スポーツカーの理想的なデザインとは? そう尋ねられたとき、思い浮かぶのが、英国のマクラーレンのプロダクト。洗練された美しさをまとっている。それでいて、ドライブは一級。1960年代の英国の軽量スポーツカーに通じる魅力が感じられる、と私は思っている。
2024年2月に発表された「アルトゥーラ・スパイダー」はよい例だ。デザインとは目立つためのものではないというマクラーレンの機能主義的なデザイン哲学を感じさせ、かつ、操縦性が高い。2024年7月に試乗して、いたく感心させられた。
2013年の「P1」以来、マクラーレンが手がけるスポーツカーは、自然界のかたちをデザインモチーフにしてきた。2017年の「720S」の場合は「ティアドロップ(涙の粒)」だという。このコンセプトは23年の「750S」に引き継がれている。
理由について同社では「それが空力的に優れていて、マクラーレン車の性能をフルに発揮するのに最も適しているから」とうたっている。
マクラーレンが量産スポーツカーに乗り出して以来、ヘッドオブデザインは2人替わったが、最新の「アルトゥーラ スパイダー」だって、クルマ好きが見れば、一瞬でマクラーレンとわかるデザインだ。それはブランドイメージとしても重要なことである。
19インチ径のホイールと組み合わされた大径タイヤの存在を強く感じさせるショートノーズ、バランスを考えて前進した位置のキャビン、3LV6エンジンをはじめドライブトレインをすべて収めたボリューム感のあるリアセクション、それに、20インチ径のリアホイール……。ミドシップスポーツカーのプロポーションとしては完璧だ。
そのうえで、先述のとおり、ゆるやかな曲線と曲面を使ったサイドビューが、均整のとれた美しさを感じさせる。街で見かけても、威圧感のないスタイル。そこがマクラーレンのプロダクトの長所だと考えている。
「アルトゥーラ スパイダー」は、マクラーレン・デザインの文法に忠実にデザインされている。全体のボディはなめらかで流麗。そこに、縦型のエアインテークと組み合わされたヘッドランプユニット、大きめなエアダム、前ヒンジで上に跳ね上がるシザードアが組み合わされている。
特に目を惹くのは、リアセクションだ。ひとつは、キャビン後方の「フライングバットレス」。パリのノートルダム寺院にあるようなゴシック教会の建物の外壁補強に使われる梁もフライングバットレスといい、同じ名称がクルマでは使われている。(フェラーリも同様に同じ名称を使う。)
このクルマは、電動ルーフ開閉時のガイド役をフライングバットレスが務める。これがあることでリアのセクションがフロントから流れるように続く視覚的な一体感が出るため、マクラーレンでは機能と見た目の両面で、フライングバットレスにこだわっている。
このクルマのフライングバットレスは一部に透明な合成樹脂がはめ込まれていて、オープン走行時にドライバーが斜め後ろを振り返って確認する際の助けとなっている。
視覚的な見どころはもうひとつ。キャビン背後に搭載されたエンジン上部のカバー。車体色とは異なり、ここだけ炭素樹脂の素材を活かした黒っぽい色で、ここに熱気抜きのルーバーがいくつか切れられていて、やわらかなカーブがたしかに生物を思わせる。
テールエンドには、やはりエンジンルームからの熱気を抜くためのルーバーがはめこまれ、そこから2本の太い排気管のテールカッターが突き出している。後ろから見ると、かなりの迫力だ。
デザインの凝り方は、車内でも堪能できる。ダッシュボード、メーターバイナクル(ナセル)、センターコンソール、ドアのアップホルスタリー(内張り)、もちろんシートとハンドルを含めて、直線がほぼ見当たらない。さまざまな曲線が交わるところでも破綻なく、ハーモニーを奏でている。
レースカーを思わせる人工スエード張りのシートには、お尻をまず入れて、そのあと2本の脚をフットウェル(脚をおさめるスペース)によいしょと入れる。すると、からだにぴったりフィットしたスポーツウェアを着た気分になる。
シザードアのプルハンドルを引くには腕を伸ばす必要がある。ここでも、よいしょと声が出そうになった。少し力をこめてドアを引き下げると、バスンッと頼りになる気持ちのよい音をたてて大きなドアが閉まる。
