岡山県北部で初となる国際芸術祭『森の芸術祭 晴れの国・岡山』が11月24日まで開催されている。アートディレクターは、金沢21世紀美術館館長でキュレーターの長谷川祐子。国際的なアートシーンで高く評価される有名作家から岡山県北の豊かな風土に育まれた地元の作家まで多彩な顔ぶれが集められた。
2泊3日のプレスバスツアーでも回りきれない広大なエリアに作品が点在する本芸術祭には、渓谷や鍾乳洞といったなかなかハードな環境の会場もあるので、滑りにくい靴と身軽な服装で訪れることをおすすめする。ここでは12の国と地域から参加した42組43名のアーティストの展示から厳選した作品を、金沢21世紀美術館の常設作品『スイミング・プール』が愛される参加作家レアンドロ・エルリッヒのインタビューを交えて紹介したい。
<<INDEX>>
1.奈義地区〜レアンドロ・エルリッヒインタビューほか〜
2.津山地区〜エルネスト・ネト、リクリット・ティラヴァニ、キムスージャほか〜
3.奥津渓・蒜山地区〜立石従寛、川内倫子ほか〜
4.勝山町〜妹島和世ほか〜
5.満奇洞・井倉洞〜蜷川実花インタビュー、アンリ・サラほか〜
6.森山未來インタビュー〜伝承民話「さんぶたろう祭り」と前夜祭のパフォーマンス
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1.奈義町地区
世界的建築家である故・磯崎新が設計した奈義町現代美術館では、AKI INOMATAのコップの水のなかに雲のドリンクをつくる作品が迎える。会場では、実際に制作されたドリンクだけでなく、作家によってオリジナルで開発された3Dプリンタで昨日の空模様がを再現される様子も鑑賞することができる。凝縮された空間から想像力のスケールを無限に広げてくれるロマン溢れる作品だ。
その向こうには、磯崎新による建築空間、磯崎のパートナーであった宮脇愛子の彫刻作品と共に、坂本龍一+高谷史郎のインスタレーションが展開されている。ノンリニアな時間をテーマに、奔流のスローモーション映像と故・藤田六郎兵衛の冴えわたる笛の音が渾然となった本作は、高谷によれば「馴染ませすぎず、気づかせる」絶妙の按配で周囲のすべてと調和していた。
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レアンドロ・エルリッヒ単独インタビュー
美術館向かいの屋内ゲートボール場「すぱーく奈義」では、レアンドロ・エルリッヒがこの場所のために構想した新作『まっさかさまの自然(The Nature Above)』が展示されている。天井から380本のツリーが吊り下げられ、鑑賞者は鏡面の床に映り込んだ森を眺めながら天空に架けられたかのような橋を渡る。
「岡山の景観の美しさを知ったとき、同時に私たちが自然から離れてしまったことに気づいたんです。そこで子どもの頃、家族と夏を過ごした母国アルゼンチンの森を再現しました。森は創造的な繋がりを生む場所だからです。橋というモチーフは、何かと何かを繋ぎ、いまいる場所を超えてどこかへ到達し、物事を解決することを象徴しています。山や森に囲まれた奈義町の中心で、町の人たちに自然について語りかけられたなら、とても嬉しい」とレアンドロは語る。
建築家の多い家系に育ったレアンドロは、これまでも壁や窓、ドアといった馴染みのある建築的要素を組み合わせ、視覚効果により現実の認識を揺さぶる体験型の作品をつくり出してきた。
「この空間の質の高さから大いにインスピレーションを得ました。柱が1本もないスペースなので多様性があると同時に、巨大な空白のキャンバスを前にする難しさもありました。ゲートボールの会場ということで、何か遊びの要素を設けるのも素敵じゃないかと思いつきました」とレアンドロ。
底に森が沈み、その上に橋が架り、橋の上にまた森があるという摩訶不思議な多次元構造が、森に抱かれた豊かなエコシステムをも想起させ、鑑賞者はその中を蝶のようにくぐり抜ける。
時代に取り残された既存の場所をマジカルな空間に変えてきたレアンドロの代表作となり得る作品だ。
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2.津山地区
「グリーンヒルズ津山」では、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ出身のエルネスト・ネトが野外彫刻を発表した。彼のシグニチャーであるかぎ針編みのクロッシェネットを強いテンションで組み上げ、重力を利用してバランスを維持するインスタレーションは、素足になって中を通り抜けると心地いい(現在は土日のみ通り抜け可)。種子やハーブと共によく用いられるターメリックで染めた綿の素材はほんのりと芳ばしい。「地球の身体、他者の身体、自分の身体を繋ごう。身体の中の粒子と対話しよう」とダンスしながら語りかけるエルネストは、初めて日本で展示をした25年前と変わらず、楽園から降りてきて隣に住む天使のように周囲を和ませる。
