令和と昭和をドキュメンタリーでつなぐ。TBSの佐井大紀が挑む、膨大な放送アーカイブの発掘とサンプリング

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:おぐらりゅうじ
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TBSのドラマ制作部でプロデューサーを務めながら、ドキュメンタリー映画のつくり手として注目される佐井大紀。さらに、局内にアーカイブされている過去の映像作品を発掘するプロジェクト「TBSレトロスペクティブ映画祭」の企画・プロデュースまでこなす。

2024年5月開催の第1回「TBSレトロスペクティブ映画祭」で上映されたのは、寺山修司特集。1960年代に制作された5つの番組が、デジタルリマスターでスクリーンに蘇った。そこで同時上映されたのが、60年前の寺山修司にオマージュを捧げた、佐井大紀のデビュー作『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』(22年)と、2作目『カリスマ~国葬・拳銃・宗教~』(23年)だった。膨大なアーカイブを参照しながら、サンプリングの手法を駆使するのが彼の作風である。

そして、現在公開中の3作目が『方舟にのって〜イエスの方舟45年目の真実〜』。1980年代にカルト教団と言われ世間を騒がせた「イエスの方舟」の現在に密着したドキュメンタリーだ。本作も、TBS社内のアーカイブで見つけた、85年制作のビートたけし主演『イエスの方舟』という実録ドラマが企画の発端になっている。

「どうにか合間の時間を使って、ドキュメンタリー映画をつくったり、社内に埋もれている過去の名作を探していますが、仕事の9割はドラマプロデューサーですよ」と、本人は淡々と語るが、一体どのような経緯で、ここまで幅広い仕事を手掛けるようになったのか。

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学生時代、放課後はディスクユニオンと名画座通い 

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佐井大紀 ドラマプロデューサー/映画監督
1994年、神奈川県生まれ。2017年に TBS に入社し、ドラマ制作部に所属する。 ドラマプロデューサーと兼任で、映画祭 の企画・プロデュースのほか、ドキュメンタリー映画の監督も務める。

――学生時代は、どんなふうに過ごしていましたか。

中高一貫の男子校に通いながら、放課後はディスクユニオンに行って、ビートルズやオーティス・レディング、サム・クックといった、おもに1960年代の音楽を掘ってました。大学に入ってからは、レコード店に加えて、渋谷にあるシネマヴェーラにひたすら通って、ロマンポルノとかを観てましたね。あの頃、神代辰巳とか田中登の特集上映をよくやっていたんです。あとは、イメージフォーラムとかK's cinemaとか、いわゆるミニシアターによく通っていました。

――古いものが好きなのは、誰かに影響されて? 

きっかけとして母親の影響はあるかもしれません。母はショーケン(萩原健一)が好きで、神代辰巳が監督した『青春の蹉跌』と、もうひとつ『約束』という映画をすすめられて。大学時代、シネマヴェーラに行ったらちょうど神代辰巳特集をやっていて、『青春の蹉跌』の35mmフィルムのニュープリント上映を観ることができたんです。それでけっこうハマって、通っていくうちに、黒沢清レトロスペクティブで観た『蛇の道』とかも好きになり、いつの間にかどっぷり。2015年の話なので、教室では『ビリギャル』とかが流行っていた時代です。

――テレビ局で働くことを意識したのはいつ頃ですか。

大学が慶應の経済学部だったので、まわりは金融とかメーカーを受けていて、僕もそういった企業への就活はしました。音楽や映画は大好きでしたけど、そんな簡単に生業にできるとは思っていなかったので。ただ、テレビもリアルタイムでは観ていたので、興味はありました。

――どんな番組が好きだったのでしょう。 

堤幸彦監督の『TRICK』が好きでしたね。でも、サブカル的な深夜ドラマに限らず、フジテレビの『プロポーズ大作戦』とか、リアルタイムで放送していた王道のドラマも好きで観てました。そういったテレビのクリエイターの人たちに弟子入りするような気持ちで、テレビ局も受けてみようと。

