めくるめく極彩色の世界、現代に通じる“集団”と“個”のズレーーあらゆる意味で必見の映画、『劇場版モノノ怪 唐傘』

  • 文:Pen編集部
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7月26日に公開が始まった映画『劇場版モノノ怪 唐傘』。2007年にフジテレビのアニメ枠「ノイタミナ」で放送され人気を博したアニメーション作品が、17年を経て劇場版として新生。『モノノ怪』はもともと、2006年の「ノイタミナ」で放送された『怪〜ayakashi〜』の中の一遍「化猫」に登場する薬売りをスピンオフさせたもの。妖しげな雰囲気をたたえる薬売りがモノノ怪を祓っていくストーリーだが、そのミステリアスなキャラクター性、美しいビジュアル、奇抜な衣装など、独特の世界観で視聴者を魅了してきた。2020年、「ノイタミナ」の人気投票でも一位を獲得するなど、熱烈なファンを持つ作品だ。今回は大奥を舞台とし、女たちの情念から生まれたモノノ怪「唐傘」を祓うため、薬売りが立ち回る。

ロゴのみ【CMYK】『劇場版モノノ怪 唐傘』本ポスター.jpg

放送から15年以上愛され続け、中村健治監督のもと、完全オリジナルの劇場版として新生。数カ月の試行錯誤を経て刷新された、薬売りのデザインに注目したい。

この作品の魅力は、なんといってもビジュアルの迫力、美しさである。まるで絵巻物のように平面をベースとする画面は、幾何学的に、ときに立体感を持って眼前に迫ってくる。繊細でありながら大胆な美術は、CGと和紙のテクスチャーを組み合わせた技法で、総カット数は90分に対し、なんと2600! 大奥の空間を3DCGで立体的に作り上げたら、絵巻物に見えるように平面的に変換処理をするなど、3Dの技術を効果的に取り入れている。気の遠くなるような作業工程を経た映像美は、圧倒的な色の洪水で私たちを攫い、その世界へと引き込んでしまうのだ。

今回の劇場版では、全体のキャラクターデザインを一新。手掛けたのは気鋭の漫画家・永田狐子。薬売りは衣装を黒ベースに、よりシャープでスタイリッシュに進化させている。今回の舞台は「大奥」、百花繚乱の女中たちの中で異彩を放つとも言えるだろう。

ここで展開する大奥は、一般的な「将軍の世継ぎを産むための女の園」というところとは少し異なり、史実に基づきながらも独自のエッセンスを注ぎ込んでいる。天子の世継ぎをつくるため全国から集まってきた女たちが生きる場所……ではあるのだが、公文書の作成や行事を取り仕切るなど、いわゆる政治=まつりごとの一組織である官僚機構としての一面も描かれる。

サブ②.jpg絢爛な大奥。御年寄を前に、ずらり平伏す女中たち。
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大奥を束ねる最高権力者、御年寄・歌山。

大奥は2000人規模の巨大な組織。最高職である御年寄を筆頭に、世継ぎを産むための精鋭集団・御中臈、公文書作成を請け負う御祐筆など、さまざまな役職や階級が登場する。御年寄を頂点とし、それぞれの思惑が蠢く集団社会は、現代にも通じると言えるだろう。

 

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ここから大奥の世界へ。
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「水」は本作品のキーワード。

本作の主人公は女中ふたり。新人女中のアサとカメの大奥入りから物語はスタート。その頃の大奥では御祐筆の女中が失踪し、安産祈願の行事「餅曳き」が延期中。政府は責任者の御年寄・歌山を監視するべくお目付役を大奥へ潜入させているーーという、どこか不穏な空気が漂っている。そこにモノノ怪の気配を感じ取った薬売りが現れ、物語が展開していく。

今回の物語の核は、アサとカメを中心とする人間模様だ。頭がよく要領もいいアサはすぐに頭角を表し、歌山から後継にと期待を受ける。いっぽうカメは、おおらかさが魅力だが、先輩の怒りを買ってしまうなど、要領が悪い。出世という意味ではふたりの間に差が開いてゆくが、それぞれのよいところに惹かれ合い、絆が芽生えていく。

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立ち回りの器用なアサは、御祐筆を目指している。
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裏表のない天真爛漫なカメ。

大奥へ入るとまず、「御水様」という絶対信仰に対して「自分の大切なもの」を捧げるという儀式を行わなければならない。女中たちはみな、集団の中で生きるために”個”を捨て、周りに染まっている。そんな中、ふたりは歪さや違和感を感じながら日々を過ごすが、女中たちの中には次第に精神を病んでしまう者もいる。こういった集団の生み出す病は、現代に通じる普遍的なテーマでもある。アサとカメというふたりの女中が集団の世界でどのように「個」を生かしていくのかも、物語の見どころのひとつだ。

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集団に染まった女中たちには”個”の顔がない。

日々蓄積されていく女たちの情念がモノノ怪を産む。そもそも唐傘はどこから生まれたのか? 

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事件の鍵を握る人形。
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水の波紋は心を表す。 
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気付かぬうちに捨ててしまった”心”。歪んでいく情念から唐傘は生まれる。
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唐傘へ立ち向かう薬売り。

 女たちの情念から生まれたモノノ怪・唐傘へ、薬売りはどのように立ち向かうのか。 アクロバティックなアクションシーンも盛り込まれ、見応えは十分。さらに、アイナ・ジ・エンドが歌う主題歌は、素晴らしく本作にぴったりだ。

圧倒的な映像美、魅力的な個々のキャラクター、“集団と個のズレ”という現代に通じるテーマ……そして、パワーアップした薬売りと、見どころ満載の本作。劇場のスクリーンでぜひ体感してほしい。

『劇場版モノノ怪 唐傘』

監督/中村健治
声の出演/薬売り:神谷浩史、アサ:黒沢ともよ、カメ:悠木碧、北川:花澤香菜、歌山:小山茉美、大友ボタン:戸松遥、時田フキ:日笠陽子、淡島:甲斐田裕子、麦谷:ゆかな、三郎丸:梶裕貴、平基:福山潤、坂下:細見大輔、天子:入野自由、溝呂木北斗:津田健次郎 2024年 日本映画 1時間29分 7月26日より全国公開中 配給/ツインエンジン、ギグリーボックス (c)ツインエンジン