アートで現代を航海する。アーティスト、五十嵐靖晃の活動の軌跡と『海風展』

  • 文:はろるど
Share:

人々との協働を通じて、土地の暮らしや自然を接続させ、景色をつくり変えるような表現活動を行う五十嵐靖晃(いがらしやすあき)。アートとは「自然と人間の関わりの術」であると考える五十嵐は、太宰府や瀬戸内などの国内だけでなく、ブラジルや南極といった世界をフィールドに多様なプロジェクトを展開している。

1.jpg
五十嵐靖晃(いがらし・やすあき)●1978年千葉県生まれ。2005年東京藝術大学大学院修士課程修了。人々との協働によってその土地の暮らしと自然とを美しく接続させ、景色をつくり変えるような表現活動を行う。 Photo:Manami Takahashi

その五十嵐は、現在、千葉県立美術館にて回遊型美術展覧会『海風』を9月8日まで開催中だ。これまでの活動から『海風展』で表現したかったこと、さらにアートの未来などについて聞いた。

千葉の埋立地で育った五十嵐。アーティストを目指したきっかけとは?

2.jpg
『海風展』会場より『そらあみ』(さんばしひろば 2024年)

「子どもの頃から物をつくったりするのが好きでした。市川市の埋立地の育ちで、遊び場といえば近所の公園でしたけど、砂場で穴掘ったり、山や道をたくさん作る。それを知らない他の子が作った道と繋げたりするのが面白かったです。大人になった今から振り返ると、違った世界が偶然に繋がることの楽しさを覚えました」

高校の時まではバリバリの体育会系。ただ進路を考えた時にスポーツで生きることに限界を感じて、何かをつくること生業としようと美術予備校に入ったという。

「単純につくることの面白さに加え、あらゆる価値観が許容されるようなアートの世界に魅了されましたね。たとえネガティブな感情を作品として昇華しても問題ない」

1999年に東京藝術大学先端芸術表現科へ1期生として入学すると、川俣正や日比野克彦らに学び、翌年にスタートした『大地の芸術祭』などのプロジェクトに携わっていく。

「先端芸術表現科に入学してまずはじめたのは、居場所をつくることでした。設立されたばかりの先端とは何ぞやということを、大学の中でも存在意義が問われていましたね。そして川俣さんや日比野さんが立ち上げから参加していた『大地の芸術祭』にも関わった経験も大きかったです。ゼロから現場を開拓して、綿密にリサーチし、何かをつくっていくことの大切さ。あとクリストにも衝撃を受けました。ベルリンの国会議事堂やイタリアの島を包むプロジェクトもすごいなあと」

---fadeinPager---

「海からの視座」を活動の根底とする五十嵐。4000キロのヨットの旅で感じた海への思い

3.JPG
太平洋航海より 2005年

 水戸芸術館で開かれた『HIBINO EXPO2005 日比野克彦の一人万博』(2005年)の一環としてヨットで日本からミクロネシアへと旅した五十嵐は、その体験をきっかけにして「海からの視座」を活動の根底と位置付ける。

「人は今日見た水平線を越えていくと、どういう風に心理に変化が起きていくのかを綴っていくプロジェクトがあって、日記を書くことと太平洋の真ん中と芸術館の展示室を1日1回、10分間、衛星回線を使って中継するのが僕の役割でした」

4.JPG
太平洋航海より 2005年

 「初めてヨットに乗ったので大変な体験でしたけど、一番大きな収穫は陸の常識をすべて捨てさせてくれたことです。地面が動かずにあって、積み上げた分がちゃんと残るのが陸とすれば、海は絶えず動き続けていて不安定、すぐそばに死がある。また太平洋の海に囲まれていると、空や太陽とかで自分の場所を探そうとするような感覚が開かれて、自然に対する想像力とか感受性が磨かれます」