――以前のインタビューでは、堤幸彦監督の弟子筋にあたる大根仁監督も好きだとおっしゃっていましたね。

『モテキ』や『湯けむりスナイパー』など、一連の深夜ドラマはリアルタイムで観ていて、ああいったサンプリング文化にはとても影響を受けました。それはゴダールでも大瀧詠一でも同じで、過去作から引用して再構築するクリエイターが好きなんです。これはいま自分がつくっているドキュメンタリーでも、如実に影響が出ていますね。

工業製品のようなテレビドラマが好き 

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ドラマプロデューサーとしては過去に『Get Ready!』(2023年)、『Eye Love You』(2024年)などを担当。

――ご自身でドキュメンタリー映画を監督しながらも、メインの仕事はあくまでテレビドラマのプロデューサーですか?

ドラマ班に所属しているので、仕事の9割はドラマのプロデューサー業務です。ドラマのテーマを決めたり、スタッフや演者をキャスティングしたり、あらゆる制作業に興味があるので、すごくやりがいを感じています。

ドラマの場合、毎週1時間のパッケージで、合計10時間を超える尺の作品をつくり上げるという性質上、基本的に演出家は、場合によっては脚本家も、分業制になります。予算やスケジュールの都合もあってそうなっているのですが、その工業製品のような側面がとても好きなんです。1950年代のリチャード・フライシャーとか、ロバート・アルドリッチがつくっていたような、プログラムピクチャー的な手触り。作家主義ではなく、シフト制だからこそ出せるスピードやクオリティは非常に魅力的です。

――テレビドラマのプロデューサーというと、直接的な映像制作とは別で、たとえば外部との政治的なやりとりなども重要になるのでは。

そういうイメージを持たれる方が多いのもわかりますが、実際に現場で働いているとあくまでも、お互いの信頼関係の中で仕事をしている、というだけで。 TBSでは局員もみんなADからの叩き上げなので、下積み時代からお世話になっている人たちとのつながりはとても重要です。クリエイティブが属人的でいいのか、という指摘もあるとは思いますが、現状の過酷な予算やスケジュールという課題を前にすると、個々人が築いた信頼関係というものは非常に重要です。

――一方、ドキュメンタリー作品を制作する時は、少人数体制で?

そうですね。ドラマは完全なる集団制作ですが、いまのところ僕がつくっているドキュメンタリーは、自主制作といってもいいくらいの小規模でやっています。もちろん、本当に個人で資金集めからやっている方と比べると、テレビ局から予算が出ていたり、地上波で宣伝ができたり、TBSの社内にある貴重かつ高額な映像アーカイブにアクセスできる、といった条件はだいぶ違いますけど、制作体制としては個人プレーに近い。ドキュメンタリーは編集も自分一人でやっているので、合議制と効率化のもとでつくられているドラマ制作とはまったく質感が違いますね。

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とにかくADの仕事が向いていなかった 

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TBS収蔵の貴重なドキュメンタリーフィルムをデジタル修復して劇場公開する「TBSレトロスペクティブ映画祭」。今年4月から東京・Morc阿佐ヶ谷ほか全国で開催された。

――ドラマプロデューサー業だけでも多忙な中、自分でドキュメンタリーをつくろうと思ったのは、どういった経緯で?

きっかけとしては、社内で事業の企画募集があり、そこに応募したことです。最初に僕が企画したのが、作家の燃え殻さんに書き下ろしていただいた『湯布院奇行』(2021年/出演:成田凌、黒木華、コムアイ)という朗読劇でした。

その後、TBS局員や系列局のディレクターによるドキュメンタリー作品を上映する「TBSドキュメンタリー映画祭 2022」の募集にも応募。初めてのドキュメンタリー作品『日の丸 ~寺山修司40年目の挑発~』を製作する機会を得ました。

今年からは過去にTBSで放送された名作ドキュメンタリー番組を発掘して、デジタルリマスター版として上映する「TBSレトロスペクティブ映画祭」を企画・プロデュースも行っています。

個人的な話をすると、とにかくADの仕事が向いてなかったんですよ。このままだと会社での自分の存在価値があまりに皆無なので、なんとか別の道を探した、というのもひとつの動機になっています。もしまっすぐドラマの道だけを歩んで優秀なプロデューサーになれる素質があれば、いまの感じにはなってないと思いますね。

