プロダクトデザインのなかには、長い間価値が変わらないものがある。カメラや腕時計や家具をはじめ、家電に文房具などがすぐ思いつく。では、クルマはどうか。
「ビートル」や「ゴルフ」、「ミニ」や「2CV」などけっこう思いつくけれど、ハーマンミラーのイームズラウンジチェアのように、1956年から現在にいたるまでほぼ不変、というモデルはない。安全基準や空力など技術と表裏一体だからだ。
それでも、生産中止されたからこそ、過去のモデルが愛おしく思えることがあるのも事実。よい例がフォルクスワーゲン「ゴルフ」だ。初代が1974年に発表されて以来、7回のフルモデルチェンジを繰り返し、現在は8世代。各世代に根強いファンがいる。
50周年イベントで並んだ、歴史的なモデルたち
ファンという点において、メーカーのフォルクスワーゲン自身が、ゴルフの大ファンと言えるだろう。なにしろ、現在のトマス・シェファーCEOは、「これまで多くのユーザーに愛されてきたゴルフのようなクルマをもっと作りたい」と語っているからだ。
2024年は、初代ゴルフが発表されて50周年を迎えた年。そこでフォルクスワーゲン本社は「50 years of Golf」と題した記念イベントを6月下旬に開催。場所はドイツ・ブレーメンとドルトムントの中間にある、オスナブリュック。会場には30台を超える歴史的モデルが並べられた。---fadeinPager---
オスナブリュックと聞いてピンとくる読者は、かなりコアなフォルクスワーゲンのファンだ。ここはかつてのカルマンの工場。カルマンとは、馬車の製作でスタートして以来、欧米のメーカーのために特別なボディを製造してきた会社だ。日本では、カルマンギア(1955年)というクーペが有名。ほかにビートル・カブリオレやゴルフ・カブリオレなどの量産車も手掛けている。
オスナブリュックでは、現在フォルクスワーゲンがテイクオーバーし、同グループ傘下のベントレー、シュコダといったブランドの一部モデルを組み立てている。多品種に対応する生産ラインをもつ現代的な工場がある街なのだ。その一部には、カルマンが手がけてきた車両がきれいに保存されていて(クルマ好きには宝箱!)、現在と過去とが同居している場所でもある。
ゴルフの50周年の記念展示は、ちょっとひねっていて、スポーティなモデルのみに絞られていた。日本でもファンの多い前輪駆動のスポーツモデル「GTI」、フルタイム4WDのパワフルな「R」、それに、かつてさまざまなモータースポーツで活躍した車両というラインアップだった。---fadeinPager---
若い世代にも根強いファンを持つ歴代ゴルフ、デザインの変遷
特に私の心に強く響いたのは、第1世代(ゴルフⅠ)と第2世代(ゴルフⅡ)。いまでも根強いファンが多い。というか、驚くことに、若い世代のなかに新しいファンを生み出し続けているのだ。
70年代前半、私の家では「ビートル」に乗っていた。何台も乗り継いだので、父親は相当好きだったのだろう。ある日、輸入代理店から、新しいフォルクスワーゲン車の販売を始めるというダイレクトメールが届いた。開封すると、「ゴルフ」の写真が出てきたのだ。
その時は、「かわいげがなくなっちゃったな」というのが正直な感想だった。丸っこいビートルとは正反対の怜悧なデザインに見えたから。「ゴルフⅠ」のデザインを担当したイタルデザイン(当時)のジョルジェット・ジュジャーロによると、企画段階でフォルクスワーゲンのマネジャーたちも同じようなことを言ったとか。
「私の提案を見て、社内の首脳陣は驚いたようです。でも社内のデザイン担当者が強引に押し切ってくれて、私の案が採用されたところ、大きなヒットになったのでさらに驚かれました」---fadeinPager---
初代が登場したのが1974年。そして75年にはパワフルなエンジンを搭載した「GTI」が発表され、これも大ヒット。エンジンは、燃料噴射装置をそなえた1.6L(アウディ80GTEのもの)。最高出力は108馬力。当時としてはかなりのパワーだった。
車重は810kgと軽量で、トップスピードは時速182kmに達し、静止から時速100kmまで加速するのに9秒。全長3.7mしかない小型ハッチバックなのに、アウトバーンで、ポルシェやBMWと競い合えたのが、反エスタブリッシュメント的心情を持つひとたちにウケて、メーカーの予想以上のヒットを記録した。
「ゴルフⅡ」が出たのは1983年。初代のイメージを大事にしつつ、あらゆるところに手を入れた傑作だ。ホイールベースは75mm延長され、ボディは全長が170mm、全幅が55mm、大きくなった。
