恐竜絶滅の原因は、いまや隕石衝突説が確定的だ。さらに隕石衝突の角度や位置による影響までシミュレーションされている。そこから紐解かれるのは、恐竜たちの絶滅には不運の重なりがあったことだ。
Pen最新号は『恐竜、再発見』。子どもの頃に図鑑や映画を通して、恐竜に夢中になった人も多いだろう。本特集では、古生物学のトップランナーたちに話を訊くとともに、カナダの世界最高峰の恐竜博物館への取材も敢行。大人になったいまだからこそ、気付くことや見える景色もある。さあ再び、驚きに満ちた、恐竜の世界の扉を開けてみよう。
『恐竜、再発見』
Pen 2024年9月号 ¥880(税込)
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なぜ隕石衝突で絶滅したのか? 最新研究でわかる衝撃の事実
いまから6600万年前の中生代白亜紀末。恐竜類などが姿を消す大量絶滅事件が勃発した。この大絶滅の引き金は、メキシコのユカタン半島に落ちたひとつの巨大隕石だったとみられている。その隕石の大きさは、実に直径約10㎞。現代の東京における山手線の池袋駅から田町駅までの直線距離にほぼ相当する。もしくは、富士山3個分の高さに相当する、と言い換えてもいいかもしれない。この衝突によって地殻表層が剥ぎ取られ、直径180㎞に達する巨大なクレーターが出来上がった。
剥ぎ取られ、粉砕された地殻表層は、大気中に舞い上がった。細かな粒子は長い期間にわたって大気中にとどまり、太陽光を遮ることになる。その結果、日射量が減って気候が寒冷化し、植物が育たなくなった。植物を食べていた動物が減り、植物食動物を食べていた肉食動物も減っていく。絶滅の連鎖が起こり、大量絶滅へとつながっていく。これがいわゆる「隕石衝突説(小惑星衝突説)」の概要である。
かつて、隕石衝突説以外にも、大規模火山噴火説や病原菌説など諸説があった。しかし、発見された諸々の証拠は隕石衝突説を支持している。ひとつの証拠に基づいた仮説は存在するが、すべての証拠を説明できる仮説は隕石衝突説しかない。2010年、フリードリヒ・アレクサンダー大学のペーター・シュルツを中心とした41名もの研究者によって、「隕石衝突を大量絶滅の引き金と結論する」という論文が発表された。この論文によって、「恐竜絶滅のトリガーは、隕石衝突説で決まり」と大勢は決したといえるだろう。
いま、学界の最前線は「大量絶滅の引き金はなにか」よりも、隕石衝突を前提とした「物語の細部の解明」に移行している。たとえば、16年に東北大学名誉教授の海保邦夫たちは、隕石衝突によって大量のすすが発生し、大気中にばら撒かれていたことを指摘した。海保たちの研究によると、そのすすが太陽光を遮り、特に高緯度地域の気温が下がったという。一方、低緯度地域では、乾燥化が進んだとされ、緯度によって異なる環境変化があったことが示された。
17年、海保と気象庁の主任研究官である大島長は、地球環境を変化させるほどの量のすすの材料となる有機物が堆積している場所は、地球表層面積のわずか13%にすぎないことを指摘している。落下場所が少しずれれば、絶滅のトリガーは引かれなかった可能性が出てきたのだ。恐竜たちにとっては、きわめて不運な事件ということだったのかもしれない。
22年、インペリアル・カレッジ・ロンドンのジョアンナ・V・モルガンたちは隕石衝突に伴う環境や古生物の変化について、多くの研究をまとめた論文を発表している。この論文の中では、複数のコンピューターシミュレーションによって、衝突後の最初の1〜3年間に、急激に地球気温が低下することが示された。すすを原因としたシミュレーションでは、衝突前よりも20℉以上も低下した可能性があるという。ただし、その後、気温は緩やかに回復し、衝突から10年後には衝突前と比べて10℃未満にまで暖かくなったという。極寒の期間は、もしかしたら意外と短かったのかもしれない。そんな短期間の気候変化でも恐竜たちは絶滅に追いやられた可能性が出てきた。
隕石衝突の角度も検証されている。20年にインペリアル・カレッジ・ロンドンのG・S・コリンズたちが発表したシミュレーションによると、水平面に対して、45〜60度の角度で衝突したという。他にも、地域ごとの植生の変化、酸性雨の影響など、さまざまなことがわかってきている。
一方、まだ謎も多い。絶滅直前、恐竜たちの多様性は増加傾向にあったのか、それとも、衰退傾向にあったのか? 隕石衝突は衰退する恐竜にとっての“ダメ押し”だったのか? 翼竜類についてはどうなのか? アンモナイト類が姿を消した理由はなにか? 恐竜類の中で、鳥類だけが生き残った理由はなにか? 哺乳類が命脈を残し得た理由は? 絶滅と生存を分けた分水嶺はなんだったのか? 日夜、多くの研究者による挑戦が続いている。
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隕石が落ちれば、すすが大量発生する地点
白亜紀末の大陸配置と、有機物の大量堆積場所を示した地図。海保・大島の研究によると、オレンジ色の領域に、すすの材料となる有機物が埋蔵されていたという。これらの領域に小惑星(隕石)が落ちれば、大量絶滅事件が勃発するほどのすすの発生につながるとのことだ。隕石の落下地点がこの領域から少しでもずれていれば、有機物の埋蔵量が少なく、舞い散るすすも少なかったはずだという。
ユカタン半島とその沖合にいまも残る、クレーター
白亜紀末に隕石が衝突した場所と、つくられたクレーター(の外周)。クレーターの外周は、スペースシャトルからのレーダー測量で明らかにされたもので、クレーターのおよそ南半分が地表の地形として現在にまで残っていることがわかっている。ユカタン半島のクレーターの発見は、隕石衝突の協力な証拠となった。ちなみに、同サイズのクレーターが東京駅を中心として残るほどの隕石衝突があった場合、関東南半部は一瞬で壊滅することになる。
地殻表層が激しく波打つ、魔の衝突角度
隕石の衝突角度に関するG・S・コリンズたちが2020年に発表したシミュレーション。45〜60度の角度で衝突した時の地層表層の変化を表したもの。上段から、衝突時、その20秒後、3分後(180秒後)、5分後(300秒後)を表している。地殻表層が波打つように変化していることがわかる。この変化によって大津波が発生したこともわかっている。
隕石衝突後、気温低下の著しかった約10年間
隕石衝突後、どのように気温が変化していったのかを示したグラフ。隕石衝突直前の気温を0℃としている。こうした年単位の気温変化は、コンピューターシミュレーション技術の発展によって見えてきたものだ。グラフは、すすとちりのそれぞれを気温低下の原因とした複数の研究成果をまとめた、モルガンたちの2022年の論文を参考に、編集部で作成したもの。
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