ヨットで海を航海したことで、常に世界に対してフラットに見ていて良い、当たり前だと思っていることが、決して当たり前ではなくても良いということを感じたという。

「陸だけでなく、海の視点に立ち戻れれば、物事と柔軟に向き合えたり、可能性を見出せたりする。そういう意味で『海からの視座』を活動の根底としています」

---fadeinPager---

五十嵐の代名詞ともいえる『そらあみ』プロジェクト

5.jpg
【塩飽諸島】瀬戸内国際芸術祭2016 春:沙弥島・秋:本島(香川) 2016年

五十嵐の活動の代名詞といえるのが『そらあみ』だ。参加者とともに漁網を編み、空に掲げることで、人と人、海や島の記憶を繋ぎ、網の目を通して土地の風景を捉え直そうとするプロジェクト。これまでに35の島や地域でワークショップを開いてきた。

「東日本大震災をきっかけに、古くから自然災害と向き合ってきた歴史を持つ三宅島にリサーチしたことがはじまりでした。地元の年老いた漁師が船小屋で網を編んでいる姿に出会い、すごく惹かれたのですよね。その方を僕は爺と呼んでいたのですけど、爺に編み方を教えてもらいました」

6.jpg
【三宅島〈帰島式〉】三宅島大学プロジェクト 三池港(東京) 2013年

「網は人を寄せると爺が教えてくれて……つまり昔は漁村のみんなで網を編んでいたように、編んでると手伝いに来たり、お茶でも飲んでとか、人々のつながりが生まれるのです。またサイズの大小の違いはありますけど、編み方や道具って昔から変わらないんですよね。しかも世界中ほとんど同じなので、遥か昔といった時間や空間軸を飛び越えられる海辺の所作だと思いました。それに出来上がった網で魚を取ることも大切ですけど、実は編んでる時こそ人との大切な触れ合いが楽しめるのだと」

7.JPG
【釜石】Art Support Tohoku-Tokyo 平田第6仮設団地(岩手) 2012年

「震災から1年後に釜石の仮設住宅で最初の『そらあみ』のプロジェクトをやったのですけど、船が流された漁師さんなどが集まってくる。そこで被災した時のことを涙ながらに話すおばあちゃんがおられたりと……でも僕のようなよそ者だから話してくれることもあって、じわじわ緩やかに人のつながりができました。そしていよいよ網を掲げた日に、仮設住宅ができて以来、初めての宴会が行われたのです。『そらあみ』がきっかけで新たなコミュニティーが生まれたと思います」

---fadeinPager---

世界初の『南極ビエンナーレ』(2017年)に参加

8.jpg
南極ビエンナーレ【時を束ねる】 南極大陸・デセプション島(南極) 2017年

13カ国の作家、研究者ら77人、乗組員42人が船に集い、航海しながら制作活動を行う南極初の国際芸術祭『南極ビエンナーレ』(2017年)に参加した五十嵐。船内や南極大陸で組紐を組み、その紐を使って凧揚げをする『時を束ねる』というプロジェクトを展開する。

「南極は子午線、つまり世界の時間が一点に集まる場所です。そしてビエンナーレ自体も、世界中から多くのアーティストらが集まってきます。どこの国の土地でもない場所で、国の背景や文化を飛び越えて、それぞれの人が持っているリズムや時間を、子午線に見立てた時間の糸に束ねて、紐になって天高く登っていくような姿を目指しました。組紐は本来、一人で右手と左手で組みますけど、あえて誰かと組んでやってもらいました。そうするとどちらかが右手役、左手役になって、呼吸を合わせたりする必要がある。まるで将棋やチェスをタイミングよく打っていくみたいな感じになるのも面白かったですね」

ただ、凧揚げするための風がなかなか吹いてくれなかった。ついにビエンナーレ最終日になり、もうこのまま終わってしまうと諦めかけた時、ようやく風が吹いた。

「そこは生命感の薄いような雰囲気の場所だったのですけど、海鳥がやってきたような光景が生まれて、結果的にビエンナーレのフィナーレを飾るようなプロジェクトになりました」

---fadeinPager---

千葉県立美術館の『海風展』のタイトルに込められた意味

9.jpg
『海風展』会場より『糸の星』(千葉県立美術館 2024年)

千葉県立美術館にて開かれている『海風展』は、美術館の建築空間を生かした新作インスタレーションや収蔵作品とのコラボレーションなどに加え、千葉みなとエリアを舞台として屋外にも作品を展示し、かつての海の上であった埋立地に新たな文化を創造しようとしている。

