磯村勇斗の表現者としての新境地とは? 村上春樹作品初のアニメーション『めくらやなぎと眠る女』への思い

  • 文:小松香里
  • 写真:齋藤誠一
  • ヘア&メイク:佐藤友勝
  • スタイリング:笠井時夢
Share:
磯村勇斗●1992年、静岡県生まれ。映画『ヤクザと家族 The Family』(22年)、『劇場版 きのう何食べた?』(21年)では日本アカデミー賞新人俳優賞、映画『月』(23年)では、第47回日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞。TBSドラマ「不適切にもほどがある!」(24年)など、さまざまなジャンルの話題作に数多く出演。

村上春樹の6つの短編小説を音楽家でアニメーション作家のピエール・フォルデス監督が再構築した村上春樹原作の初のアニメ映画『めくらやなぎと眠る女』。アヌシー国際アニメーション映画祭で審査員特別賞を受賞した本作は英語によるオリジナル版と日本語版が同時公開される。実写撮影をベースにした独自の技法と緻密な音響設計によって表現されたマジックリアリズムな世界観。2011年の東日本大震災直後の東京を舞台に、人生に行き詰まった3人が遠い記憶や夢を彷徨いながら自身と向き合い、ゆるやかに解放されていくミステリアスな物語の中心にいるのは、妻キョウコの失踪を機に北海道へ謎の小箱を届けることになる銀行員、小村だ。日本語版で小村を演じたのは磯村勇斗。近年出演作が途切れない磯村に、今作での新たなトライや役者としてのヴィジョンを聞いた。

---fadeinPager---

日本とフランス、ふたりの監督から得た刺激

サブ7.jpg

 ──日本語版の『めくらやなぎと眠る女』の小村役のオファーがあった時、どんなことを感じましたか?

最初にオリジナル版のアニメーションを見させていただきました。日本やアメリカのアニメとは違うフランスの監督ならではのしっとりとした時間の流れや音を感じつつ、舞台は日本で登場人物が日本人なので不思議な感覚がありましたね。

僕は村上春樹さんの作品を全部読んでいるわけではないのですが、村上さん独特の世界観や個性溢れるキャラクターが小村を取り囲んでいる雰囲気に惹かれました。小村のずっと何かを探しているところも気に入り、やらせていただくことにしました。自分がこれまで接したことのないような系統のアニメーション映画ですし、オリジナル版を作ったフランスのピエール・フォルデス監督が日本版の監修も手掛けられると聞き、役者として新たな挑戦ができると感じたんです。

──小村は震災5日後に妻・キョウコから辛辣な内容の置手紙を突きつけられてキョウコが姿を消した後、心身の旅に出るような印象がありました。小村の旅をどう捉えましたか?

突然あのような内容の手紙を置いていなくなってしまったらどうしたらいいかわからなくなりますよね(笑)。小村は猫を探すという目的があったから道を歩むことができて、でも猫だけではなく自分の心にぽっかり開いた穴を埋めるパーツを見つけに行く旅でもあるんだろうと思いました。だから芯を捉えたものではなく、どこか浮いているような表現ができたらいいなと思いました。

──アフレコ現場にはフォルデス監督と日本版の演出を担当する深田晃司監督が立ち会われたそうですが、お二人からは声のお芝居に対してリクエストはありましたか?

ピエールさんの意見と深田さんの意見が違うことがあって、それを役者陣がどう解釈して、どちらの意見をどう取り入れていくかということが今回の現場で一番難しかったです。ピエールさんがオリジナル版を作った監督ではありますが、日本語版を作る上では深田さんの演出によって、どう日本人の感覚を馴染ませていくかがとても重要です。ピエールさんと深田さん、それぞれが感じた違和感について、翻訳家の方を交えてみんなでディスカッションをして、どう取捨選択するかを決めていきました。言葉というものをすごく大事にしましたね。

サブ02.jpg
 

──磯村さんも意見を言っていったんでしょうか? 

オリジナル版の口の動きを気にして声を合わせていかなければいけないので、例えば尺が足りない場合、「ここはもう一言足したほうがいいと思います」というような意見を言わせてもらうことはありました。ピエールさんはオリジナル版の英語のセリフをとても大事にしていたので、英語のセリフの感覚を意識しながら日本語を当てていく作業が必要とされたんです。小村の表情は最初から最後までほぼ変わらないんです。でも、オリジナル版の英語のキャストの方はいろいろな声色を使って感情を表していたので、表情が動いていない映像を見ながら声を当てていくとどうしていいかわからなくなることがあって(笑)。僕としてはフラットに話したくなってもピエールさんから「ここはもうちょっと踊るように表現してほしい」とリクエストされたりして、英語と日本語の音の波の違いを実感しました。

オリジナル版はキャストが実際にそのシーンの芝居をしているのを見ながら画を書くというやり方をしているので実写をベースにしているんですよね。キャストたちの会話劇を大事にしたんだなと思いました。ピエールさんと深田監督という感覚が違うおふたりの意見を合わせたら何が生まれるかということを楽しみながら向き合っていました。

──役作りはどんなことをされたんですか?

オリジナル版の英語のセリフを何度も聞き、そのニュアンスをどう解釈するかということを大事にしました。日本語に変えると少し意味が変わってくるケースがあるのですが、その差異をうまく埋めていけば良い形で日本語版の小村が誕生すると思っていました。とても難しい作業でしたね。ピエールさんがセリフのトーンにすごくこだわりがあって、アフレコの序盤に僕が出していた声のトーンに対して「ちょっと低い」という指摘があったんです。

そこで「高いキーも出して幅を持たせた方がいい。いろいろなキーの声が出せるようになるのは役者としての表現も広がることに繋がるから。だから、小村の声はいろいろなトライをして大丈夫だよ」と言われました。そもそも人間はいろいろな声のトーンが出るわけなので、自分の中であまり制限をしなくていいという風に捉えました。もっと自由に表現していいということを教えてもらった気がします。

---fadeinPager---

仕事も私生活も自由に表現し続けたい

2024_0701_pen hayato isomura27994.jpg
ジャケット¥286,000、パンツ¥141,900/ともにボッター(イザ☎0120-135-015)、他は私物

──磯村さんはお芝居をする上で自由さとはどんな風に向き合っているのでしょう?

