ときにユーモラスに、ときにシリアスに、ときにナチュラルに……。どんな役を演じていても俳優・江口のりこの存在感は圧倒的だ。20年以上キャリアを重ね、バイプレーヤーとしてはもちろん、ドラマ『ソロ活女子のススメ』シリーズや映画『あまろっく』などの主演作も数多い。
「芝居をすることは私にとっては、オン・オフのスイッチを切り替えるようなものではないんです。ただ、どんどん芝居は難しいものだということがわかってきたからこそ、怖くなっています。芝居を始めた頃はセリフを飛ばす夢を見たことがなかったんですが、最近よく見るんですよね。役をつくり、役を見つけていくという自分の仕事のほかに、多くの人とやりとりをしながらつくり上げていく仕事でもあるので楽しさと同時に難しさを感じています。新しい現場に入る度に、『自分の芝居を否定されるのではないか』と不安を感じるんです」
趣味がなく、興味が湧くこともあまりない。「唯一芝居だけは自然と頑張れる」と話す江口は、いくら人気俳優として目を向けられたとしても、まったくおごったところがなく、落ち着き払い飄々としている。
「自分としてはずっと劇団東京乾電池の研究生になった19歳の時の気持ちのままなのですが、気づけば44歳になっていて驚きます。気持ちが変わらないのは環境が変わらないことが大きいと思います。いまも東京乾電池に所属していて、昔と同じように怖い先輩がいて社長は鬱陶しい(笑)。同じ場所でなにも心配することなく芝居を続けられているからこそ昔の自分のままでいられる。いいところに入ることができたことに、心から幸せを感じています」
出演作が途切れない。多くの役と出合う中で、大事にしていることはなんなのだろうか。
「自分の中にあるものをアウトプットして芝居をしているので、役を演じることで獲得するなにかよりも、芝居をやっていない時間のほうが大きい気がします。でも、私は趣味がないので休みの日は大体映画や舞台を観に行って、夕方には帰宅してご飯を食べて10時頃には寝ています。『私ってなにもないな』とよく思うのですが、そこで役づくりを助けてくれるのは監督です」
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監督との対話によって、現場でつくり上げる芝居
今夏、立て続けに主演映画が公開される。橋口亮輔監督作『お母さんが一緒』と森ガキ侑大(ゆきひろ)監督作『愛に乱暴』だ。両作品とも監督と有意義なディスカッションが交わせ、「いい現場でした」と振り返った。
「橋口さんと話していると心がヒリヒリしたり、温かみを感じたり、なにかわからないけど寂しさを抱えていらっしゃるとも感じるのがとても楽しいんです。だからこそ、人間を演じるということは本当に大変なことなんだと思いらされ、厳しさを突きつけられます。『じゃあどうしよう』と考える時間はしんどいですが、とても豊かで面白い時間です。『愛に乱暴』でもそのような時間を過ごすことができました」
ベストセラー作家・吉田修一の同名小説を原作にした『愛に乱暴』で演じたのは、結婚8年目の専業主婦、桃子。義母から受けるストレスや夫の無関心を振り払うかのように“ていねいな暮らし”にいそしむ桃子は、江口曰く「映画の中で迷い、暴走し、自分の居場所を見つけようとする女性」だ。クランクイン前は「桃子をどう演じるか現場に入ってみないとわからない」と感じていたそうだが、順撮りをしていくことで桃子像がつかめていった。
「順撮りは日に日に自分の身体を使って桃子を体験していくということ。そうなると、『脚本にはこう書かれていたけれど、やっぱりこういう展開になるのでは』という発想が多く生まれていくので、その都度監督を中心に話し合い、みんなでつくっていった感覚があります。私と桃子はまったく違うキャラクターですが、私も含めて多くの人が、不思議と桃子に寄り添って物語を進められるのではないでしょうか」
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WORKS
映画『愛に乱暴』
夫の実家の敷地内の“はなれ”で暮らす桃子。ていねいな暮らしにいそしみ毎日を充実させていたが、周辺で不穏な出来事が起こり始める。愛のいびつな衝動と暴走を描いたヒューマンサスペンス。8月30日より全国公開。
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映画『お母さんが一緒』
親孝行のつもりで母親を温泉旅行に連れてきた3姉妹。母親みたいな人生を送りたくないという思いを持つ3人は、宿で母親への愚痴を爆発させるうちにお互いを罵り合い、そこで事態は思わぬ方向へと発展。全国にて公開中。
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ドラマ『ソロ活女子のススメ』シリーズ
朝井麻由美の人気エッセイ本『ソロ活女子のススメ』(大和書房)を原案に、五月女恵が“ソロ活”に邁進していく人生応援ドラマ。今年、シーズン4が放送終了。動画配信サービス「U-NEXT」「Lemino」にて全話見放題配信中。
※この記事はPen 2024年10月号より再編集した記事です。