「元々自分が育った場所、埋立地って良い場所だと思っていませんでした。それで東京に憧れて出ていくけど、自分の求めるものがないことに気づきます。これまで自然の豊かな土地や文化的な蓄積のある場所などでプロジェクトをいくつも展開してきましたけど、今回改めて千葉に戻ってリサーチすると、要するに千葉を何も知らなかったのだなと…こんなに魅力があり、新しい発見がある土地だとは思いませんでした」

20240818_MSKF5698.jpg
『海風展』会場より『風の子』(千葉ポートパーク 展望の丘 2024年)

さんばしひろばにて『そらあみ』を展示し、千葉ポートパーク展望の丘にて『風の子』を公開するなど、屋外を散策しながら楽しめる『海風展』。『風の子』からは風を通して埋立地にいる神様を想像することができる。

「人と自然が関わっていく中で生まれる信仰、アニミズムという神様っていうのが日本の人々には古くからの感覚としてはあると思い、埋立地で神様を見つけようとした時に何か適した素材や道具を探しました。吹き流しは魔除けの意味もあるんですよね。鯉のぼりのようかもしれませんけど、荒れた風が吹くと龍のようにも見える。ヨットに乗っていた時も風を探したり、感じたりしていましたけど、目に見えない風が生む神様のような存在として『風の子』をつくりました」

20240819_海織り_MSKF5926 - コピー.jpg
『海風展』会場より『海織り』 千葉県立美術館 2024年

「古代日本語で海のことをワタ、風のことをシで、つなげるとワタシになる。そして『そらあみ』や『風の子』をボランティアサポーターや小学生と一緒に制作するように、あなた一人一人の手でつくり、みんなで風景をつくり変えていくのが僕のプロジェクトです。展覧会「海風」はワタシであり、あなたの展覧会でもある。そういう意味を込めて『海風展』と名付けました」---fadeinPager---

アートとはいつの時代でも「人間らしさへの問い」であり続ける 

12.jpg
TURN in BRAZIL【糸=人】 パソ インペリアル(ブラジル) 2016年

「美術はこの時代、多様な人々をつなげるものとしてある」とする五十嵐。最後にこれから取り組みたいプロジェクトやアートの未来について語ってもらった。

「自閉症のある方などと天然の染料を用いた染めや織りに取り組んでいるクラフト工房LaManoの協力のもと、ブラジルで糸を玉にするワークショップをしたんです。ちょうどリオデジャネイロ2016オリンピック・パラリンピック競技大会の時で、サンパウロの福祉施設の子どもたちが参加しました。一つ一つの糸玉は少しずつ違っていて、その人らしさが形になって表れます。リオの展覧会場で最初10人くらいでやっていたら、50人、100人になり、すごい盛り上がって…ただ日本で同じようなことをした時はそうはなりませんでした」

「このブラジルの例や南極の時もそうですけど、ヨーロッパといった西洋中心のアートの構造があるフィールドへ、日本で行っているプロジェクトをそのままのスタイルで持って行きたいですね。そこで日本とは違う現象が起こる可能性があることに関心があります。『そらあみ』をイタリアでやったらどうなのかとか…同じ作品だけど、異なった反応や解釈が生まれるかもしれない」

13.jpg
『海風展』会場での五十嵐靖晃

「いわゆるアートピースに付加価値がついて売買されて、それが何百億円で売り出したという世界もアートのひとつのイメージとしてありますよね。ただそれは近代以降の話ではないかなと思うのです。つまり作品そのもの価値を追求していくアートの形もありますけど、元々はみんなで共有したり、生きる力を確認するための手段や何かがアートだったのだと。そして根本的にアートとはいつの時代でも人間らしさへの問いであり続けるはずです。これからも色々なプロジェクトを通して今の時代の人に生きていることの実感を感じてもらいながら、人と人とをつなげていきたいと考えています」

『令和6年度開館50周年記念特別展 PROJECT UMINOUE「五十嵐靖晃 海風」』

開催場所:千葉県立美術館(千葉県千葉市中央区中央港1-10-1)+千葉みなとエリア
開催期間:開催中〜2024年9月8日(日)
https://chiba-umikaze.com/