2022年、岡山市内で開催された国際現代美術展「岡山芸術交流2022」でアーティスティックディレクターを務めたリクリット・ティラヴァニは、日常的な行為の共有を通した社会的交流をテーマに県北のさまざまなクリエイターと協働し、訪れる人々が同じ空間で食を共有する体験そのものをアートワークとして提示した。
池泉廻遊式庭園を擁する衆楽園の迎賓館には、一度に数十人が庭を眺めながら会席や茶会を嗜むことのできる壮観なしつらえが施されている。岡山の食を支える津山の食材やローカルの工芸品の豊かさに感銘を受けたリクリットは、会期中予約販売される絶品の「ハレノクニ弁当」をプロデュース。津山市のbistro CACASHIのシェフ・平山智幹と地元にスーパーマーケットを展開する株式会社マルイがメニューを共同開発した。さらに衆楽園に生える樹々のシルエットを染め抜いた凛と美しい暖簾を真庭市の染織家・加納容子と協働で完成させた。開幕時には、茶人・上田舞を招き、室町・桃山時代より京都建仁寺に伝わる四頭茶会と呼ばれる作法でお手前が披露され、そこで使われたティラヴァニが作った茶碗も展示されている。
このほか衆楽園の園内には、長年にわたり切手という小宇宙を探究し続ける太田三郎ほか、岡山ゆかりの作家たちが展示を行なっている。ゆったりと時間をとって鑑賞したい会場だ。
「城東むかし町家(旧梶村邸)」では、華道家・片桐功敦が、津山で収穫した黄金色の小麦でかつて台所のあった一角を覆い尽くし、竈のあったところにみずみずしい地の野菜を供えたインスタレーション『風土』を発表した。
タイトルの『風土』を片桐はフランス語の「Terroir」と捉えている。テロワールとは主にワインやコーヒーなど農産物が育つ土地固有の自然環境の個性を指すが、長じて風土に根づいた食や伝統文化の魅力を深く掘り下げようとする生産者の技術や哲学をも意味する。片桐はそれらすべての営みへの感謝や祈念を「いけばな」の本質的な所作に託し、さらに入り口の土間や民具の蓑にも地元で摘んだ可憐な野草や柿の実を生けることで花あそびの粋ともいえるセレンディピティを表現する。
奥の茶室で展示されている、八木夕菜の「お茶」をめぐるさまざまな素材や伝統文化に言及した作品群にも同様の考察を認めることができる。また会期中に、世界的に注目されるアーティストで作曲家でもあるタレク・アトゥイの土地特有のオブジェクトと音響を組み合わせたサウンドインスタレーションも登場する予定だ。
大正時代の旧銀行建築を芸術文化施設に整備したPORT ART&DESIGN TSUYAMAでは、志村信裕による端正な木造の天井に幻想的な映像を投影した作品『beads』や、故・パオラ・ベザーナによる「織り」の技術でテキスタイルと抽象芸術を同一線上に結ぶモダンな立体作品が展示されている。
蒸気機関車等、様々な種類の車両を扇形の車庫に展示した「津山まなびの鉄道館」では、韓国を代表するアーティストのキムスージャのアイコニックな作品が展開されている。古いガラス窓に光を屈折させるフィルムを施し、太陽光がプリズム現象を起こすインスタレーションを展示している。夕暮れのほんのひととき、刻々と変化する光の色相を見逃さないでほしい。
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3.奥津渓・蒜山地区
これから紅葉の季節を迎える鏡野町の奥津渓では、新進気鋭のアーティスト立石従寛が、ミラーを用いたサウンド・インスタレーションを展開。周囲の自然環境から抽出したさまざまな生き物の鳴き声や物音などを素材に有機的なサウンドを構築した。彼が造形的なインスピレーションを得たという、渓流の流れに洗われて出現した奇岩の眺めにも注目してほしい。
岡山県北部をさらに北上したところにある真庭市では、建築家・隈研吾設計の観光文化施設「GREENable HIRUZEN」に、4名のアーティストの作品が展示されている。
写真家・川内倫子はこの地に何度か訪れ、真庭市蒜山(ひるぜん)をはじめ岡山県北を中心に多彩な被写体を捉えた。かねてより撮影したかったという日本有数の奇祭、はだか祭りを追った作品には川内ならではのみずみずしい「生」が迸る。祭りに集まった子どもたちの集合体、祭りの最中に報道陣によりたかれたのフラッシュと真庭市北房の無数のホタルの煌めきが呼応しあう映像作品は、抽象化された小宇宙のイメージや未知の海洋生物の群れにも見え、近年展開する創作の傍流ともいえるユニークな現象の捉え方が新鮮だった。
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4.勝山地区
