パキスタン社会の保守派に向け、一石を投じたクィア映画『ジョイランド わたしの願い』ほか【今月の映画3選】

  • 文:児玉美月(映画文筆家)
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今月のおすすめ映画①『ジョイランド わたしの願い』
パキスタン社会の保守派に向け、一石を投じたクィア映画 

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ビバにキャスティングされたのは、トランスジェンダーであることを公言しているアリーナ・ハーンだ。トランスジェンダーの役柄を、実際にトランスジェンダーの俳優が演じる重要性がますます謳われる現代。同作は、当事者が演じた初の南アジア映画である。

パキスタン映画として初めてカンヌ国際映画祭で上映され、異性愛規範や男女二元論に抗するテーマを持った作品に贈られるクィア・パルム賞と、「ある視点」審査員賞を受賞した『ジョイランド わたしの願い』。失業中で家族の世話を担っていたハイダルは、友人から劇場のバックダンサーの仕事を紹介される。ハイダルはそこでメインダンサーとして活動するトランスジェンダー女性のビバに、すぐさま惹かれてゆく。パキスタンをはじめインド文化圏では「第三のジェンダー」を示す「ヒジュラ」と呼ばれるトランスジェンダー文化が存在する。『ジョイランド わたしの願い』でも、ビバを「ヒジュラ」と名指す者もいる。

一方で、ハイダルもまた異性愛者ではない可能性を内包しており、こうしたクィア性が本国の保守派の逆鱗に触れ、監督を務めたサーイム・サーディクの故郷であり映画の舞台でもあるパンジャーブ州では残念ながら上映が禁止となった。

保守層にとって不都合であるのは、それだけにとどまらない。同作は、パキスタンの根深い家父長制社会の現状を告発してもいる。ハイダルの暮らす家では伝統を重んじる父親がすべての権限を握っており、彼の妻ムムターズに家庭を第一に優先することを命じ、男児を出産するよう圧力をかけている。メイクアップアーティストとして仕事をやりがいにしていたムムターズはそうして夫不在の中、閉塞的な環境から逃亡を願うようになり、しだいに精神を病んでゆく。映画はまた、ムムターズに寄り添いながら、“ないもの”とされている女性の性的欲望を、見世物にもセンセーショナルにもせずにスクリーンに刻み込む。こうした切実な問いかけと、闇の中のネオンライトがひと際煌めく美しい映像は、私たちに深い余韻を残すだろう。

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© 2022 Joyland LL

『ジョイランド わたしの願い』

監督・脚本/サーイム・サーディク
声の出演/アリ・ジュネージョー、ラスティ・ファルークほか
2022年 パキスタン映画 2時間7分 10月18日より新宿武蔵野館ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画②『若き見知らぬ者たち』
人気若手監督が炙り出す、いまの若者たちが対峙する閉塞感

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© 2024 The Young Strangers Film Partners

認知機能の病を抱えた母を介護しながら亡き父の借金返済に追われる彩人。彼は格闘技に励む弟と看護師の恋人との生活をささやかな幸せに暮らしていた。しかし、親友の結婚を祝うはずだったある夜、彼の人生を一変させる事件が襲いかかる。理不尽な暴力と常に隣り合わせに生きなければならないこの時代。若者たちがいかにして先行きの見えない未来に対する閉塞感と闘っているかを、1992年生まれの内山拓也が独自の筆致で炙り出してゆく。

『若き見知らぬ者たち』

監督・脚本/内山拓也
出演/磯村勇斗、岸井ゆきのほか
2024年 日本・フランス・韓国・香港合作 1時間59分 10月11日より新宿ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『憐れみの3章』
話題作『哀れなるものたち』の鬼才が、奇想天外な世界へまたも誘う

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© 2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

前作『哀れなるものたち』で胎児の脳を移植された女性による壮大な冒険譚を見せた、ギリシャの映画監督ヨルゴス・ランティモス待望の新作。厳格な上司の管理下に置かれている男が故意にクルマに衝突して幕を開ける第1章。続いて、行方不明だった妻が別人のようになって帰ってきたことに夫が悩む第2章。そして、信者たちがカルト集団にふさわしい特殊能力を持った人物を探す第3章。奇想天外な世界へ、瞬く間に引きずり込まれそうだ。

『憐れみの3章』

監督・脚本/ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンスほか 
2024年 イギリス・アメリカ映画 2時間44分 TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2024年11月号より再編集した記事です。