ピナ・バウシュ版『春の祭典』が18年ぶりに日本で上演! アフリカ13カ国から選ばれたダンサーたちが踊る国際プロジェクト

  • 文:岡見さえ
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「人がどう動くのかではなく、なにが人を動かすのか」に関心を抱き、ドイツの表現主義的なモダンダンスから発展した「タンツテアター」(ダンスシアター/舞踊劇)を独特な形式へと昇華させたピナ・バウシュ。その後の舞台芸術の風景を変えたとも言われるコンテンポラリーダンスの巨星が亡くなってから15年。彼女の代表作のひとつである『春の祭典』が、18年ぶりに日本で上演される。共立女子大学准教授で舞踊評論家の岡見さえが解説する。

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ピナ・バウシュ版『春の祭典』の振付・演出をそのままに、アフリカ13カ国から選ばれた精鋭ダンサーたちが新たな息吹を吹き込む。 photo: Maarten Vanden Abeele ©Pina Bausch Foundation

ダンスの歴史を語るとき、『春の祭典』は避けて通れない名作だ。伝説の始まりは1913年のパリ。ロシアの美術やオペラをヨーロッパに紹介していたセルゲイ・ディアギレフがプロデュースしたバレエ・リュスは、高い技術を持つロシア人ダンサーを揃えて斬新な新作バレエを上演し、1909年の初公演以来アートやモードの世界にセンセーションを巻き起こした。

その看板ダンサーのヴァツラフ・ニジンスキーの2作目の振付作品が、『春の祭典』だった。1913年5月29日、シャンゼリゼ劇場の幕が開くと人々は唖然とした。バレエは春の訪れに乙女を生贄として神に捧げる古代ロシアの風習をテーマとし、不協和音を用いたストラヴィンスキーの曲は暴力的ですらあり、民俗衣装を着たダンサーはトゥシューズを履かず、苦悩を伝えるかのように床を踏み鳴らし、身体を歪めて跳躍し、重々しく激しい振付を踊る。客席には怒号が飛び交い、会場を去る者、言い争う者で大混乱となった。新聞は『春の祭典(Sacre de Printemps サクル・ド・プランタン)』をもじった『春の虐殺(Massacre de Printemps マサクル・ド・プランタン)』という見出しで、このスキャンダラスな初演を報じた。

『春の祭典』は、軽やかに優美な幻想を舞うバレエのイメージを根底から覆し、ジャンルそのものを問い直すラディカルな問題作だった。その後ニジンスキー版『春の祭典』の上演は途絶えたが、1959年にフランスの振付家モーリス・ベジャールがこのストラヴィンスキーの曲に新たに振り付け、その成功によって世界的振付家となった。

ピナ・バウシュ「春の祭典」_舞台写真1〈メインカット〉Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation_s.jpg
photo: Maarten Vanden Abeele ©Pina Bausch Foundation

ピナ・バウシュの『春の祭典』は、1975年に初演された。ドイツ出身のバウシュはバレエとモダンダンスを学び、1973年に33歳の若さでドイツのヴッパタール舞踊団の芸術監督となるとダンサーとの対話から作り上げるタンツ・テアターの名作を次々と世に送り、2009年に没するまでダンス界の先端を走り続けた。

『春の祭典』はバウシュの初期の代表作であり、ストラヴィンスキーの全曲に振り付けられている。バウシュはオリジナル版を整理し、共同体の繁栄のために一人を犠牲にしなければならない人々の葛藤、生贄に選ばれた乙女の苦悩に焦点を当てた。装飾を排除し、舞台には本物の土を敷き、男女35人のダンサーが生贄のしるしの紅いドレスをめぐって怯え、争い、走り、踊る。ソロと群舞がダイナミックに交錯し、ダンスは緊迫感とスピード感に満ちて、どんな台詞よりも雄弁に彼らの心の動きを伝える。バウシュ版『春の祭典』はバレエ界からも高く評価され、パリ・オペラ座バレエ団はじめ多くの有名バレエ団のレパートリーとなっている。

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photo: Maarten Vanden Abeele ©Pina Bausch Foundation

今回は、このバウシュ版『春の祭典』の日本での18年ぶり、このキャストでの初演となる。ドイツ、セネガル、イギリスの国際プロジェクトとしてアフリカ13カ国から選ばれた若いダンサーたちがバウシュの生前にこの作品を踊ったダンサーに学び、『春の祭典』の上演史に新たな1ページを加えた話題作だ。

加えて、バウシュ振付『PHILIPS 836 887 DSY』も日本初演される。1971年にバウシュがピエール・アンリの電子音楽を使って振り付け自演したソロで、上演は世界的にも希少だ。そしてジェルメーヌ・アコニー振付『オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ』(2023)の日本初演も見逃せない。

セネガル系フランス人のダンサー/振付家のアコニーは、近年注目を集めるアフリカのコンテンポラリーダンスのキーパーソンであり、今回の『春の祭典』プロジェクトの一翼を担ったセネガルの伝統・現代舞踊の教育センター「エコール・デ・サーブル」を1995年から運営している。これまで日本で紹介されることの稀だったアコニーの振付と踊り(本人が出演する)にも期待が高まる。

三作品を通して、ピナ・バウシュの初期の仕事とアフリカのダンスの今を展望できる、絶好のプログラムだ。



文:岡見さえ
舞踊評論家、共立女子大学文芸学部准教授
トゥールーズ・ミライユ(現ジャン・ジョレス)大学および上智大学にて博士号(文学)。2003年より『ダンスマガジン』(新書館)、産経新聞、朝日新聞、読売新聞などに舞踊公演評を執筆。17年より横浜ダンスコレクション コンペティションⅠの審査員を務める。

ピナ・バウシュ「春の祭典」 / 「PHILIPS 836 887 DSY」
ジェルメーヌ・アコニー「オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ」来日公演

公演日:9月11日〜15日
会場:東京国際フォーラム
TEL:03-3477-5858
https://stage.parco.jp/program/pinabausch2024/