キティ・グリーン監督の初の長編映画監督作である『アシスタント』は#MeToo運動をきっかけに制作され、映画会社プロデューサーを夢見て有名エンターテインメント企業に就職し、会長秘書として働く新人アシスタントのある一日を通じ、様々なハラスメントの現状を描いた作品だった。見て見ぬふりをされ続けてきた職場の男女不平等やセクハラ、不祥事を扱った『アシスタント』は大きな反響を呼び、一躍キティ・グリーンの名前を広く知らしめた。
『アシスタント』と同じくジュリア・ガーナーが主演を務める新作『ロイヤルホテル』で扱うのはまたもやハラスメントである。カナダ人バックパッカーのハンナ(ジュリア・ガーナー)とリブ(ジェシカ・ヘンウィック)の親友同士はオーストラリアの片田舎のパブ「ロイヤルホテル」で住み込みの仕事をすることになるが、パブのオーナーや客から性差別的な言動を受け、その被害はエスカレートしていってしまう。女性の視点で悪夢のような日々を描いた本作はリアルでサスペンスフルな作品に仕上がっている。キティ・グリーン監督にインタビューした。
---fadeinPager---
多くの人が議論したくなるような作品に
──『ロイヤルホテル』はオーストラリアに実在するパブで起こったフィンランド人のバックパッカーふたりハラスメントを受ける要素を記録したドキュメンタリー映画『Hotel Coolgardie(原題)』を見たことがきっかけで生まれたそうですが、『Hotel Coolgardie(原題)』を見た時、率直にどう思いましたか?
私は実際にオーストラリアのパブで居心地の悪い経験をしたことがあるのですが、スクリーンの中でそういった様を見たことがなかったのでとても惹かれました。こういった題材をフィクション映画にしたらいろいろなアプローチができるし、多くの人が議論したくなるような作品にできると感じました。
──フィクション映画にする上で一番こだわったことは何ですか?
最初に考えたことはどういう結末にすればいいかということでした。『Hotel Coolgardie(原題)』は主人公の内のひとりはアルコール中毒により目が見えなくなってしまい、もうひとりはオーストラリアのパブに残るという暗い結末でした。私が作るフィクションでは、登場人物たちが強さを身につけるような結末にしたいと思いました。
──『アシスタント』は多くの女性にハラスメントに関する取材をした上で制作されたそうですが、『ロイヤルホテル』は準備段階でどんなことをしたのでしょう?
『Hotel Coolgardie(原題)』に登場したセリフをそのまま引用することは、『Hotel Coolgardie(原題)』の登場人物たちのアイデンティティを守るためにやらないことに決めました。そこで共同脚本家が必要だと感じ、脚本家でもあり、役者でもあり、映画で描かれているような田舎に住んでいてパブでよく過ごしているオスカーという男性と一緒に脚本を書くことにしました。すぐにアイディアを出し合い「パブではこういうことがよく起きるよね」というような話をしながら脚本を書き進めました。映画でパブの客がハンナに言う性的なジョークは実際に私がパブで言われた言葉です。私はその時嫌な気持ちになったのに、「そういうことを言うのを止めてほしい」と言わなかった。それをオスカーに伝えると、彼は自分が体験したことを伝えてくれました。そのように脚本を膨らませていったので『ロイヤルホテル』で描かれているパブのシーンはとてもリアルだと思います。
---fadeinPager---
焦点を当てたのは、「自覚なき差別」
──パブで女性を中心に侮辱するような言動が向けられることの根底にはどんな問題があると思いますか?
最初は小さいジョークから始まり、それが問題にならないと、もっと下品なジョークになってという風に悪化していく。『ロイヤルホテル』ではマイクロアグレッション(自覚なき差別)を描きたかったのです。早い段階で「NO」と伝えていれば、やがて起こってしまう性的な暴力は生まれなかったかもしれない。Xで止めておけばYに行かなかったのにというようなことを指摘したかったのです。片田舎のパブは男社会であり、とても閉鎖的です。そういった場所で夜中までお酒を飲んでいる内に女性へのハラスメントが激しくなっていくということはどの国でも決して珍しいことではないと思っています。
──『Hotel Coolgardie(原題)』の主人公はフィンランド人でしたが、『ロイヤルホテル』の主人公をカナダ人にしたのはなぜですか?
