誰もが愛し、愛されたドリス・ヴァン・ノッテン。次世代に残したメッセージと、その功績を振り返る。

  • 編集&文:佐野慎悟 
  • 写真:黒坂明美
  • スタイリング:飯垣祥大
  • ヘア:小森栄祐(stand)
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38年間にわたり、クリエイションと真正面から向き合い続けた稀代のファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテン。ついに一線を退くこととなった彼が後世に遺した功績と、大きな愛を振り返る。

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ドリス・ヴァン・ノッテン(ファッションデザイナー) ●1958年、ベルギー・アントワープ生まれ。81年にアントワープ王立アカデミーを卒業。86年に「アントワープの6人」のひとりとしてロンドン・コレクションでデビュー。92年春夏メンズシーズンよりパリのコレクションに参加。以降、メンズ、ウイメンズ合わせて129回のショーをパリで発表した。photo:Julian Victoria

6月のパリで行われた、ドリスによる最後のショー

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ドリス・ヴァン・ノッテンが手掛ける最後のコレクションとなった、2025年春夏メンズコレクションのファーストルック。モデルはキャリア最初のショーでもオープニングを飾った、62歳のアラン・ゴシュアンが務めた。 photo:Courtesy of GORUNWAY

2024年6月22日、パリで発表された25年春夏メンズコレクションを最後に、ドリス・ヴァン・ノッテンは自身の名を冠したブランドのデザイナーを退任した。38年前にメンズコレクションとともに始まった彼のキャリアは、やはりメンズコレクションとともに締めくくられた。

世界中からファンが駆けつけた会場には、キャリアの初期にドリスとともに業界を席巻した「アントワープの6人」の面々をはじめ、彼のことを敬愛して止まないデザイナーたちの姿も数多く見られた。ゲストの中には、ドリスの偉業を振り返る、”ベスト・オブ・ドリス”のようなショーを密かに期待していた者もいたかもしれない。確かにランウェイには、ドリスのデザインを特徴付ける”らしさ”があふれていた。しかしそこにはレトロスペクティブな印象はまったくなく、これまで通り、まっすぐに前を見据えたプログレッシブなコレクションが展開された。

ドリス ヴァン ノッテンというブランドは、次世代へと引き継がれ、これからも続いていく。フィナーレでドリスが来場者に手を振り、踵を返した瞬間、カーテンの奥から姿を現したのは、巨大なミラーボールだった。「この後も、みんなで思いっきりファッションを愉しんで」―― 去り際の背中から、そんなメッセージを受け取ったような気がした。

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ドリスが築いたレガシーを、あらためて振り返る

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栗野宏文(ユナイテッドアローズ上級顧問) ●1953年、ニューヨーク生まれ。鈴屋、ビームスを経て、89年にユナイテッドアローズ創業に参画。販売促進部部長、クリエイティブディレクター、常務取締役兼CCO(最高クリエイティブ責任者)などを歴任し、現職。2004年、英国王立美術学院より名誉フェロー授与。LVMHプライズ外部審査員も初回から務める。

ドリス・ヴァン・ノッテンがパリ・コレクションでデビューした最初期から、毎回ほぼ欠かさずに彼のランウェイショーに出席した栗野宏文は、公私ともに親交のあるデザイナーの退任を受け、いま改めて、ファッション界における彼の功績を振り返る。

「毎シーズン彼のショーを観るのが楽しみでパリに通っていた部分も大きいので、正直、喪失感は否めません。でも、彼の決断は、後に残された人たちと、これからも続いていくブランドのために導き出されたものだと思うので、僕もただセンチメンタルになるのではなく、彼のレガシーをしっかりつないでいきたいと思っています」

ファッション界では生涯現役を貫くデザイナーも多い中、常に第一線でシーンを牽引し続けてきたドリス・ヴァン・ノッテンが、66歳という若さで引退を決意したことは、業界内に大きな衝撃を与えた。しかしそれは、ドリス本人にとっては当然の選択であり、あらかじめ計画されたプロセスの一部であったと栗野は考える。