――「TBSレトロスペクティブ映画祭」は、2024年5月に第1回が開催されました。

社内に「TBS DOCS」という、ドキュメンタリー映画を制作・配給するレーベルがあるのですが、「TBSレトロスペクティブ映画祭」はその一環で、TBSに残る膨大なアーカイブは文化的・経済的な価値があるということで、IPビジネスとしてTBSが取り組んでいるプロジェクトです。

そのうえで、第1回の寺山修司特集では、寺山が手掛けたドキュメンタリー番組5本に加え、それらの番組をサンプリングして再構築したドキュメンタリー映画2作も上映しました。

――その2本は、いずれも佐井さんが監督されていると。

はい。寺山修司の『日の丸』と『あなたは……』という、全編街頭インタビューだけで構成されている2本のドキュメンタリー番組があり、その手法をそのまま用いて、僕自身が街頭に立ってインタビューをしました。それを編集したのがデビュー作の『日の丸 ~寺山修司40年目の挑発~』と『カリスマ ~国葬・拳銃・宗教~』という2本の映画です。

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「TBSドキュメンタリー映画祭2022」で上映され、その後劇場公開もされた佐井のデビュー作『日の丸 ~寺山修司40年目の挑発~』。

テレビ黎明期の実験的手法はミニシアターと相性がいい 

――社内アーカイブからの発掘作業は何人体制でやられているのですか? 

フィルムの発掘や映像のリマスター作業などは、ほぼ3~4人で行っていて、セレクトや作品の解説はいまは一人でやっています。もう名画座の支配人みたいな仕事ですよ。

――学生時代の名画座通いが完全に結実しましたね。

とても意義のある仕事ですが、まだそこまで大きなプロジェクトにはなっていないので、これからですね。それに、僕はあくまでドラマの部署に所属しているので、こればかりをやっているわけにもいかず。

――テレビ局のアーカイブともなれば、ドキュメンタリーに限らず、ドラマや映画、歌番組など、芸能の歴史も膨大に残っていますよね。

そうなんですよ。なのでこの先は、TBSの演出家として活躍した実相寺昭雄の過去作の上映を考えていて、いまもリマスターなどの作業を進めています。

――過去の番組にスポットを当てることには、どういった意義を感じていますか?

1950年代にテレビ放送がはじまり、黎明期だった1960年代は、いま以上に「テレビメディアとはなにか?」ということを考える時代でした。なので、手法がとにかく実験的なんです。当時の時代背景や風俗を映している、ということの価値はもちろんありますが、手法の実験性がミニシアターと非常に相性がいいんです。学生時代、イメージフォーラムでひたすら50年以上前に制作された実験映像を観続けてきた僕が言うので、間違いありません(笑)

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1980年代に世間を騒がせた、「イエスの方舟」の現在に迫る新作

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当時の報道で流れた映像も使用しながら、新たに取材した映像と組み合わせ1本のドキュメンタリー作品に仕上げた。『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』7月6日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開©️TBS

――最新の監督作『方舟にのって イエスの方舟45年目の真実』についても聞かせてください。

これもTBSのアーカイブを掘っていく中で見つけた、1985年放送のビートたけし主演『イエスの方舟 ~イエスと呼ばれた男と19人の女たち~』という実録ドラマが発端になっています。このドラマは、1970年代後半から1980年代にかけて、千石イエスを名乗る人物のもとで、20人ほどのメンバーたちが集団生活をしていた「イエスの方舟」という、実在の集団をテーマにした作品です。

その集団の中には若い女性も多く、メンバーの家族が警察に捜索願を出したりしたことで、大きな事件にまで発展し、マスコミも大々的に報道しました。そして、事件から43年が経ち、千石イエスが亡くなった現在も、「イエスの方舟」は継続的に活動していて、福岡に拠点があります。その拠点に取材をしたのが『方舟にのって』という映画です。 

――もとは深夜に放送されたドキュメンタリー番組だったんですよね。 

そうです。日曜の深夜に放送される「ドキュメンタリー解放区」という枠で、1時間のドキュメンタリー番組でした。おかげさまで反響もあり、正味45分の尺では描ききれなかった部分も多かったので、映画にしようと。

――「描ききれなかった部分」というのは?

