革新的なグラフィックデザインに贈られる亀倉雄策賞を今年受賞した北川一成。数々の企業ロゴやネーミング等を手掛けてきた北川だが、受賞作品「KAMIZU」はコロナ禍の最中に始まった自主プロジェクトだ。アートの力で人々を応援できることはないだろうかと、八百万の神をモチーフに新しい「神のつかい」をデザインし、キャラクターグッズやイベントを展開、その斬新さが評価された。そんな彼の歩んできた道を振り返ると、常に状況を冷静に見据え、限界を超えようと試行錯誤を繰り返した形跡が残る。
北川が生まれたのは兵庫県加西市。実家は1933年に曽祖父が創業した印刷工場だったが、間近で起こるものづくりの様子に、ある時疑問を感じたという。
「映画『男はつらいよ』でタコ社長が経営する印刷所と同じような状態でした。淡々と仕事をこなし、儲からないと愚痴をこぼす。こんなに夢も希望もない会社のままで、大丈夫なのかと思うようになりました」
幼少期から美術は得意。将来は芸術の世界に進みたいと夢見るものの、芸事に没頭して家を傾かせてしまった曽祖父の教訓から、北川家では芸術は禁止事項に。大好きな絵も、親に隠れてこっそり描くというのが日常だった。筑波大学に進学した後も現代美術の制作をひそかに続けながら、グラフィックデザインとブランドバリューを専攻。大学院に進んで研究者になろうと考えた時期もあった。しかし、安土桃山時代の画家・長谷川等伯の絵に触れた時、心の中でなにかが動いた。
「墨一色で描かれた水墨画に、なぜこれほどに心が震えるのか。美術的な表現以上に、人の情緒や感覚がゆらぐ生理現象に対する興味がぐっと膨らんでいきました」
印刷においても、多色使いや特殊加工など、派手なことをすれば興味を惹きつけられるのは当然だ。しかし、フォントの意外な組み合わせや、間の取り方を多少変えるだけでも、「おや?」と人の意識を留めることがある。
「人は常になにかに反応しては適宜選択を繰り返し、多様に進化していくもの。人間が持つこの〝不特定さ〞をどうデザインで表していけばよいだろうか。次第にそう考えるようになったんです」
デザイン、美術のみならず、歴史、哲学、科学とあらゆる分野の知識を吸収しながら変幻自在なクリエイションを繰り出していく。一方で、ロゴやネーミングなど、ブランディングに関わる仕事も多数手掛けるのが北川の特徴だ。
「ブランドは事業内容だけでなく、社内の様子や働く人々の態度と絡み合いながら50年、100年と生き続けていくもの。営業実績だけでなく、経営理念から発表する情報ひとつにいたるまで、筋が通っていないと気持ちが悪い」
北川が代表を務めるGRAPHももともとは曽祖父が創業した老舗企業。持続させるためになにを受け継ぎ、なにを切り捨て改良していくべきか。身をもって体験したことがブランディングの考え方に大きく影響を与えている。
失ったことで得られた、新たなる見え方
なによりも感覚を大切にしてきた北川だが、2007年、一時的に視力を失う事故に見舞われた。デザインとは「見る」仕事。片目を失明したと知った時は絶望し、すべてが終わったように感じた。
「失った視力は手術である程度取り戻せたものの、やはり以前とはなにか違う。当初は違和感を抱きましたが、脳の可塑性(脳の神経細胞が回復、再構築すること)によって、新しい見え方が生まれたと理解できてから、それもひとつの個性であり、変化した自分から異なるアウトプットがつくれるかもしれないと、ポジティブに考えられるようになりました」
デザインは見た目を整えて、売り上げを上げるだけではない。まだ見ぬ可能性を見出し、明日への生きる希望を与えるきっかけもつくり得るのだ。
「次々に状況の変化を起こしていける。なぜかはわからないけれど根拠のない自信があるんです」
デザインの力で成長し、生まれ変わった北川だからこそ、持てる確信なのだろう。
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WORKS
アートプロジェクト「KAMIZU」
「神さまのつかいが、世界中でがんばっている人達をこっそり応援する」というコンセプトのもと、コロナ期間中に北川が自主的に始めたアートプロジェクト。神社や企業とコラボを重ね、次々に新しいキャラクターや授与品を生み出している。
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「変なホテル」
ロボットによる接客サービスに世界で初めて挑戦した、HISが運営するホテル。一度聞いただけで覚えられ、これはなんだろうと口コミで話題が広がるようにという狙いで、インパクトのあるネーミングやロゴなどブランディング全体を北川が担当している。
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ハナマルキ「追いこうじみそ」
味噌のパッケージは、日本らしさを強調するために古風な明朝体や筆文字を用いることが多い。これに対し、現代の暮らしに合わせたシンプルなゴシック体を採用したデザインを提案。無駄な要素を省いたことで、商品棚では逆に強烈な存在感を示す商品となった。
※この記事はPen 2024年8月号より再編集した記事です。