連載「腕時計のDNA」Vol.12
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
時計選びには、インターネットや専門誌などさまざまな情報ソースがある。しかしなによりも大切なことは、時計店で実機を前に専門スタッフから話を聞くことだろう。さまざまな時計を扱い、販売や修理を通したリアルな評価を知ることができる。時計店はそれだけの情報集積地といえるだろう。そうしたユーザー目線に立ったブランドがカール F. ブヘラだ。
1888年にスイス、ルツェルンで創業した時計宝飾店「ブヘラ」をルーツに1919年からオリジナルの時計製造を手がけ、2001年に創業者の名を持つブランドを立ち上げ、世界で販売を始めた。デイリーユースの実用機能と信頼性を備える一方、08年には革新的な初の自社ムーブメントを発表。1960年代のペリフェラルローター技術を実用化し、その先駆けになった。現在はマニュファクチュールの生産体制のもと、「マネロ」「パトラビ」「ヘリテージ」という3つのファミリーに集約し、多彩な色や素材の選択肢を揃える。紹介する3本も唯一無二の出自とこれまで培ってきたノウハウを注ぐ注目作だ。
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新作「マネロ ペリフェラル」
革新的なペリフェラル機構
「マネロ」コレクションは、都会的でモダンなライフスタイルを標榜し、コンプリケーションやクロノグラフなど多彩なラインアップを揃える。モデル名のペリフェラルは、ブランド初の自社ムーブメントで採用した自動巻き上げ機構を意味し、一般的なセンターローターに対し、ムーブメントの外縁を回転するリング状のローターでゼンマイを巻き上げる。1955年に発表された技術だが実用化は難しく、これをセラミック製ボールベアリングを用いることで実現した。優れた巻き上げ効率や耐衝撃性に加え、ムーブメントの厚みを抑え、その美観を妨げることもない。5つの特許取得と4つの自社キャリバーを展開し、いまやブランドの革新性を象徴する基幹技術だ。
搭載するムーブメント「CFB A2050」は、初代に比べて精度調整をフリースプラング式に変更するなどメンテナンス性を高め、クロノメーター認定を受けるなど改良を続ける。ステンレス・スチール製ブレスレットを装着した40mmのほどよいケースサイズはビジネスからプライベートまでシーンを選ばず、シャープなストライプと立体感のある文字盤に2針とスモールセコンドを備えたモダンクラシックなデザインも魅力だ。
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定番「ヘリテージ バイコンパックス アニュアル ジャパン」
世界16都市別の限定モデルを展開
ブランドの歩んできた歴史と創業地であるスイス中央部ルツェルンへのオマージュを込め、限定モデルのみで構成されるコレクションが「ヘリテージ」だ。2018年にスタートし、その翌年に「ヘリテージ バイコンパックス アニュアル」が加わった。シンメトリックな2カウンタークロノグラフにテレメーターとタキメーターを記した1950 年代のアーカイブピースをモチーフに、新たにビッグデイト表示を備え、ヴィンテージ的表現と現代的なエッセンスを組み合わせる。風格漂うエレガントなデザインに高機能のアニュアルカレンダーを搭載。年に1度、3月1日のみ日付を調整すれば、年間通して常に正しく自動日捲りする。
日常使いする上で極めて実用度が高く、常にユーザーと向き合い、その声に耳を傾けてきた伝統が息づくのである。初代のパンダ顔からその反転カラーなどバリエーションを揃えるほか、世界16都市のイメージから想起したカラーダイヤルを備えるユニークなホームタウンエディションを展開。ケースバックにはそれぞれの都市のランドマークを刻み、モダンクラシックなスタイルをよりエクスクルーシブな魅力で演出している。
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通好み「パトラビ スキューバテック ブラックマンタ 特別モデル」
マンタの保護に貢献する本格ダイバーズ
「パトラビ」は、独立ブランドとしてのスタート当初からメインコレクションに位置づけられる。クロノグラフと3タイムゾーン表示を併せ持つ独創的な機能に代表される、躍動感あるアイコニックなスタイルが特徴だ。その初の本格スポーツモデルとして2014年に発表したのが「スキューバテック」だ。ブランドでは初のダイバーズウォッチながら500m防水と、ヘリウムガス自動エスケープバルブ装備の本格機能にクロノメーター認定の精度を備え、波をイメージしたダイヤルパターンを施す。
誕生の背景には、これに先立つ13年にイギリスのNPO団体「マンタトラスト」とパートナーシップを結び、絶滅危惧種であるマンタとその生息地域の保護活動に取り組んできた経緯がある。そのシンボルモデルとして収益の一部をマンタトラストに寄付し、17年以降さまざまな仕様を発表する。特別モデルでは、稀少なブラックマンタのシルエットをブラック文字盤に描き、軽量のチタンケースをブラックDLCで仕上げる。ラバーストラップは一部にリサイクルペットボトルからつくられたテキスタイルを採用し、回転式ベゼルなどとカラーを統一したブロンズのステッチが映える。スタイリッシュなデザインにも持続可能な海の未来を目指すブランドの哲学が宿るのだ。
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顧客ファーストの理念を根幹に、独立系の強みを生かす
昨年135周年を迎え、カール F. ブヘラはマニュファクチュール体制を強化するとともに、培ってきたノウハウと独自の技術のさらなる研鑽として「CFBマスターラボ」を立ち上げた。自社ムーブメント搭載の複雑時計対象に、顧客の要望に応じてデザインから装飾まで時計のカスタムオーダーに応え、約1年の製作期間で世界に1本の時計を生み出す。国内でもいよいよこのサービスが始まり、専用アプリでデザインを体験しながら、本社のエキスパートが対応しオーダーできるようになった。これも高まるカスタムオーダーの需要に応えるもので、顧客ファーストの姿勢には時計専門店を発祥とする伝統があり、きめ細やかな対応も独立系ならではの強みを生かしている。それこそがブランド最大の特徴だろう。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
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