テクノロジーが発展した世界でどう生きるか? 映画『本心』監督&脚本・石井裕也×主演・池松壮亮インタビュー

  • 写真:河内 彩
  • 文:小松香里
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芥川賞受賞作家である平野啓一郎の傑作長編小説『本心』が映画化され、11月8日(金)より公開される。監督・脚本は『月』や『舟を編む』で知られる石井裕也。“今”と地続きにある近い将来、“自由死”を選んだ母の本心を知ろうとした主人公の青年・朔也を演じたのは、『ぼくたちの家族』(2014年)から始まり、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『アジアの天使』『愛にイナズマ』等、『本心』をあわせて9作品でタッグを組んでいる池松壮亮。他にも、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、妻夫木聡、綾野剛、田中泯、田中裕子といった名優たちが集結した。

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(C)2024 映画『本心』製作委員会

母(田中裕子)を助けようと川に飛び込み重傷を負い、一年もの昏睡状態に陥った朔也が目覚めた時、母は“自由死”を選択し、亡くなっていた──。唯一の家族を亡くした朔也の勤務先はロボット化の波が押し寄せたことにより封鎖。朔也は幼馴染の岸谷(水上恒司)の紹介でリアル(現実)のアバター(分身)として依頼主の代わりに行動する「リアル・アバター」の仕事を始める中で、仮想空間上に任意の“人間”を作る「VF(バーチャル・フィギュア)」の技術を知り、開発者(妻夫木聡)に「母を作って欲しい」と依頼する──。技術が発展し続けるデジタル化社会の功罪を鋭く描いたヒューマンミステリー『本心』は、原作を知った池松が石井監督に映画化を薦めたことをきっかけに制作された。池松と石井監督に、今回の作品について話を訊いた。

“自分の話だと思った”、原作小説『本心』

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──映画『本心』は、池松さんが小説『本心』と出合ったことをきっかけに制作がスタートしたそうですね。 

池松 同じ平野啓一郎さんの『ある男』が本当に素晴らしく、映画的な題材であり深く印象に残っていて、その後に『本心』と出合いました。2020年夏のコロナ禍に、無謀にも上海で中国映画の撮影に参加していて、前後2週間の隔離期間があり、そこで『本心』を一気に読み切って、そのあまりの面白さに圧倒されました。あの時自分がまだ言葉にできない、実感のない不安が全てそこに描かれていて「これはこれからの私たち自身の話だ」と思いました。そこで石井さんに映画化を相談しました。

石井 池松くんは、僕が7歳の時に母を亡くし、ずっと母親というものに執着があることを知っていたので、死んだ母親と対話をする、かつそれがディスコミュニケーションする『本心』を僕がやることに意義を感じたように思いました。僕も原作を読んで「自分の話だ」と感じました。朔也が抱えている不安は、AI技術の発達によって今後の自分も追体験するものでしょうし、その状況においてどう生きるかを物語の柱にすれば、画期的で面白い映画になると確信しました。

──石井監督は『本心』の主人公の朔也と池松さんの共通点を「悩んでいるところ」だと感じているそうですが、それについて池松さんはどう思いますか?

池松 その通りだと思います(笑)。自分のことは置いておいて、どんな時でも中立的な立場に立とうとして揺らぎ、真摯で誠実な朔也に魅了されました。同時に、石井さん自身、また、石井さんがこれまで映画の中で生み出してきた人物に通ずるものを感じました。

石井 年齢的に僕より池松くんの方が悩んでいるとは思います(笑)。池松くんに直接「もうすぐその時期は抜けるから大丈夫だよ」というようなことは先輩風を吹かせているみたいなので言いませんけど(笑)。

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出会って約10年の時を経た、お互いの存在について

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──おふたりが『本心』でタッグを組むのは9作目になります。相性の良さをどのように感じていますか?

池松 石井さんに出会う前、共通の知り合いの方に「すごく似てるよ」と言われていました。実際お会いして、感覚的に近いところをさまざま感じました。でもそれは石井さんの映画を観ても感じていたことでした。僕にとってシンパシーを感じられる存在で、なにより対話や物作りを石井さんとしていて毎度楽しいなと感じます。

石井 池松くんとなんで気が合うのかは考えたことなかったですね。ただ、池松くんといまの社会や時代をどう見て考察しているかという話をすると、単純に面白くて刺激になります。

──『本心』もそういった会話の中で構築されていったところがありますか? 

石井 そうですね。

池松 出会って10年以上経ちますが、映画が目の前にある時も無い時もたくさんの対話を繰り返してきました。そういった意味では、その対話の延長上に今作との出合いがあったのかなと思います。

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──『本心』において監督が池松さんの凄みや魅力を感じたのはどんなところでしょう?