排ガス対策のための触媒をそなえ、ABS、パワーステアリング、4WDなど選択の範囲が拡がった。カブリオレやノッチバックセダンの設定もこのモデルだし、89年には「G60」と呼ばれるスーパーチャージャーでパワーアップしたラリー用の4WDモデルも作られた。全方位的にゴルフの可能性を押し広げたようなモデルなのだ。---fadeinPager---
私は24年6月のドイツ取材の際、この2代目「ゴルフ GTI」に公道で試乗することができた。
フォルクスワーゲン・クラシックが動態保存(走れる状態で保存)しているクルマは300台を超えるのだそう。今回は、1989年の車両が試乗用に持ち込まれていた。
車体は傷ひとつなく、内装もまるで新車のよう。私には懐かしいモデルだ。この頃の車両で使っている合成樹脂は、生分解性でないため、耐久性の高さに貢献している。
リサイクルの視点では、生分解性プラスチックは評価されているけれど、ことクルマではべたべたと溶けてきて、せっかくエンジンなど調子いいのに乗り続けられないということが起こっている。
余談めくが、クルマの場合、リサイクルもさることながら、排ガス浄化装置だけ新しくして、乗り続けることを考えるのが一番よいのではないかと私は思う。少なくとも、今回の「ゴルフⅡ」はその考え通りに保存されているモデルだった。
私が会場外の市街地に乗り出す際、ゴルフⅠのGTIから乗り換えたたのだが、まず感じたのは、つくりの質感の高さ。ドアの開閉感からはじまって、ダッシュボード、シートの座り心地と、操作に関する部分は、まったく別ものだ。---fadeinPager---
もうひとつ、「ゴルフⅡ」の特長は、ボディの見た目だろうか。「ゴルフⅠ」の大成功を受けてフォルクスワーゲンの開発陣はかなり試行錯誤を繰り返したという。「ゴルフⅡ」では、排ガス浄化のための触媒、ABS(アンチロックブレーキ)、パワーステアリング、4WDやカブリオレといったオプションが用意され、内容は大きくモダナイズされた。
そのようにして、「ゴルフⅡ」も引き続き成功。これでゴルフのブランドは盤石のものになった。成功の最大の理由について、フォルクスワーゲンでは「オリジナルのよいところを活かしつつ、洗練させたスタイリング」にあると結論づけている。---fadeinPager---
たしかに、あらためてⅠとⅡを見比べてみると、Ⅰのよさは直線基調でパッケージング重視の機能美にある。Ⅱは、全体に丸みを帯びたうえ、トラック(左右の車輪の幅)が拡大したことで、しっかりと踏ん張ったような力強さがあり、クルマへの信頼度が増したように思えるのだ。
乗った印象は、Ⅰが軽量ボディということもあり加速もコーナリングも軽快なのに対して、Ⅱはエンジンの低回転域から力強く走る。車重が、ⅠのGTIより200kg重くなっているので乗り心地はよくなっているが、重くなった車体のために、低回転域のトルクが大事だったのだ。
89年型からは4バルブヘッドの新エンジン(16V)を搭載し、パワーアップするのだが、私がドイツで乗ったモデルは、ぎりぎり88年の2バルブ仕様。私の記憶にある16V(気筒あたり4バルブ)はパワフルな印象が強かったが、今回の8Vモデルは、エンジンをガンガン回して走るのでなく、どちらかというと、ゆったりとした気分で走っていくのが気持ちよい。
ⅡのGTIは、自動車産業が大変な時代(しょっちゅうあるような気もするが……)に誕生。たとえばエンジンパワーは排ガス規制が厳しくなったため、85年型からは触媒を装着。それによって、出力が107ps(79kW)に抑えられたのだった(最大トルクは151Nm)。---fadeinPager---
まあ、触媒非装着車で139ps(102kW)に、装着車でも129ps(95kW)にパワーアップしたⅡのGTI 16Vで、改めて飛ばしてみたかった気持ちもあるけれど、日常使いで交通の流れをリードする性能ぶりは、いまも健在とわかっただけでも収穫だった。
日本で「ゴルフⅡ」のGTIが走れば、周囲のクルマ好きから“いいね”という目で見られるだろうけれど、ドイツではせいぜい“大事に乗ってるね”程度の態度。ナンバープレートの末尾に、税制優遇措置が受けられる「H」(Historisch)を設けるなど、古いクルマをある種の文化財として大事にする文化ゆえ、古いクルマが日常的なのだ。
ちなみにゴルフでHナンバーが交付されるのは、いまのところ、「ゴルフⅡ」まで。質感を体験すると、あと50年ぐらいは平気で乗れるんじゃないかと思った。