“聴こえない世界”も体感させる、ろう者の母と息子が奏でる物語『ぼくが生きてる、ふたつの世界』ほか【今月の映画3選】

  • 文:細谷美香(映画ライター)
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今月のおすすめ映画①『ぼくが生きてる、ふたつの世界』
“聴こえない世界”も体感させる、ろう者の母と息子が奏でる物語

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呉監督が組んでみたかったという吉沢亮が手話を学び、コーダである主人公の大を演じた。母親を演じた忍足亜希子や父親役の今井彰人をはじめ、ろう者の登場人物はすべて、ろう者の俳優が演じているほか、手話演出によってそれぞれの個性が引き出されている。

アカデミー賞作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』をきっかけに、耳の聴こえない両親のもとに生まれた、聴こえる子どもをコーダ(CODA=Children of Deaf Adults)と呼ぶことを知った人も多いのではないだろうか。この映画の原作は、コーダである作家の五十嵐大の自伝的エッセイ。『そこのみにて光輝く』などさまざまなかたちの家族の物語を紡いできた呉美保監督が、このエッセイに自身のアイデンティティも重ね合わせ、9年ぶりとなる長編作品を完成させた。

主人公は、宮城県の港町でろう者の両親のもとに生まれた大。手話を使って大好きな母を助けていた無邪気な男の子はやがて、自分の両親はどうやら友達の家とは違うことに気づき、恥ずかしさや苛立ちを感じるようになる。思春期を迎えた大はついに、「こんな家に生まれてきたくなかった」という酷い言葉を母親にぶつけてしまうのだ。

上京して世界が広がり、大人になっていく途中で大はいかにしてコーダである自分と向き合い、母親との関係を結び直していったのか。呉監督は私たちに“聴こえない世界”を体感させる無音の場面も織り込みながら、湿っぽいムードに流れることなく、ときにはあっけらかんとしたユーモアを交えながら、大の成長の過程を見つめている。

強引に涙をしぼり取るような描写はない。けれども母が息子に、ある理由で「ありがとう」を伝える場面で涙がぼとぼとと落ちてきて止まらなくなってしまった。コーダの苦しみや葛藤をすべて知ることはできない立場からの無責任な感想かもしれない。けれどもやはり、こんなにもまっすぐに純度の高い愛情を注がれた主人公は幸せな子どもなのではないだろうか。特別じゃないけれど特別な親子の物語は、多くの観客にとって忘れられないものになるだろう。

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©五十嵐大/幻冬舎 © 2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

監督/呉 美保
出演/吉沢 亮、忍足亜希子ほか
2024年 日本映画 1時間45分 9/20より新宿ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画②『Cloud クラウド』
黒沢清監督が描き出した、ネット社会における憎悪の構造

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© 2024「Cloud」製作委員会

ハンドルネームを使って転売業にいそしむ男、吉井。彼は気づかぬうちにネット上で不特定多数の人たちの憎悪を集める存在になっていく。いまよりもいい暮らしを目指して真面目に悪事を働く男を演じた菅田将暉をはじめ、若き才能たちが黒沢清監督の世界観を拡張させている。興奮と笑いを生む即物的なアクションと、いつの間にか袋小路に追い込まれている人間の滑稽さと底知れなさ。すべてが雲のように広がっていく物語が、胸をざわつかせる。

『Cloud クラウド』

監督/黒沢 清
出演/菅田将暉、古川琴音ほか
2024年 日本映画 2時間3分 9/27よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
差別的発言で凋落した天才の、知られざる背景に迫る

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© 2023 KGB Films JG Ltd

クリスチャン・ディオールのデザイナーとして活躍していた2011年、バーで泥酔して反ユダヤ主義的発言を繰り広げ、解雇されたガリアーノ。彼のルーツや華々しいキャリア、凋落と復活を追いかける。彼自身はほぼ記憶がないと語る発言の裏側にあるのは無意識に抱いていた差別か、想像を絶する量のコレクションと向き合う中で陥ったアルコールや処方薬への依存か。捉えどころのない天才が、いくつもの問いを投げかけてくるドキュメンタリーだ。

『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』

監督/ケヴィン・マクドナルド 
出演/ジョン・ガリアーノ ケイト・モスほか
2023年 イギリス映画 1時間56分 9/20より新宿ピカデリーほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2024年10月号より再編集した記事です。