石井 僕としては朔也を演じる上で大きなポイントがふたつあったと思っています。ひとつ目はVFではない生身の人間の身体をどう使うかということ。もうひとつはタイトルに「本心」とある通り、本当の心とは何かという問題を俳優自身が探らなければいけないということ。俳優は芝居をしているので、自分のやっている芝居が本当なのか嘘なのかということを考えざるを得なくなる。脚本を読めばその二つのポイントが大事であり、そこを捕まえにいかなければいけないということはわかると思うのですが、池松くんのようにそれを当たり前にできる俳優はなかなかいません。

池松 身体性については俳優にとって最も重要なテーマだと思っていますし、今作ではなおさら意識するところがありました。

──池松さんがこれまで監督とご一緒する中で凄みを感じた部分というと?

池松 石井さんが新たな題材に出合う度に、飽くなき探究心と巡り合う問いや答えの深度に毎回驚かされます。今作においてもこうした壮大なテーマだったからこそ尚更際立っていたと思います。映画化が決まってから撮影までの3年の道のりは、険しくもありましたが、迷い込まずにここまで辿り着けたのは、石井さんが揺るがないビジョンを持って今作を導いてくれたからだと思います。

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テクノロジーに対して生まれる、人間の恐怖や不安

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──さまざまな面で変化が著しい時代ですが、おふたりが技術の進化に対して恐怖を感じる部分はありますか?

石井 不安を感じることはありますか? 

──何かを検索すると、その直後から関連するものがお薦めされる技術も含めて、あらゆる個人情報が把握されているような状況には恐怖を感じます。 

石井 監視されてるような感覚には不安を覚えますよね。そうやって吸い取った情報の恩恵にあずかることができる人はごく一部です。要するに、言葉は悪いですが、AIや情報システムを支配できる人は本当に少数で、それ以外の人は必然的に盲従していくことになります。自分だけ時代に取り残されたり突き放されたりするのではないか、今よりも苦しい思いをさせられるのではないかという恐怖は感じますよね。そして、その気持ちを正直に「不安です」と表明することが憚られるような状況がもっと怖い。僕はSNSをやっていませんが、仮に「AIがすごく怖い」とポストしたら、有識者のような人に「こいつはバカだ」と一刀両断されてしまう。「不安だ」と言えない状況はとても大きな流れの中に飲み込まれているということなので、本当に危ないと思います。

池松 生成AIという、人間にとって変わる存在に対して大きな不安と恐怖を感じています。昨年、アメリカの映像界では、AIが導入されることに多くの脚本家や俳優が自身の生活をかけてストライキを起こし、長期間映画やドラマの制作がストップしました(※争点のひとつにAI の起用による肖像権の侵害や雇用機会の損失があった)。日本ではまだそういった出来事は表出していませんが、ぬるっとやんわりと生成AIが入ってきていることに不安を覚えています。今作では母を創るということが大きなテーマとして出てきますが、それは遠い世界のことではなく、中国や韓国では既にそうしたサービスがビジネスとして始まっています。AIがこれ以上進歩すると、いまある私たちのルールや道徳や倫理、さらには死や生の概念も愛のあり方も変わっていくと思います。AIと人間がどう共存していくのか、おそらくこれからの数年が分岐点となり、その後も私たちが考えていかなければいけない大きなテーマだと思っています。今作がこれからの世界を考えるきっかけのひとつになってくれたらなと思います。

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──『本心』はそういった議論が起こり得る作品だと思うのですが、「考えるきっかけを与えたい」という気持ちはあったんでしょうか?

石井 そんな大層なことは考えてはいませんが、自ずと考えざるを得ないとは思っています。例えば、10年ぐらい前まではネットで知り合って結婚することに対して、微妙な反応をする人たちも多かったと思うんですが、いまはマッチングアプリで結婚するケースも多いですよね。おそらく今後、仮想空間上で自分のアバターと誰かのアバターが結婚することも起こり得ると思うんです。この現実世界とは違うもうひとつの世界でアバター同士の婚姻関係が結ばれる。それを愛や現実と呼ぶようになる可能性はかなり高いですし、それに幸せを感じる人は少なくないと思っています。そういう時代が来た時のための準備は怠らない方がいいのではないかと思っています。

池松 バーチャル世界で遺伝子データを使って子どもが産めるようになったり、住民票ができるようになるとも聞くことがあります。さまざまなことが近い将来確実に変わっていく。私たちのすぐそこに差し迫ったテーマを内包した、未来の迷子エンタメとして作り上げたこの映画を、同時代の多くの皆さまに観て頂きたいと思っています。

『本心』

監督/石井裕也
出演/池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中裕子ほか 
11月8日(金)より全国公開
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