「イエスの方舟」という存在はとても多層的で、宗教的な側面もあれば、集団生活を送る女性たちのシスターフッドという捉え方、あるいは、社会における避難所としてのコミューンという社会学的な見方もできる。そして、当時「イエスの方舟」をカルト扱いして執拗に追いかけ、誤った報道もたくさんしたメディアの罪、という問題も孕んでいます。

――完成した映画について、取材に応じた女性たちの反応はどうでしたか。 

これまでも個々人がインタビューなどの取材は受けてはいるのですが、信仰の側面の根幹である「集会」を撮影したのは今回が初めてでした。

メンバーの方たちには劇場で観ていただいたのですが、客観的な距離で撮ってくれたのがよかった、と言っていただきました。この“客観性”というのが彼女たちにとってはすごく大事で、もはやプロパガンダをするつもりもないし、社会とは距離をおいて、自立した生活を続けていることの示唆だなと。 

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現在の「イエスの方舟」の集会に密着した映像。『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』7月6日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開©️TBS

業界人にだけ評価されるドラマは、成功と言えるのか 

――ドキュメンタリーとドラマをかけあわせて、実録ドラマをつくるといった選択肢は?

やりたい気持ちはありますけど、なかなか一筋縄ではいかないですね。たとえば、世界的名作と言われている『タイタニック』も、見方によっては実録ドラマと言えると思いますが、あの作品をテレビドラマでやるとなった場合、お金持ちだけが助かり、貧しい人は亡くなるという格差問題を解決できていない、といった批判がくると思うんです。その問題を解決しないまま、いまの時代に恋愛ドラマだけで描くことは、不可能でしょう。もちろん、ジェームズ・キャメロン監督は、あの映画に明確な格差社会への批判的意図を込めていたと思いますが、映画の本筋にはなっていないので。 

――プロデューサーの立場として、テレビドラマにはどんなことを期待していますか。 

今回の都知事選でも明らかになりましたが、「大衆というのは極めて保守的である」という視点に立って、テレビドラマはつくられるものだと、個人的には感じています。だからこそ生まれる価値、伝えられるメッセージもある。これは仕事としてミニシアターと関わったことで、より強く感じるようになりましたね。

――不特定多数に向けて放送されるテレビと、ミニシアターでは役割が違う、と。

一部、作家性が強かったり、社会的なテーマを前面に押し出したテレビドラマもありますが、正直、多くの人には受け入れられていない。業界人や批評家筋にだけ評判がいいドラマは、果たして成功したと言えるのか。今回の都知事選の構造にも似ていて、サイレントマジョリティーの大衆を置いてけぼりにしてしまった。

テレビドラマという、プログラムピクチャー的なつくりで、不特定多数の人たちに届けるためには、やっぱり映画や配信ドラマと同じテーマやつくりではダメだと思うんです。深夜ドラマなどの例外はあるとしても。 

そして、これは自分が深くミニシアターと関わっているからこそ言えますが、もし作家性の強い芸術的な作品を届けたければ、いつでもミニシアターで待っています、という気持ちです。その代わり、テレビドラマにはテレビドラマでしか描けないものがあるのだから、そこはちゃんと逃げずに、まっとうなテレビドラマで勝負してほしい。自分もそういったテレビドラマをつくっていきたいと思っています。

映画『方舟にのって 〜イエスの方舟44年目の真実〜』

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かつてカルト教団としてマスコミからバッシングを受けた謎の集団「イエスの方舟」。TBSに残されていた当時の貴重なフィルムと新たな取材を通して真実に迫るドキュメンタリー。ポレポレ東中野ほか全国順次公開。9月14日(土)に大阪・第七藝術劇場、名古屋・シネマスコーレにて佐井大紀監督のトーク付き上映実施。©️TBS

映画『日の丸 〜寺山修司40年目の挑発〜』

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寺山修司が構成を手掛け1967年に放送にされた、全編街頭インタビューのみという伝説の番組『日の丸』をサンプリングしたドキュメンタリー映画。Amazonプライムにて配信中。