映画『ソウルの春』が日本で公開—韓国現代史上最大のタブーがいま描かれる

  • 文:Pen編集部
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昨年の韓国で最大のヒット作となった映画『ソウルの春』が、8月23日に日本で公開される。1979年12月に発生した全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領率いる軍部の反乱である粛軍クーデター(12・12クーデター)について、史実に基づいて描いた歴史サスペンス。この事件は、1980年代の韓国民主化に向けた戦いの幕開けであり、日本でもヒットした『タクシー運転手 約束は海を越えて』(チャン・フン監督)(2017年)で描かれた光州民主化運動の発端にもなった。近年、韓国では、激動の70~80年代を舞台に映画化することが多いが、この事件を描いた映画はこれまで制作されてこなかった。いまなぜ事件を描くのか。

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韓国史上最大のクーデターがようやく映画化された理由

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主演のファン・ジョンミン。© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

映画のタイトルでもある「ソウルの春」とは、68年のチェコスロバキアの「プラハの春」にちなんだ79年末に起きた韓国の民主化のことだ。独裁者として君臨していた朴正煕大統領が、学生の民主化運動が激しさを増す中、1979年10月に側近に暗殺された。朴大統領の暗殺は、韓国に民主化の機運が高まる事になり、多くの政治犯が釈放された。しかし、12月12日、先の暗殺事件の捜査方針で、陸軍トップと暗殺事件捜査本部の責任者である全斗煥(チョン・ドゥファン)将軍が対立。全斗煥は、韓国軍内の若手将校の派閥「ハナフェ(一つの会)」を率いて、軍の実権の奪取を目的に軍事クーデターを実行する。これにより、ハナフェは政治の実権も奪取することとなり、“ソウルの春”は終焉を迎える。そして、クーデターに反発した韓国南部の都市、光州では民主化運動への弾圧が始まることとなる…。

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もう一人の主演であるチョン・ウソン。© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

韓国には「ファクション」という言葉がある。実際の事件や歴史である「ファクト」に作品としてわかりやすく脚色した「フィクション」を足した言葉だ。韓国では、こうした歴史的事件や出来事に脚色を加えて映画にすることが90年代の民主化以降、増えてきた。『殺人の追憶』(2003)、『弁護人』(2013)、『国際市場で逢いましょう』(2014)、『1987、ある闘いの真実』(2017)、『KCIA 南山の部長たち』(2020)はまさにファクションの代表格とも言える作品だ。そして、これらの作品では70~80年代の軍事政権時代が物語の背景として大きく描かれている。

『ソウルの春』も激動の韓国史を描いたファクション一つ。独立後、韓国を支配してきた独裁政権が突如終焉し、市民がようやく手に入れようとした民主主義が敗北する。70~80年代を舞台にしたファクション映画が多数制作されるのは、経済発展と民主主義への渇望という韓国人にとって、最も忘れえぬ時代だからであろう。しかし、ソウルの春の映像化は、2005年のドラマ『第5共和国』(日本ではKNTVで2005年に放送)のみであり、これまで映画化されなかったのは、事件の首謀者である全斗煥とその相棒である盧泰愚(ノ・テウ)元大統領(映画ではノ・テゴンに該当)の両名が、2021年まで存命していたからであろう。しかし、事件の当事者たちが鬼籍に入ったことで、フィクションを交えてようやく事件について語れるようになったとみえる。これまでタブーに近かったこの事件が映画化されることは、韓国社会にとって、ようやく見直すことができる過去になったということだ。

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『アシュラ』のスタッフが再び、ファン・ジョンミンが語る実在の人物を演じる覚悟

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キム・ソンス監督とファン・ジョンミン。© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

今回の映画は、監督キム・ソンスにダブル主演を務めるチョン・ウソンとファン・ジョンミンと2016年の映画『アシュラ』のメンバーが再び集っている。ノワールアクションとして名高い『アシュラ』だが、『ソウルの春』はポリティカルスリラー。結末は知っているはずなのに、先の読めない展開が続くのは、正にファクションとしての真骨頂といえよう。クーデターを阻止に奔走するイ・テシン将軍はチョン・ウソンが演じ、クーデターを画策するチョン・ドゥグァン将軍を名優、ファン・ジョンミンが演じる。

チョン・ドゥグァン将軍のモデルはもちろん、クーデターの首謀者である全斗煥である。彼は今でも論争の的になる人物であり、役者にとっても過去の人ではなく、彼を演じることは非常にセンシティブだっただろう。しかし、ファン・ジョンミンは、これまでの役柄とは違う禿げ頭に仕上げて、権力の亡者を演じきっている。また、ファン・ジョンミンと言えば、数多の映画で披露してきた釜山周辺の慶尚道訛りが特徴的だが、関西弁に似た抑揚のある喋りがチョン・ドゥグァンの狡猾さと残忍さを醸し出している。

今回、ファン・ジョンミンは今回の役を演じるに当たり以下のようにコメントしている。

「実在した人物を扱った作品なので、主人公を偶像化しないよう、悩みました。オファーを受けた当初は不安と重圧が募りましたが、一方で俳優の演技欲求を刺激する興味深い役柄であることも事実です。監督から『このキャラクターは作品の設定に合わせてフィクショナイズされたキャラクターだ』と伺ったのを機に、脚本上の役割に忠実であればいいのだと思えるようになりました。スクリーンの中に観る者を引きずり込み、物語をスムーズに展開させることこそが俳優の役割です。私もまた、その本分に忠実であるべく努めました。またチョン・ドゥグァンという人物は集団を統率する立場にあるので、観客にも偶像化されないような演じ方を心がけました」

韓国史上最も重大な事件の映画化は、韓国の過去と現在を同時に知るいい機会になるはずだ。「韓国のいちばん長い日」をぜひ、劇場で鑑賞してほしい。

『ソウルの春』

監督/キム・ソンス
出演/ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、パク・ヘジュンほか
2023年 配給:クロックワークス 2時間22分 8/23より新宿バルト9ほか全国公開。

www.klockworx-asia.com/seoul/

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