国内外での数々の新種発見や新たな学説の発表を通じて、世界的にも注目を浴びるのが、北海道大学教授の小林快次だ。そんな恐竜界のトップランナーが見つめる、研究の最前線とは。
Pen最新号は『恐竜、再発見』。子どもの頃に図鑑や映画を通して、恐竜に夢中になった人も多いだろう。本特集では、古生物学のトップランナーたちに話を訊くとともに、カナダの世界最高峰の恐竜博物館への取材も敢行。大人になったいまだからこそ、気付くことや見える景色もある。さあ再び、驚きに満ちた、恐竜の世界の扉を開けてみよう。
『恐竜、再発見』
Pen 2024年9月号 ¥880(税込)
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日本初の全身骨格、“むかわ竜”発見の功績
巨大な手を持つ謎の恐竜であったデイノケイルスの全身骨格の解明や、日本初の植物食恐竜の全身骨格となったカムイサウルスの発掘など、恐竜界の定説をゆるがす大発見を連発してきた研究者がここ日本にいる。その名は、小林快次。世界的な古生物学者フィリップ・J・カリーをはじめ、国内外の研究者との親交も深く、数々の共同研究を行っている人物でもある。
小林が世界的に注目される理由のひとつは、化石発見数の多さだ。現在、1年間のうち3分の1はアラスカやモンゴルのゴビ砂漠、カナダなど海外の僻地に滞在し、新たな化石の発掘を続けている。その卓越した観察眼の鋭さ故、業界では「ファルコン(はやぶさ)」の名で呼ばれることも。名実ともに世界をリードする小林に、恐竜研究の最前線について語ってもらった。
いま注目されるテーマは、絶滅した生物たちの“復活”
従来の恐竜研究といえば、恐竜化石が数多く見つかる地として知られる北米や中国などがリードするイメージが強かった。だが近年、この傾向は変わってきていると小林は語る。
「僕自身もそうでしたが、ひと昔前であれば恐竜について学びたい研究者は、最先端の知識を求めて日本を飛び出し、アメリカやカナダなどへ留学するのが一般的でした。でも、いまの日本においては世界に後れを取るどころか、むしろ世界をリードするような画期的な研究内容が増えています」
その理由として、まず小林が挙げるのは、恐竜研究者の増加だ。
「近年、恐竜に関わる研究者の数は、絶対的に増えています。その要因ではないかと個人的に思うのが、1993年に公開された映画『ジュラシック・パーク』の影響ですね。あの作品に影響を受けて、恐竜研究に関心を持つ人が大幅に増えたように思います。また、作品を通じて、恐竜が多くの人にとって身近なものになったことで、恐竜好きと呼ばれる一般層も増えました。そのおかげで、注目度も上がり、業界自体が活性化していると感じます」
そして、もうひとつの要因としてあるのが、他分野との共同研究だという。
「AIやビッグデータの活用をはじめ、他分野の学問を交えた研究が増えたことで、多様な切り口が生まれ、日本でも最前線の研究ができるようになりました。同時に、日本の研究者間はネットワークが強いのか、恐竜以外の学問の専門家たちが随時『この技術を恐竜研究に応用したらどう?』といったユニークな提案をくれることも、理由のひとつです。これらの事情を踏まえると、僕自身は『いま世界でいちばん面白い恐竜研究をしているのは日本ではないだろうか』とすら感じますね」
数々の画期的な研究テーマが盛り上がりを見せる中、研究手法についても変化が生まれつつあるという。
「従来の恐竜研究の難しさは、研究の題材が『骨』しかなかったことです。現在生きている動物ならば動物園に行けば観察できますが、絶滅動物である恐竜の場合、骨を研究するしかなかった。でも、近年は科学技術の進化や切り口も多様化し、より恐竜の真の姿に迫る研究が進められています。その中で、僕が注目するキーワードは、恐竜の“復活”です。恐竜の羽毛や色、行動など外見の特徴をリアルに描けるようになったという間接的な“復活”から、実際に体の一部の再生を目指す直接的な“復活”に関する研究まで、ユニークなものが続々登場しているので、これからが楽しみですね」
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恐竜の音声や皮膚までも、近い将来再現できるように
それまではどこか遠い存在だった恐竜が、よりリアルな生き物として“復活”を遂げつつある。それに伴い、恐竜研究の重要性も大きく変わった。
「僕より上の世代の生物学研究者間では、言葉を選ばずに言えば、恐竜は『環境適応できなかった、愚かな生き物』との見方も強かった。加えて、恐竜は怪獣と同じ想像上の生物として一緒くたにも扱われていました。しかし、研究が進み、90年代以降は、鳥は恐竜が進化した生物だと判明し、その進化に関心が集まりました。そして現在、恐竜は爬虫類が鳥へ進化する過程において、重要な情報をもたらす生命体だとわかってきた。従来は『恐竜研究なんて子どものもの』との印象が強かったのですが、いまや恐竜は生命体の進化の道筋を教えてくれる存在です。結果、恐竜研究への注目度が大きく変わったし、大人でも恐竜に関心を持つ人が増えたと感じていますね」