最初はスカンジナビアの地域に住んでいる主人公にしたかったんですが、アメリカ人からするとスカンジナビアの主人公の映画だと外国映画だと認識されてしまうので、資金が集まりにくいのです。そして、アメリカ人は自分のことをアメリカ人だとは言いたがらない。そこで、カナダ人にすることでアメリカ人に親近感を持ってもらえて資金が集まりました。また、この映画は派手なアクションや激しいバイオレンスがあるわけではないということも資金が集まり辛かった理由のひとつです。
──国や環境にある文化の違いも描かれていますが、参考にした出来事やエピソードはあったんでしょうか?
私は6年間ニューヨークに住んだことがあるので、アメリカの女性がオーストラリアの片田舎に行った時にどういう風に混乱するかはすんなりと想像ができました。特に興味深かったのは『ロイヤルホテル』をオーストラリアで上映すると、片田舎の寂れたパブで働くというシチュエーションに対して「そんなに悪くない。楽しめるんじゃないかな」という反応があった。つまり、映画の登場人物でいうとリブのような反応でした。一方、アメリカで上映すると「あんなところで働くのはすごく怖い」というハンナのような反応が上がったことです。
---fadeinPager---
前作『アシスタント』から感じた、ある流れ
──『アシスタント』に続き『ロイヤルホテル』でもハラスメントに焦点を当てたのはどうしてだったのでしょう?
『アシスタント』を見たことで「ようやく職場で一番若い女性の立場がどういうものなのかがわかった」と言ってくれた人は男女問わずたくさんいました。とても主観的な映画を作ることで、登場人物と同じような立場に置かれてもらう人々のことを多くに認知してもらうやり方に手ごたえを感じ、またジュリアン・ガーナーを主演にして、同じ手法で今度はオーストラリアの中で最もワイルドで荒くれた男たちがいる場所に主人公を入れてみることにしました。
──『アシスタント』によってポジティブな動きが生まれたわけですが、『ロイヤルホテル』に対してはどんな反響を感じていますか?
『アシスタント』は規模が小さい映画でしたが、本当にいろいろな場所で「見た」と言ってくれる人がいました。特に男性が「僕も職場の若い女性に対してああいう態度を取っているところがあったので反省した」と言ってくれたことが嬉しかった。『ロイヤルホテル』は見た男性が気まずい思いをすることはあるようなんですが、そこから自分たちの行動を改めるくらいの影響力があるのかどうかはまだわかりません。まだ公開されたばかりなので、数年後に影響を実感できるかもしれないと思っています。
──監督自身が力をもらった映画はありますか?
『アシスタント』はベルギーの映画監督シャンタル・アケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地ジャンデルマン』という、未亡人が家事を淡々とこなすルーティーンを描いた70年代の映画に強いインスピレーションを受けています。『ジャンヌ・ディエルマン~』を見た時、すごくエレガントな映画だと感じ、ハリウッド映画では描かれないような日々の淡々とした出来事が映画になるのだと感銘を受けました。こういった映画を作ることは挑戦的でプロテスタントにもなると思いました。
──監督はキャリアの初期に『ピアノ・レッスン』や『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で知られるジェーン・カンピオン監督と仕事をしたことで女性監督としての振る舞い方のインスピレーションを受けたそうですが、その頃と比べて女性監督を取り巻く状況に変化は感じていますか?
私が映画学校を出て最初にした仕事はジェーン・カンピオン監督のドラマシリーズ『トップ・オブ・ザ・レイク ~消えた少女~』のリサーチャーでした。彼女は私をサポートしてくれ、自信を付けさせてくれました。そういった立ち振る舞いを見て、『私もああいう風になりたい』と強く思いました。ある時彼女に「女性が生きやすくなる世の中にするためにはどうしたらいいのでしょう?」と質問したら、「少しずつ変わっていくはず。だから私はできる限り女性を手助けします」というようなことを言っていました。確かにその当時と比べ、女性にもチャンスが多く与えられるようになりましたし、映画学校の女生徒の数も増えましたし、映画祭でも女性監督の作品が多く受け入れられるようになりました。私の周りでも女性の友人たちが映画を作る機会が増えましたし、大きな予算の映画を女性が監督することも増えています。私自身、若い女性を勇気づけるような映画を作ることが大切だと思っていますし、手助けする力を惜しむつもりはありません。ジェーン・カンピオンが言ったように、そういった変化はゆっくりと少しずつ起こるものだと思っています。
『ロイヤルホテル』
監督・脚本/キティ・グリーン
脚本/オスカー・レディング
出演/ジュリア・ガーナー、ジェシカ・ヘンウィック、ヒューゴ・ウィーヴィング、トビー・ウォレス、ハーバート・ノードラム
7月26日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開。
https://unpfilm.com/royalhotel