カフカの“つぶやき”に学ぶ、正しい絶望の流儀とは?【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】『カフカ断片集』

  • 文:瀧 晴巳(フリーライター)
Share:

【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『カフカ断片集 海辺の貝殻のようにうつろで、ひと足でふみつぶされそうだ』

01.jpg
フランツ・カフカ 著 頭木弘樹 訳 新潮社 ¥693

カフカと言えば、まず思い浮かぶのは『変身』だろう。ある朝、巨大な毒虫に変わってしまう男の話だ。『城』は城にたどり着けない話だし、『審判』はいきなり逮捕される話である。一行目から理不尽な状況に放り込まれる。理由はない。そんなカフカの小説未満のつぶやきを集めたのが『カフカ断片集』だ。

「だれかがつくった贋の風景のなかで生きている。照明が明るくなれば朝で、すぐに暗くなればもう夜。単純なごまかしだ。しかし、舞台にいるあいだは、従わなければならない」

没後100年のいま、孤独な男のため息のようなつぶやきがやけにリアルに響く。

カフカは1883年にチェコのプラハに生まれた。父親は商売熱心な男でカフカとは生涯そりが合わず、結婚に反対された際には「お前のせいで自分はダメ人間になった」と長文の手紙をしたためている。文学だけで食べていけるとは思えず、保険会社に就職。最初の恋人フェリーチェには500通も手紙を書きながら2回婚約して2回とも自分から婚約を破棄している。生涯独身。一人暮らしを始めたのは31歳の時。熱心なベジタリアンだったが、40歳で結核で死んだ。小説が認められたのは死後のことで「自分が死んだら原稿は全部燃やしてくれ」と言っていた。

「わたしはいつでも道に迷う。森の中だが、ちゃんと道があるうっそうとした暗い森だが、道の上にはわずかな空も見える。それでもわたしは、果てしなく、絶望的に、道に迷う。しかもわたしは、一歩、道から外れると、たちまち千歩も森に入りこんでしまう。よるべなくひとりだ。このまま倒れて、ずっと倒れたままでいたい……」

後ろ向きでいい。自己肯定感なんて知ったことか。絶望した時にだけ見える本当があることを、カフカは教えてくれる。

※この記事はPen 2024年9月号より再編集した記事です。