難破した英国船の壮絶な運命を、圧倒的取材力でリアルに描く

  • 文:印南敦史(作家/書評家)
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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『絶海 英国船ウェイジャー号の地獄』

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デイヴィッド・グラン 著 倉田真木 訳 早川書房 ¥2,750

スペインの大型帆船を拿捕(だほ)するべく、250人の乗組員とともに六等艦のウェイジャー号を筆頭とする小艦隊がポーツマスを出航したのは1740年9月18日。さまざまな障壁を乗り越えるも、その航海はあまりに壮絶だった。多くの命が伝染病で失われ、やがてウェイジャー号は隊からはぐれて難破し、無人島に流れ着いてしまう。

2017年作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で圧倒的な取材力を見せつけた著者は、280年以上前に起きた上記事件を取り上げた本書においても、航海日誌など古い資料を徹底的に調べ上げることによって、あたかもその場に居合わせたかのようなリアリティを生み出している。

特筆すべきは、残された者たちが食糧や武器を奪い合う描写にみなぎる緊張感である。また、ガラスにひびが入っていくかのように人間関係が壊れていくさまも実にリアルだ。漂着した島でも英国海軍の秩序を守らせようとする艦長のデイヴィッド・チープ率いる一派と、強いリーダーシップによって部下をまとめあげる掌砲長のジョン・バルクリー一派とが、反目し合うのである。加えて、両者の間に立たされる士官候補生のジョン・バイロン(のちの詩人バイロン卿の祖父にあたる人物)の立ち居振る舞いも見逃せない。

最終的に餓死寸前の状態で母国へ帰還できた33人は責任を問われて軍法会議にかけられるのだが、その結末も意外性に満ちている。300ページを超える大作でありながら、一気に読ませてしまうのはそのせいだ。

なお本作は、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』同様に、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化されることが決まっているという。たしかに映画向けの作品ともいえるので、そちらにも期待したいところだ。

※この記事はPen 2024年8月号より再編集した記事です。