連載「腕時計のDNA」Vol.10
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
多くのスイス時計ブランドがメジャーグループに入り、豊富な資本力やスケールメリットを生かすのに対し、独立系ブランドは独自の理念のもと、培ってきた技術を注ぎ、より個性豊かな時計を発表している。その筆頭となるのがオリスだ。
1904年にスイス北西部ヘルシュタインで創業し、ブランド名は近くを流れる小川から付けられた。やがて機能と品質、価格を兼ね備えた時計づくりは高い評価を得る。大きな変革を求められたのは、34年のスイス時計法の制定だった。当時、大恐慌の影響を受け、スイスは国の重要産業である時計業界を保護するため、競争を抑制し、技術革新を規制した。しかしオリスは独立性を求め、長い法廷闘争の結果、66年に規制の撤回を勝ち取ったのだ。だがその勝利の喜びも長くは続かなかった。黄金期を迎えたものの、クオーツショックにより70年にASUAG(現スウォッチグループ)傘下に入る。しかしここでもオリスは再起を目指し、82年には経営権を買収。独立系として新たなスタートを切り、現在に至る。今回紹介する3本は、そんな不屈の歴史と精神を現代に伝えるのである。
---fadeinPager---
新作「ヘルシュタインエディション2024」
ダイバーズの名作をオールブラック仕様に
オリスは毎年6月1日に限定の「ヘルシュタインエディション」を発売する。これはブランド創業が1904年の同日であることにちなんで、現在の礎となった先人の功績を讃え、バースデーを祝すのだ。今年は「ダイバーズ65」をベースにしたオールブラックが登場した。
オリスのダイバーズウォッチの歴史は1965年に遡る。当時ダイバーズはスポーツウォッチの主流であり、アビエーションで名を馳せたオリスも例外ではなく、防水性や回転式ベゼルといった機能やスタイルを確立した。これを2015年に復刻したのが「ダイバーズ65」で、ドーム状の風防やリューズガードレスのデザインにはヴィンテージ感があふれる。
ケースにはブラックDLC加工を施し、文字盤やインデックス、針までもオールブラックで統一する。ダイバーズが要する視認性はあえて無視し、ブランドにとっても初の試みだ。ケースバックには、シンボルキャラクターのオリスベアが水着姿で刻印され、バースデーエディションならではの遊び心を感じさせる。
オールブラックは決して珍しくない。だがヴィンテージダイバーズとの組み合わせは新鮮で、限定の特別感もある。そして5日間の駆動時間と高耐磁性を備え、10年保証の自社キャリバー400を搭載し、質実を重んじるオリスらしさも損なわないのだ。
---fadeinPager---
定番「ビッグクラウンポインターデイト」
最新キャリバーを積んだ代表的パイロットウォッチ
アビエーションの分野は、オリスの歴史において大きな位置を占める。1917年に発表したブランド初の腕時計は航空学校用に製作され、グローブをしていても時間調整ができるように通常より大きなリューズを備えていた。38年に発表した「ビッグクラウンポインターデイト」はこれに加えて、視認性に優れる外周の日付表示を初搭載した。いずれもパイロットの実用性を考慮した仕様である。
その誕生から半世紀を経て、88年に復刻。大きめのリューズと赤い針先のポインターデイトは、さりげない中にもオリジナリティを漂わせ、白の数字インデックスもひと目で時刻を読み取れる。こうしたタイムレスなスタイルに搭載するのが、最新鋭の「キャリバー403」だ。
ベースである「キャリバー400」は、5年の開発期間をかけて2020年に発表した。ツインバレルやシリコン製ヒゲゼンマイを採用し、約5日間の連続駆動と高い耐磁性を誇る。ブランドの技術と信頼性を象徴するスタンダードムーブメントだ。奇しくも誕生年である38年と同じ38㎜のケースサイズもとても好ましい。
---fadeinPager---
通好み「プロパイロットX カーミットエディション」
月に一度だけ会える「カーミット」
「ビッグクラウン」と並び、「プロパイロット」はオリスが培ってきたアビエーションの世界を象徴する人気コレクションであり、独自の高度計を装備したハイエンドモデルから、GMT、ビッグデイトなど多彩なバリエーションを揃える。2022年に登場した「プロパイロットX」は従来の航空ファンのみならず、その魅力をより一層広げた。
軽やかなチタンケースに一体型ブレスレットを備えたスポーティなスタイルは、コンテンポラリーなラグジュアリースポーツを思わせる。ネイビーやグレー、ピンクといったスタイリッシュなカラーを取り入れたのも新たな試みだ。
なかでも注目はディズニーの人気者、カーミットとコラボレーションした「プロパイロットX カーミットエディション」だ。鮮やかなグリーンの文字盤にコラボを思わせる表記はない。だが月の初日のみ日付の小窓にカーミットが表れる趣向だ。ユーモアと優しさを兼ね備えたキャラクターは、月の始まりをリラックスと微笑みで満たしてくれる。質実剛健なブランドイメージをよい意味で裏切る、大人のキャラクターウォッチだ。
---fadeinPager---
独立系ブランドの意義と役割をあらためて問う
今年創立120周年を迎えたオリスのタイムピースは、実用機能とデザイン、プライスにおいて誠実であり続ける。それは使い続けるほどに実感するスイス時計本来のあり方かも知れない。企業活動でも海洋の環境保全やサステナビリティに尽力する。背景には幾度の困難にも負けず勝ち取った独立の伝統があり、あらためて独立系ブランドの意義と価値、役割を感じさせる。その根底には“Go your own way(自分の流儀を貫く)”の反骨精神とともに、“Real watches for real people(真に生きる人のための本物の時計)”の揺るがぬ理念が貫かれるのである。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
オリスジャパン
TEL:03-6260-6876
www.oris.ch
---fadeinPager---