ダッシュボードに縦に並んだ8段ツインクラッチ式変速機のギアセレクターのDを押すと、クルマが前に飛び出したくてうずうずしているのを感じる気分になる。
V6エンジンには、プラグインハイブリッドシステムが組み合わされていて、電気モーターが発進時や加速時など、エンジントルクを上乗せする。
メーターバイナクルの右に設けられたドライブモードセレクターで、エレクトリックモードを選ぶことも出来る。駆動用バッテリーがたっぷり残っていれば、33kmはバッテリー走行が可能という。
私はこのクルマで、岩手県の安比高原を中心に走った。レインボーライン、アスピーテライン、途中、八幡平山頂を経由して、またアスピーテライン。秋田県にまたがるコースは、スポーツカーの運転が楽しめる。
深い緑のなかを、中速コーナーが永遠と続く。よくて3速までしか入らないが、ステアリングを含めてハンドリングのよさが堪能できる。
ハンドルを握っている私が視線をやるほうに、クルマはぱっと向きを変える感覚だ。小さな舵角で、さっと曲がっていく。冬は雪に覆われてしまう道でもあり、夏は訪れるひとが多くないのだろうか。路面の状況はあまりよくなく、けっこう荒れている。だが実は、それも今回のテストドライブの狙いだったとか。コースを選んだのはマクラーレンの日本法人の広報担当者。
荒れた路面を私たちにドライブさせるのに一抹の不安があったので本国に打診したところ、「アルトゥーラ スパイダーの乗り心地のよさをわかってもらうのにはぴったりじゃないか!」という答えが返ってきたのだそう。
じっさい、多少の荒れはサスペンションとシートのクッションが丁寧に吸収してくれるし、ハンドルに影響が出ることもない。路面の凹凸をものともせずに、がんがん加速していく。痛快である。
ドライブモードを「スポーツ」か「トラック」に入れて、すばやい加速の反応を味わうのに、よいコースだ。最後の仕上げは東北自動車で、ここではドライブモードを「コンフォート」にすると、長い距離でも疲労感少なく走れる、もうひとつのキャラクターが味わえた。
駆動用バッテリーを充電しておきたいときは、「トラック」モードで走っていると、メーター内の残量計がみるみる増えていく。V8エンジンのマクラーレンでは無縁の体験だ。行き先に充電器があれば、走行中の充電状況はあまり気にする必要はないかもしれない。ただしCHAdeMOのような急速充電器は使えない。
このクルマをオープンで走らせていても、荒れた路面で車体がよじれるような場面もなし。センター部分にカーボンモノコックを用いた独特のシャシー構造が、高い剛性をもたらしているのだろう。
風の巻き込みが少ないのは、2023年8月に日本でお披露目された「750S スパイダー」と同様。しかも、これまでのマクラーレン車と同様、グラスはめこみ式のハードトップがオプションで用意されている。
このハードトップ(硬い材質で出来た開閉可能のトップ)は、室内からガラスの透過率が変えられるという凝った構造をもつ。これは、従来のモデルから引き継いでいる。これだと、トップを開けなくても、ほとんどフルオープンの開放感が味わえる。
マクラーレン車は「750S」と、続く「アルトゥーラ」と、ステアリングフィールが劇的に向上していて、ドライビングの楽しさが大幅に上がっている。決して安くはないけれど、乗る価値が十分にあるスポーツカーだ。しかも(といっていいかどうか微妙だけれど)いまオーダーすれば、納車のタイミングも長くないそう。
マクラーレン アルトゥーラ スパイダー
全長×全幅×全長:4,539×1,976×1,193mmホイールベース:2,730mm
エンジン形式:2993cc V型6気筒 ミドシップ後輪駆動
車重:1,457kg
最高出力:445kW、最大トルク:720Nm
加速性能: 0-100kph 3.0秒
最高速:330kph
EV航続距離:33km
価格:¥36,500,000
問合わせ先/マクラーレン・オートモーティブ
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