ランドスケープデザイナー忽那裕樹の視点から考える、街づくりの意義と役割とは?

  • 文:山田泰巨
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写真:pawel.gaul/Getty Images

景色や風景を意味するランドスケープ。建築やデザインの分野では、都市における公園や広場などの公共空間を示す言葉として、より広い意味で使われる。私たちが心地よさを感じる街路樹、友人や家族とゆっくり時間を過ごす公園や広場、ランニングなどのアクティビティを楽しむ川沿いなど、ランドスケープは人、都市、自然をつなぐ身近なものとしてあらゆるところに存在している。当たり前にみえる風景も、人の手によってデザインされ形づくられている。そんな街づくりの意義と役割を、ランドスケープデザイナーである忽那裕樹さんが語る。

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源泉を辿る

ランドスケープデザインの歴史は150年余り前に遡る。急激な発展を遂げる1800年代のマンハッタン、人々が大きな公園を求めるなか、ニューヨーク市は新たな公園の建設にあたりフレデリック・ロー・オームステッドの計画案を採用した。1876年にセントラル・パークを完成させたオームステッドが、自らの仕事を「ランドスケープ・アーキテクチャー」と表現したのが始まりであると言われている。

 

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セントラル・パーク(Central Park)。写真:Nisian Hughes/Getty Images

「産業革命で人々の生活は豊かになりますが、同時に公害を引き起こしました。そして人々は都市に大きな緑の空間を求め始めます。セントラル・パークは都市の中心に大きな緑を計画し、そこを基点に都市がさらに発展した初の成功例です。行政による予算化や、レストランなどの施設を設けて公園運営を持続する仕組みもいち早く取り入れました。いまのニューヨークの風景を形づくった、先見の明がある存在です」

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人の営みが美しく見える風景をつくる

近年、日本でも東京のMIYASHITA PARK(渋谷区立宮下公園)や大阪のグラングリーン大阪など、カフェやレストランを併設する公園が増えている。魅力ある施設は公園を活性化し、新たなにぎわいを生み出す。忽那さんはランドスケープデザインの役割を「場所のもつ力を次の世代につなげていくこと、そして豊かな時間を生み出すこと」と言う。

「私の考えるランドスケープデザインは、“人の営みが美しく見える風景”を作るために樹木や設備といった“かたち”をデザインすること。そのためには、さまざまな壁を乗り越え、時に法律や条例を見直す働きかけまで行い実現に導きます。そしてなにより、人々の動きを誘発する仕かけが重要です。このように“かたち”“しくみ”“うごき”のすべてを対象にデザインを進め、その先に人と自然とが繋がる風景を作りだしていきます」

忽那さんがランドスケープデザインに興味をもったきっかけは大学時代にあったと振り返る。

「実は僕、昔は“やんちゃ”な若者でした(笑)。公共物は人を束縛するものであり、時には破壊の対象とすら考えるタイプでした。でも、大学で公共の空間を学ぶうちに、当たり前だと思っていた風景が『誰かが真剣に、美しくデザインしようとしている』ものであることを知って驚きを覚えるとともに、強い興味を持つようになりました。当たり前だと思っていたものが、人々の絶え間ない努力と愛着によって作られている。街は美しい、大切にすべき公共物かもしれない。そう考えるようになりました」

歴史を残しながらつくる、新しい街並み

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写真:Orbon Alija/Getty Images

経済性や利便性を優先した都市開発がなされる中で、土地の歴史や文化、環境が分断されてしまいがちだと忽那さんは考える。それらを有機的につなぐ存在としてランドスケープデザインは有効に働くのだ。そして、これまでのコンクリートを中心とする“グレーインフラ”から、自然と対話ができる“グリーンネットワーク”へと街を変えていこうという動きが世界的に進んでいる。その提案でとりわけ衝撃を与えた存在として、忽那さんはニューヨークのハイラインを挙げる。これはかつて貨物鉄道が走っていた全長2kmを超える高架を、線形の空中庭園に甦らせた事例だ。

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1930年代、ハイラインが現役で貨物列車を走らせていたころの風景。写真:The New York Times/アフロ