「昔から、『あんなに早くから結婚したり、子どもを持ったりできるメゾンはほかにない』と言われるほど、ドリス ヴァン ノッテンの労働環境が優れていることは有名でした。さらにインドにあるふたつの刺繍工場とはブランド創業当時から取り組みを続けており、現地では村全体が大きなドリス・ファクトリーのようになっているそうです。ドリスさんは、こうやってブランドに関わっている人たちのために、将来自分が一線を退いた後も、ブランドが健全な状態で続いていくための道筋を考えて、そのプロセスを遂行していったんだと思います。彼はそういう利他的な考え方ができる、愛のある人なんです」

2018年にプーチへブランドを売却し、オーナーの座から退いたことも、引退を見据えた第一歩の施策だったと栗野は語る。

「彼はキャリアを通して、自分のやりたいことを自由に続けるためには、どのような規模感で、どのようにブランドを経営すべきなのかをよく理解していました。もう20年ぐらい前のことですが、ジャーナリストのスージー・メンケスと話した時に、彼女は『いまのファッション業界で、ウエアだけでビジネスを成立させることができるブランドは、もうドリスしかない』と語っていました。ドリスさんはその状態を守り続けただけでなく、ベストな状態のまま、後世へと引き継ごうとしています。こんなにていねいなデザイナーの退き方は、長いファッションの歴史を振り返っても、初めてのことではないでしょうか?」

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栗野がいまでも大事にコレクションする、1980~90年代のインディペンデントマガジン。手前は1988年に発行された、ベルギーの新進デザイナーだけを集めた雑誌『BAM』。この頃から、ブリティッシュやインドをテーマにしていたことが見て取れる。左上の1冊は、93年にアントワープで購入した、「アントワープの6人」が製作した同人誌。

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2017年にドリス ヴァン ノッテンのランウェイショー開催通算100回目を記念して出版されたスペシャルブック『Dries Van Noten 1-50』と『Dries Van Noten 51-100』を眺めながら、それぞれの思い出を語る栗野。

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93年に栗野が初めて購入した、ドリス ヴァン ノッテンの3ピーススーツ。

グローバルな展開の中で、ウエアよりもマーケットの広いバッグやシューズに主力を置くブランドが多い現代において、デザイナー本人がいちばん得意なウエアを最大の武器にできる状態は、最も理想的なブランドの姿と言えるだろう。ドリスがキャリアを通して指し示したブランド、そしてデザイナーとしての在り方は、ドリスを追う世代のデザイナーたちにとっても、自身が目指すべき大きな希望の光となっているはずだ。

続いて栗野は、ドリス・ヴァン・ノッテンのキャリアの中で最も印象的だった出来事のひとつに、15年にパリ装飾美術館で開催された展覧会、『ドリス・ヴァン・ノッテン インスピレーションズ』を挙げた。これは歴代のコレクションのインスピレーション源となった、アートや写真、映画、民族衣装などと、それらに影響を受けて制作された服を並べて展示するもので、ドリスのクリエイションの核心に迫るものだった。

「本来、デザイナーにとって〝秘密の領域〞とも言えるインスピレーション源は、なかなか開示できるものではありません。しかも、ドリスさんみたいにそのすべてを展覧会ができるぐらいていねいに保管している人も、そう多くはないでしょう。この展覧会に限らず、ドリスさんからは、音楽のこと、絵画のこと、映画のこと、旅先で出合った異文化のことなど、コレクションを通して毎回いろんなことを教えてもらいました。ショーを観るたびに、自分の文化・教養レベルを高めてくれるようなブランドは、決して多くはありません」