かつて「怪獣と同じようなもの」と思われていた恐竜が、実は進化の謎を解く重要なミッシング・リンクだと判明した。その事実は、研究自体にも大きな進展を生みだしている。
「恐竜の生き残りである鳥を除くと、現代の動物の中で恐竜にいちばん近い脊椎動物はワニです。ワニと鳥の間にいる生物が恐竜だったとすれば、ワニをはじめとする爬虫類と鳥の標本と恐竜の標本を比較することで、恐竜の謎が解き明かされることもあります」
それを象徴するのが、肉食恐竜の歯に関して。以前は、ティラノサウルスなどの肉食恐竜は、ワニのように常に歯がむき出しだと考えられていたが、現在は、恐竜が口を閉じた時には歯は唇に覆われていたとの説が発表された。
「これも、現在の爬虫類の歯と恐竜の歯を比較した結果です。仮に肉食恐竜の歯が常にむき出しだった場合は、歯が乾燥して劣化が早くなるはずですが、化石を見ると、歯にダメージが見えない。そこで、検証が行われた末、いまでは『恐竜の歯は唇などの粘膜に保護されていたはずだ』との説が唱えられました。このように爬虫類や鳥との比較によって、より正しい恐竜像が解明され始めています」
多角的な研究が行われる現在、その最前線にいる小林が、新たに関心を寄せている研究とはどんなものなのか。
「どちらも先に挙げた“復活”に関わってきますが、ひとつは、恐竜の声についての研究です。これまで恐竜の喉の骨は見つかっておらず、その発声の有無は謎でした。しかし、モンゴルで発見されたピナコサウルスの骨を分析したら、世界で初めて恐竜の喉の化石が見つかった。その喉の化石を分析すると、現代の鳥が持つ喉の骨に似通ったものが多くあったのではないかと考えられました。つまり、ピナコサウルスが、鳥のように、音声を発し、なおかつ音を使った複雑なコミュニケーションを取っていた可能性があるのです」
もうひとつ、小林が注目する研究が、恐竜のタンパク質の再生について。
「現在、北海道大学が岡山理科大学と共同研究しているのが、恐竜のタンパク質を取り出す試みです。かつてアメリカのノースカロライナ大学などでも行われた研究ですが、未だ成功はしていません。もし、タンパク質をつくり出し、アミノ酸配列がわかるようになれば、コラーゲンも再生できる。仮に成功すれば、将来、恐竜の皮膚や肉を再生できるという夢もあります」
まさに『ジュラシック・パーク』の世界を地で行くような研究を行う小林に、最後、自身が続ける恐竜研究の先に考えていることを訊いた。
「僕の根源的な興味は、恐竜の進化についてです。恐竜って、実は地球上で最も空間を支配した動物なんですよ。ポイントは3つあって、ひとつ目は巨大化。現在の僕らが認識できる陸上最大の生物はゾウですが、恐竜はその10倍近くの大きさを維持していました。ふたつ目のポイントは、かたちの多様性。角や装甲、翼など、ここまで多彩な身体的特徴を持つ生物は類を見ません。3つ目は重力を無視し、空を飛べたこと。この3つは、従来の生物の枠を超えた大きな進化でした。生命が持つ多様性の極限に挑戦した恐竜について知ることは、現在の生命体の可能性を知る手段だと感じています」
かつての大量絶滅から見える、人類への重要なメッセージ
さらに、恐竜研究を続けることは、今後の人類の未来にも関わってくるのだと小林は続ける。
「2020年の世界自然保護基金(WWF)の発表によれば、過去50年で地球上の野生動物の3分の2がいなくなったとのデータがあります。この絶滅のペースは、地球上6回目の大量絶滅と言っても過言ではない。近い将来、人類は間違いなく絶滅するでしょう。しかし、恐竜と人間が大きく違うのは、自ら考え、学んだ知識を伝え合うことができる点です。かつて絶滅を経験した恐竜の研究から学んだ知識が、我々人間の延命行為にもつながるのではないか。その想いを持ちながら、僕はいまも研究を続けています」
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小林教授の最新研究:世界初の恐竜の喉化石から、鳴き声がわかる?
現在、小林が注目している研究のひとつが、恐竜の発声のメカニズムについて。この研究は福島県立博物館の吉田純輝学芸員を中心に、同博物館と北海道大学とアメリカ自然史博物館のチームによって共同研究が発表された。
これまで、呼吸や音声に関わる恐竜化石は発見されていなかったため、恐竜の声については謎だった。しかし、2005年に産出された鎧竜類のピナコサウルスの化石から、喉頭という気管の入り口になる器官を発見。この器官を、鳥類の喉頭と比較した結果、多くの共通点が見つかったことから、恐竜も鳥類のような発声を行っていた可能性が示唆されている。
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