 

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緑の遊歩道として再生された現在のハイライン。写真:Photoshot/アフロ

「ふたりの男性が、廃墟と化した高架を公園として遺したいとNPO団体を始めたことがきっかけです。ニューヨーク市が公園にすることを決断し、都市は変わっていきました。線路の記憶を残しながら、その存在を使いこなすことで生活を豊かにしていった事例です。ハイライン沿いにはホテルや美術館などの多彩な空間があり、ランドスケープが都市全体をつなぐコードとして存在しています。セントラル・パークとは違う方法で都市のグレーをグリーンに変えたランドスケープは、これからの時代における、都市の中のつながりを考えるための大きなヒントです」

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そこから始まる、次を見据えた街づくり

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提供:2025年日本国際博覧会協会

忽那さんは現在、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)会場内に「静けさの森」を造成中だ。万博会場の中央に広さ約2.3haの森をつくるというもので、森の中には池や水盤が設けられ、森を構成する樹木は、万博記念公園をはじめとする大阪府内の公園などから将来間伐予定の樹木を移植している。

「私自身は、期間限定のイベントのためではなく、そこから始まる風景を見据えて仕事を進めています。『静けさの森』も風倒木や間伐材を移し替えることで、樹木を通した命のリレーを目指しています。さまざまな種類、形の樹木をどのように組み合わせるか。自然環境を考慮しながらシミュレーションを行い、これまでに開催されたなかで最も緑の多い万博になる予定です。森から次の街をどう作っていくか、そのきっかけとなる場所づくりを進めています」

 

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提供:2025年日本国際博覧会協会

万博会場に使用された「静けさの森」の樹木を、閉会後には大阪市内などに移植したいと忽那さんは言う。忽那さんも携わる大阪・御堂筋の道路空間再編プロジェクト(道路空間を将来的に公園化する計画)や、グラングリーン大阪、中之島公園など、大阪市内の緑のオープンスペースをネットワーク化する「グリーンアロー計画」。これが実現すれば、大阪にも世界的なグリーンネットワークが誕生することになるだろう。

 

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大阪一の業務集積地区である御堂筋沿道。写真:萱村修三/アフロ

 

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御堂筋の道路空間を公園につくり変えた際のイメージ図。画像提供:E-DESIGN

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課題解決を、クリエイティブに

最後に、忽那さんがランドスケープデザインの仕事をするうえでもっとも大切にしていることについて尋ねた。

「ワークショップを通して、徹底的に市民の方々の話を聞きます。とにかく意見を集め、デザインを見ていただく。その繰り返しで計画の精度を高めていきます。土地の歴史や文化、環境を俯瞰し、そのうえで意味を持って必要とされる緑を考えること。そこに暮らす人々が見逃している大切な価値をあぶりだすことも、私たちに期待される役割です。クリエイティブに社会問題を解決することを念頭に、そこに関わるすべての人々が互いに応援をしあえる場所を作りたい。それが、目指している“人々の誇りとなるランドスケープ”につながると考えています」

街づくりが人をつなぎ、歴史をつなぎ、文化をつないでいく。ランドスケープデザインは人々の豊かな暮らしを想い、未来をデザインする仕事であるといえるだろう。

 

☆kutsuna_portrait.jpg忽那 裕樹 ●株式会社E-DESIGN 代表取締役、クリエイティブディレクター

1966年生まれ。大阪府立大学緑地計画工学講座卒業。建築コンサルティング会社勤務を経て、E−DESIGN株式会社を設立。公園、広場、道路、河川の景観・環境デザイン、およびその空間の使いこなし、さらには、その持続的マネジメント・しくみづくりを同時に企画・実施するという手法を駆使することによって、新しい公共を実現し、魅力的なパブリックスペースを創出することを目指し、数多くのプロジェクトを手がける。また、2025年日本国際博覧会協会の会場デザインプロデューサー補佐として、「静けさの森」ほか、会場全体のデザインを藤本壮介プロデューサーチームの一員として手がけている。

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双日株式会社
www.sojitz.com/caravan/