私生活ではあまり縛られたくないタイプなんです。例えば親から「●●しなさい」と言われるとイラっとしてしまう(笑)。自由でいることはクリエイティブを生む力になり、それが個性を生むことに繋がります。もちろん仕事現場では監督やスタッフの方から何か要望を言われてもイラついたりはしません。固めずにどう自由に表現していくかっていうことは僕にとって永遠の課題なのかもしれません。

──経験を重ねていくといくつか型ができていく場合もあると思うのですが、そことの戦いのようなものが生まれたりするのでしょうか?

確かに役者さんによっては自分の型を作ってそれに沿って演じる方もいらっしゃると思います。それもひとつの正解ですよね。でも僕はせっかくいろいろな役に出会えるのだから、役によって自分が自由に変身していくことができれば面白いと思っています。僕はしっとりした役を演じることが多いのですが、それとは違うわかりやすいキャラがある役に出会うと、特にこれまでとは違う自分になれている感覚があって楽しいですね。

──例えばドラマ『不適切にもほどがある!』のムッチ先輩とかですかね。

そうですね。馬鹿げていて面白いキャラですよね(笑)。すごく楽しく演じられました。

2024_0701_pen hayato isomura27953.jpg

──一方、10月に公開される『若き見知らぬ者たち』で演じた風間彩人は非常に過酷で重い役です。

ああいう役を演じるのはムッチを演じるのとは全然違う楽しさがありますね。自分のメンタルも変わってくるので辛いと言えば辛いです。だから、役者を目指している方に対して「役者って本当に大変な仕事だよ」と伝えたいです(笑)

──プライベートのメンタルにも役が入ってくるんですね。

そこまでずっと役を引っ張っているわけではないんですが、演じている役によってはマネージャーから「ちょっと怖い」と言われることがあります。でもやはり演じることが好きなんでしょうし、「やらなきゃいけない」という使命感があります。いろいろな部署の人たちがクリエイティブな頭でひとつの作品を作り上げていくことが好きですし、できあがった作品をお客さんに向けて上映したり放送ができることが好きですね。

──ご自身が演じた役、携わった作品で特に人の心を動かすやりがいを感じたものというと?

ムッチ先輩のことは本当にいろいろなところで言われました。今年の上半期は「磯村」より「ムッチ先輩」と言われることの方が多かったですね(笑)。違う現場でもそうでしたから。それぐらい影響力があるドラマだったんだと思います。

──テレビドラマの影響力について考えることはありましたか?

配信で観られるドラマが多い時代になりましたが、テレビで放送されるドラマはやっぱりたくさんの人に認知されるんだなと思いました。でも『不適切にもほどがある!』はNetflixでの配信で知ってくれた人もすごく多くて。そういう時代の変化を感じた作品でもありました。僕たち役者陣もこれからどうメディアが変わっていくかを考えていかなきゃいけないなと思っています。

──ムッチ先輩の反響によって、役の選び方に変化はありましたか?

最近何かを抱えて生きていく役が多かったんですが、一癖も二癖もある役を演じて気分を変えたいと思っている時期ではあります。極端に言うと、例えば『めくらやなぎと眠る女』のかえるくんのようなキャラクターを演じて自分の中でバランスを取っていきたいなと。幅を作ることで自分のリミッターをまた外していきたいと思っています。

---fadeinPager---

表現者、磯村勇斗の新境地とは

2024_0701_pen hayato isomura27988.jpg

 ──声優は約2年前の『カメの甲羅はあばら骨』以来でしたが、またやってみたいですか?

『カメの甲羅はあばら骨』も『めくらやなぎと眠る女』もカエルが出てくるんです。だから、カエルのアニメーション縛りでやらせていただくのも面白いかなとちょっと思ってます(笑)

 ──(笑)出演作が途切れない状況が続いていますが、新たな役に出会った時はまずどんなことを考えるんでしょう?

その役が魅力的に見えるかどうかが大事だと思っています。その役に興味を持てないと演じられないので、刺激があるかどうか。興味を持つところから入っていくので恋みたいなことかもしれません。

 ──どんな時に悩むことが多いですか?

ずっと悩んでます。ほとんどの役者さんは役とどうやって向き合うか悩んで、毎シーンどう演じようか悩んでいるように思います。僕はすべてのことに対して悩んでいますね。

2024_0701_pen hayato isomura27983.jpg

──磯村さんは以前から映画祭を開催するという目標を掲げていますが、実現に向けて意識していることはありますか? 

話を進めているので楽しみにしていてほしいですね。僕としては地元の静岡県の沼津でやりたいと思っています。地元の人たちに映画により関心を持っていただく機会を作りたいということと、子どもたちに映画を身近に感じてもらいたいという気持ちがあります。地方で映画の文化が発展していくことで、日本全体の映画文化に良い影響があるんじゃないかという狙いがあります。

『めくらやなぎと眠る女』

監督・脚本/ピエール・フォルデス
原作/村上春樹
出演/磯村勇斗、玄理、塚本晋也、古舘寛治、木竜麻生ほか
7月26日より、ユーロスペースほか全国公開。
www.eurospace.co.jp/BWSW

---fadeinPager---