「暖簾の町」としても知られる勝山町並み保存地区では、自身の本籍があることから真庭市の観光大使を務める建築家・妹島和世が手がけた木製の椅子が店舗や民家の軒先に並んでいる。ちょっと腰かけて休憩やお喋りのできるこれらの椅子の設計図は、芸術祭閉幕後も常設作品として残されるそうだ。自転車店や酒店、病院など、あらゆる建物の軒先に掛かるそれぞれの職種を示すデザインの草木染暖簾は、衆楽園でリクリット・ティラヴァニとコラボレーションした染織家・加納容子の手によるもの。加納作の他のアイテムもオリジナルショップで買い求めることができる。
5.満奇洞・井倉洞エリア
いよいよ本芸術祭のクライマックスともいえる2つの展示、カルスト台地で形成された新見市南部にある複数の鍾乳洞のなかでも特に名高い満奇洞と井倉洞である。
蜷川実花with EiMによる『深淵に宿る彼岸の夢(Dreams of the Beyond in the Abyss*)』は、かつて歌人の与謝野鉄幹・晶子夫妻が訪れ、「冥府の路を辿るやうな奇怪な光景」と表した「満奇洞」の奥にある。急勾配の坂を登ってその入り口に辿り着き、ひんやりとした洞窟に足を踏み入れると、そこは蒼ざめた光に彩られ異化された空間だった。悠久の時が積層させた鍾乳石のビザールな造形を愛でながら黄泉めぐりの道行きを楽しんでいると、奥の方に真っ赤な光が見えてくる。全長450mの鍾乳洞の奥には、朱色の太鼓橋を囲むように一面の曼珠沙華が咲き乱れ、蜷川ならではの虚構性に満ちた彼岸の夢芝居が展開されていた。
私たちの旅の最後を飾ったのは、アルバニア出身の作家アンリ・サラの作品である音と光の洞窟探検ツアーだ。全長1200m、高低差90mにおよぶ鍾乳洞・井倉洞。その切り立つ洞の周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。数名のグループになって鑑賞する本作は、全員ヘルメットを装備し、グループの数名は、スピーカーとライトを装填したリュックを背負う。私たちの旅の最後を飾ったのは、アルバニア出身の作家アンリ・サラの作品である音と光の洞窟探検ツアーだ。
洞内は人ひとり通り抜けるのがやっとの狭いトンネルだった。急で滑りやすい坂や階段だらけで、閉所や暗所、高所が苦手な人には勇気と覚悟が必要なレベル。写真や動画を撮る余裕はない。一度中に入ってしまったからには、恐怖とも畏怖ともつかない感情と折り合いをつけ、太古の鉱物の隙間を進んでいくほか選択肢はない(後戻りはできない)。全身の感覚の起伏を背中から煽ってくる壮大な音楽。折り返し地点で出迎えてくれる幻惑的な映像。ようやく外から差し込むわずかな光が見えたときは生還できたことに心から感謝した。奇々怪界の胎内めぐりは約1時間。万全の体調で臨んでほしいダイナミックな作品である。
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6.森山未來にインタビュー〜伝承民話「さんぶたろう祭り」と前夜祭のパフォーマンス〜
ここまで紹介した作品を含め、様々なハードコアな体験もできるこの芸術祭の奥深さを象徴していたのが、奈義町現代美術館から那岐山へと伸びる「シンボルロード」で行われた森山未來のパフォーマンスと、その翌日に開催された「さんぶたろう祭り」だ。
プレビューの夜、森山は奈義町に伝わる横仙歌舞伎の芸能者に学んだ三番叟と、彼自身の振付によるコンテンポラリーダンスを組み合わせた舞を披露した。翌日(9月28日)、伝承民話「さんぶたろう」をもとに奈義町の人々を巻き込んでつくりあげた祭祀の本番を目撃することは叶わなかったが、このイベントは本芸術祭に通底するテーマともいえる「土地に根ざした文化こそが人々のコミュニティを支える礎となる」ことを示したに違いない。なぜなら「祭りは防災である」という森山のコメントに覚醒させられたからだ。伝統的な祭りがアクティブに行われ続けている町には強固な連帯意識が形成され、自然災害などの緊急時に底力を発揮するという。森山はこのプロジェクトの制作過程を通して、ローカル・コミュニティの持つ強みを肌で実感したのである。
震災に次ぐ水害という能登の状況に祈ることしかできない無力さを感じる現在、本芸術祭の体験は格別の印象を残した。森山が「宝物」と呼ぶように、かけがえのない風土を懸命に守り続ける人々の営為が尊い実を結ぶことを信じたい。
『森の芸術祭 岡山』
開催期間:9月28日(土)〜11月24日(日)開催場所:岡山県県北部12市町村(奈義町、津山市、鏡野町奥津渓、真庭市蒜山、勝山、新見市満奇洞・井倉洞ほか)
開館時間:各施設の営業時間に準ずる
休館日:各施設の営業時間に準ずる
https://forestartfest-okayama.jp