坂本龍一の名を世界に知らしめたYMOが着ていたスーツは「人民服」だったのか?

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
Share:
「ミラノリブテーラードジャケット」と「ミラノリブストレートパンツ」のセットアップ。どちらもポリエステル100%。ジャケットはプログラミング技術ならでは編み端を活用したデザインで、見返しや裾の折り返しがない軽やかな着心地。ディテールや切り替え、ステッチを最小限に抑えたミニマルなデザイン。パンツは前後にセンタークリースが施されているので、脚長効果もありスマートに見える。脱ぎ着いドローコード付きのゴムウエストを採用。色は「ブラッシュド・レッド」。ジャケット¥79,200、パンツ¥68,200/ともにCFCL

「大人の名品図鑑」坂本龍一編 #4

「世界のサカモト」──坂本龍一が天に旅立ったのは2023年3月28日。永遠の輝きを放つ作品を多数遺しただけでなく、「No Nukes, More Trees」に代表される社会活動にもコミットし、未来に向かって多くのメッセージを発信していた稀有なアーティストだ。今回は、そんな唯一無二の音楽家、坂本龍一に関する名品を探してみた。

ポッドキャスト版を聴く(Spotify/Apple

多くの人が坂本龍一の名前を知るのは、70年代末のイエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)のブームからではないだろうか。細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一の3人からなるYMOは、コンピューター・プログラムと音楽を組み合わせた独自のスタイルを構築、“テクノポップ”の元祖とも称された。1978年、デビューアルバム『Yellow Magic Orchestra』を発表。『テクノポリス』『ライディーン』などを含む2枚目のアルバム『Solid State Survivor』(79年)は、100万枚を超える大ヒットを記録。その後に行われたワールドツアーは世界各地で絶賛され、国内外でその人気が大爆発、大きなブームとなった。この2枚目のアルバムに描かれた写真ではメンバー全員が赤いスーツを着用、そのスーツが当時の中国などで着られていた「人民服」のように見えたため、赤い人民服=YMOのユニフォームというイメージが世間では定着してしまった。しかしYMOが着ていたのは人民服ではない。

『音楽とファッション 6つの現代的視点』(青野賢一著 リットーミュージック)には「メンバーと男性のマネキンが着用している赤いスーツ─通称、人民服─は、高橋幸宏がデザインしたものである。この『人民服』は、実は人民服ではなく日本の古いスキー・ウエアがモチーフ。スキー・ウエアなのでフロント・ボタンが隠れる比翼仕立てになっている」とある。また同書では、79年のライブステージで、高橋幸宏が人民帽をよく被っていたので、人民服のように見えたのではとも書く。しかし『「教授」と呼ばれた男』(筑摩書房)を書いた佐々木敦は、「高橋幸宏のデザインによるコスチュームは、明治初期のスキー服をイメージしたものだったというが、どう見ても中国の人民服である。(中略)刈り上げた短髪も、いかにも中国風である。だが、もちろん彼らは中国人ではなく、日本人である。これはどういうことなのか? 西洋世界から見たら、日本も中国もほとんど区別がつくまい、ということだろう(断っておくと、これは七〇年代の話である)。YMOは『中国人のふり』をしたのではなく、『アジア(人)』に対する極めてアバウトな西欧人のイメージを確信犯的に身にまとって見せたのだ」と断言する。

---fadeinPager---

新鋭ブランド、CFCLの赤いスーツ

また坂本も自伝『音楽は自由にする』(新潮社)で、「当時は、ファッションの世界でも、日本のデザイナーが海外に出て活躍するようになっていました。イッセイミヤケ、ケンゾー、コム・デ・ギャルソン、ヨウジヤマモト、カンサイ。日本文化の尖兵という感じですね。彼らもYMOと同じようなものを背負っていたのかもしれない」と書いている。ともあれ彼らが着た赤いスーツはこの時代を象徴する性格と多大なる影響力を備え、なおかつYMOのビジュアルイメージを決定づけたアイテムであることは間違いない。

そんな赤いスーツを探してたどり着いたのが、CFCLという日本のブランドだ。ブランド名は「Clothing For Contemporary Life(現代生活のための衣服)」の頭文字を組み合わせたもので、デザイナーは奇しくも坂本がYMOの存在と似ていると語っていたブランドのイッセイ ミヤケ出身の高橋悠介だ。最新の3Dコンピューター・ニッティングの技術などを製作の中核に据えて、機能性、環境への配慮など、実験的で先進的な姿勢でタイムレスなコレクションを21年から発表し続け、内外ですでに多くのファンを得ているブランドだ。

今回紹介する赤のセットアップスーツは、上下とも「ミラノリブ」と呼ばれるニット素材が使われて、ミニマムでシンプルさが際立つそのデザインが、ブランドが標榜するタイムレスさを物語っているが、坂本がこのスーツを見たら、どんな感想を持つだろうか。

---fadeinPager---

20240809_Pen-online2769.jpg
シンプルなブランドのロゴマーク。20年までイッセイ ミヤケ メンのデザイナーを務めていた高橋悠介が21年春夏からスタートした新進気鋭のブランドだ。

---fadeinPager--- 

20240809_Pen-online2770.jpg
イタリアミラノが発祥したことからその名が付いた「ミラノリブ」。袋編みとゴム編みを組み合わせた編地。CFCLではコンピューターを駆使し、現代的なアイテムに仕上げている。

---fadeinPager--- 

20240809_Pen-online2766.jpg
若いころからアーティストやミュージシャンとも親交が深かった英国を代表するデザイナー、ポール・スミスでも赤いスーツを発見した。英国らしいダブルブレストで、パンツにもプリーツが入る。このブリティッシュなスーツを赤の素材を使ってモダンに見せるところがポール・スミスの真骨頂と言えるのではないだろうか。ジャケット¥99,000、パンツ¥44,000/ともにポール・スミス

CFCL/CFCL OMOTESANDO

TEL:03-6421-0555
cfcl.jp

ポール・スミス/ポール・スミス リミテッド

TEL:03-3478-5600
/www.paulsmith.co.jp/shop

---fadeinPager---