラクターラインをほとんど持たず、それでいて躍動感を強く感じさせ面づくりは、たしかに新しい。
それでいて、少し離れたところから車両の周囲をまわってみると、かつてアストンマーティンが手がけてきたスポーツカーが彷彿としてくる。
ベーングリルと呼ばれるアストンマーティンの特徴的な輪郭を持った横方向のバーで構成されたグリルは、言うにおよばず、ボンネットとフロントウイング(フェンダー)で構成される“稜線”や、一般的にダックテールと呼ばれるキックアップしたリアエンドといったぐあいだ。それにドア前のエアアウトレットも名車とされるルマン優勝車「DBR1」(56年)を想起させた。---fadeinPager---
「デザインチームがインスピレーションを受けたのは、過去と現在のアストンマーティンのアイコニックなモデルからです。いまF1選手権に参戦しているマシン(AMR)の機能的なディテールを参照しつつ、かつて60年代にルマン24時間に出走したプロジェクトカーを思わせる流麗なシェイプを与えています」
プレス向け資料でこのように言及されているプロジェクトカーとは、63年と64年にレースに投入された「DP212」「DP214」それに「DP215」のことだろう。DPはディベロプメントプロジェクトの略で、空力的なスタイルにも目を引かれた。とりわけ、自動車用語でコーダトロンカとよばれるテールを垂直近くカットして空気の剥離を図るリアスタイルが、今回の「ヴァンキッシュ」にも使われている。
12気筒エンジンは、これまで「DBS」(2018−24年)に搭載されていたものがベース。ただし、徹底的に手を入れてパワーを引き上げているそう。エンジンが新開発になっただけでなく、ホイールベースをDBSから80mm延ばすことで、車体の流麗さを強調している。
大型スポイラーなど目立った空力付加物は“エレガントではない”などとして採用していない。「DBS」はDBの名が示すとおり2プラス2シーターだが、「ヴァンキッシュ」は純粋な2人乗り。その点も違う。---fadeinPager---
「デザイナーとエンジニアが緊密な関係で作り上げたからこそできた」とライヒマン氏は強調する。
一方、もうひとつの特徴は12気筒エンジンだ。自動車が最終的にカーボンニュートラル(CO2排出量ゼロ)に向かうなか、12気筒エンジンを搭載したのは、大きな決断だったろう。
「COVID(コロナ感染症)が落ち着きをみせてから、私たちの周囲の購買活動も勢いを取り戻し、『スポーツカーの乗りたい、それも多気筒の内燃機関で走るものを』と求める声が多くなりました。『パワフルな8気筒、できれば12気筒のモデルが欲しい』このようなニーズが私たちに寄せられるようになったのが、今回の決定の背景です」
ディレクター・オブ・プロダクト&ストラテジーの肩書きをもつアレック・ロング氏もサルディニアの会場で、言葉を添える。
インテリアも、期待にたがわず魅力的にしつらえてある。性能的にはスーパースポーツだが、同時にGTとしても使えるラグジュアリー性を感じさせるつくりだ。私が乗ったのは、日本でいちばん人気が出るだろうブラックの内装だったが、なかにはブリティッシュレーシンググリーンのような落ち着いた緑色や、鮮やかなスカイブルーもあり、豊かな世界観を感じた。
シートは大ぶりに見えるけれど、身体をしっかりと包むように支えてくれる。周囲の視認性もよく、斜め後ろの視界も、それなりに確保されている。先述の通り「ヴァンキッシュ」はピュア2シーターなのだが、ちょっとした荷物ならシート背後に置けるので使い勝手がよい。---fadeinPager---
計器盤とダッシュボードのモニターはともに10.25インチの液晶で、OSはアップルiOSとアンドロイドで動いているそうだ。欧州ではオンラインのコネクティビティもあり、目的地検索もすばやく行えるとのこと。
ドライブの印象は、とにかくパワフル。5,204ccの排気量を持つV型12気筒エンジンの最高出力は835馬力(614kW)、最大トルクが1,000Nm。ブロックの剛性を高め、新設計のカムシャフトを入れ、スパークプラグと燃料噴射のインジェクターの位置を最適化し、さらにターボチャージャーはよりなめらかに回るよう手が入れられている。
アストンマーティンによると、最も反応がよいV12とのこと。アクセルペダルを踏んだときに回転が上がる速度が速い。さらにこの新エンジンには「ブーストリザーブ」が搭載される。ターボのブースト圧を一時的にキープして、アクセルペダルが強く踏み込まれたときに開放。一気にパワーをもたらす機能だ。---fadeinPager---
はたして、ドライブすると「ヴァンキッシュ」は、ふたつの顔をもっていることがわかる。市街地を「GT」というドライブモードで走ると、サスペンションはしなやかに動くし、ハンドルの切れ角に対する車体の反応もすこしゆるやかだ。
一方ドライブモードを「スポーツ」あるいは「スポーツプラス」にすると、ハンドルが重めになり、サスペンションが硬くなり、エンジンが上のほうの回転をキープするように変速のタイミングが遅くなる。
スポーツモードで、サルディニアはコスタスメラルダ周辺のくねくねした道を走ってみると、実に痛快だ。車幅は2m近くあるけれど、持て余すことはなかった。ハンドルの動きに忠実にクルマが動いてくれるからだ。
サウンドエンハンサーといって、排気管の仕掛けで、破裂音のような乾いた排気音を車内で大きく聞かせてくれる装置をオンにしていると、前出のロング氏による「V12の最大の魅力は感情をかき立ててくれるところ。それが常にひとを惹きつけるんです」という言葉に納得する。
年間1,000台以下の限定生産で、英国での価格は33万ポンド(1英ポンド=195円として約7,000万円)。日本での価格は要問い合わせ。望めば、「Q By Aston Martin」のビスポークサービスで、好みの内外装を仕立てることができる。おそらく、なんらかのビスポーク(特別あつらえ)を注文するひとが多いのではないだろうか。
アストンマーティン ヴァンキッシュ
全長×全幅×全高=4,850×1,980×1,290mm
ホイールベース=2,885mm
エンジン:5,204ccV型12気筒
最高出力:614kW@6500rpm
トルク:1000Nm@2500〜5000rpm
駆動方式:後輪駆動
車両価格:33万英ポンド
アストンマーティンジャパン
www.astonmartin.com/ja