「大人の名品図鑑」坂本龍一編 #5
「世界のサカモト」──坂本龍一が天に旅立ったのは2023年3月28日。永遠の輝きを放つ作品を多数遺しただけでなく、「No Nukes, More Trees」に代表される社会活動にもコミットし、未来に向かって多くのメッセージを発信していた稀有なアーティストだ。今回は、そんな唯一無二の音楽家、坂本龍一に関する名品を探してみた。
坂本龍一は2冊の自伝を書いているが、1冊目の自伝『音楽は自由にする』(新潮社)は、2009年、坂本が57歳になったころまでの活動を語ったもので、2冊目の『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(新潮社)は、2009年以降のことが主に書かれている。この2冊を読むと、70年代後半、イエロー・マジック・オーケストラの一員として成功してから、坂本は世界中を旅していたことがわかる。ツアーのためにアメリカやヨーロッパ各地に飛んだり、映画の出演、依頼された音楽制作のために現地に乗り込んだりと、驚くほど精力的に世界を旅をしている。
2冊目の自伝では北極圏のグリーンランドに出掛け、海中にマイクを沈めてフィールドレコーディングをしたかと思えば、アフリカのケニアへ旅して、サバンナで見た雲の動きから水に関心を寄せる。坂本は14年からニューヨークに生活拠点を移すが、以降もフランス、イギリス、ギリシア、アイスランド、UAE(アラブ首長国連邦)など、さまざまな国を訪れている。同書で「ぼくの場合、旅先で見たものからクリエイションの着想を得ることはあっても、実は観光というものが大っ嫌いなんです」と告白する。これだけ旅しても、ずっと部屋に籠って新しい音楽や音を模索していたらしい。
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坂本が愛用したイギリスの名品「グローブ・トロッター」
そんな坂本の旅のパートナーになったアイテムがある。英国のブランド、グローブ・トロッターのトランクだ。このトランクを扱っている東京・青山にあるヴァルカナイズ・ロンドンのウェブサイトの2011年に公開された記事に坂本の話が掲載されている。
「旅道具でいえばグローブ・トロッターは25年以上使っています。軽く、丈夫で、たくさん入るのがいい。もちろんルックスも。とくにヨーロッパツアーはバスで夜間移動することがほとんどで、それこそ期間中はバスがわが家になります。そこでリラックスできるように枕やアイピロー、粉香などあらゆるものを持ち込みます。ここでもグローブ・トロッターのスーツケースは重宝しています。開口が中心からではなく、蓋のように開くので、行李のようにそのままクローゼットになるんです」と書かれている。
また坂本が総合監修を務めた音楽の百科事典シリーズ『コモンズ:スコラ』第10巻の発売を記念して、グローブ・トロッターとコラボレーションした特別な製品が製作されている。その発売を記念した行われた12年のイベントで坂本はグローブ・トロッターとの出会いを語っている。
「たまたまなんですけれど、ロンドンにいたとき、使っていたスーツケースが壊れてしまい、代わりをデパートに買いに行ったらグローブ・トロッターがあって、すごく気に入ったというのが最初です」
坂本は黒、グリーン、グレーなどのトランクを所有するほどのグローブ・トロッター愛好家だったとも書かれている。
グローブ・トロッターの歴史は1897年にデビッド・ネルキンがドイツで創業したことに始まる。ブランド名は「地球(globe)を巡る(trot)」という意味で、まさに坂本のことだ。1901年に拠点をロンドンに移すが、チャーチル、エリザベス女王、あるいはジェームズ・ボンドなど、英国を代表する著名人に愛用されたことでも有名だ。素材に使われているのは、開発された当時、最先端素材であった「ヴァルカン・ファイバー」。特殊紙を何層も重ねて圧着した天然素材を由来とし、土にも還るその素材は、当時主流であった革と木枠を使ったトランクよりも、軽量でなおかつ堅牢だった。船で旅をしていた時代を彷彿とさせるクラシックな佇まい、使い込むほどに味わいが増し、経年変化を愉しみながら、100年以上も使うことができる。さまざまな音楽や音を求めて世界中を旅した教授=坂本に相応しい名品だ。
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グローブ・トロッター銀座
TEL: 03-6161-1897
jp.globe-trotter.com
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