インスピレーションソースに対する理解とリスペクトの深さも、ドリスのクリエイションを語る上では、改めて特筆しておくべきポイントと言えるだろう。

「ドリスさんはこれまで、幾度となく異国の文化をコレクションのインスピレーションソースにしてきましたが、誰も彼に対して〝文化的盗用〞と言う人はいませんでした。それは、彼がそれらの文化に対して深い愛情とリスペクトを持って接してきたからでしょう」

『ドリス・ヴァン・ノッテン インスピレーションズ』でも、世界中の美術館から重要なアートピースの数々が集められていたが、アートと文化に造詣の深いドリスだからこそ、全面的な協力が得られたとも言えるだろう。

「僕だって、もしかしたら飛行機が落ちたり、感染症にかかったり、テロに巻き込まれたりするかもしれない状況の中で、それでも年に4回、パリまでショーを観に行くわけじゃないですか。それはなぜかというと、素晴らしいショーを観た時の感動をお客さまに伝えたいからなんです。ドリスさんのショーは、毎回なにがあっても、必ず目に焼き付けたいと思える数少ないショーのひとつでした」

インフルエンサーや広告とは無縁の世界で、ただただ純粋にファッションと向き合い続けたドリス・ヴァン・ノッテンのキャリアは、後世にもあらゆる角度から、再評価の対象となり続けていくことだろう。

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栗野がメンズのベストコレクションと評する2005年春夏メンズコレクション。プリンス・ハリーとウィンザー公をテーマに、英国好きなドリスの感性が前面に打ち出された。ロンドンのジェントルマンズクラブをイメージした会場の中、ソファでくつろぐ観客の間をモデルたちが歩いた。 photos:Courtesy of Dries Van Noten

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栗野がウイメンズのベストコレクションと評する13年秋冬ウイメンズコレクション。10本におよぶ映画でダンス・パートナーを組んだ映画史上の名コンビ、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースをテーマに、男女の特徴が融合したコレクションが展開された。 photos:Courtesy of Dries Van Noten

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次世代に託される、リアルクローズの美学
ー2024秋冬メンズコレクションよりー

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緻密に計算され尽くした、異素材のレイヤリング

アイテム同士をレイヤードした時に、装いはまったく新しい表情を見せる。異素材の組み合わせに素肌のニュアンスが加わった、センシュアルなコーディネート。ニットの身頃に施されたジップを閉めれば、またガラリと印象は変わる。ニット¥173,800、レザーノースリーブトップス(参考商品)、グローブ¥62,700、パンツ¥140,800/すべてドリス ヴァン ノッテン(ドリス ヴァン ノッテン TEL:03-6778-7975)

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リアルクローズに際立つ、ポエティックな色彩感覚 

オーバーサイズに仕立てられたダブルブレステッドのジャケットは、いかにもドリスらしさを感じさせるポエティックなカラーリングが魅力。大きなピークドラペルも、それだけで絵になるディテール。ジャケット¥227,700、ノースリーブトップス¥114,400、パンツ¥205,700/すべてドリス ヴァン ノッテン

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ブランドの世界観に浸れる、パターン・オン・パターン

ざっくりと編み込まれたローゲージのニットアイテムや、アーティスティックな総柄のプリントアイテムは、ブランドの世界観に浸れるアイコニックなデザイン。総柄パターン・オン・パターンのスタイリングが品よく決まるのも、ドリスならではの特徴と言える。ニット¥216,700、マフラー¥94,600、パンツ¥160,600/すべてドリス ヴァン ノッテン

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シルエットで表現する、デイリーなエレガンス

テーラードスタイルを特徴づけるのは、優しく身体を包みながら、同時に流麗なラインを描くシルエット。着丈の長いジャケットとワイドパンツの組み合わせが、エフォートレスな印象を与える。ジャケット¥267,300、ベスト¥79,200、レザーTシャツ¥260,700、グローブ¥62,700、パンツ¥216,700、シューズ¥125,400/すべてドリス ヴァン ノッテン

ドリス ヴァン ノッテン
TEL:03-6778-7975

 

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