6月21日、パリで開催されたディオールの2025年春夏メンズ コレクションに来場した俳優・賀来賢人。幅広い役を演じる巧みな演技力で、映画やドラマ、舞台で活躍。近年は、Netflix『忍びの家 House of Ninjas』で原案、主演、プロデューサーを務めるなど、俳優業を超えた多彩な才能を見せている。意欲的に新しい道を切り拓く賀来は、広い視野でさまざまなことに関心を寄せるが、特に最近はアートの魅力に開眼したのだという。
パリといえば、古くから名だたるアーティストを輩出してきた芸術の都。歴史ある美しい街並みは歩くだけで刺激を受けると、いまでも多くのクリエイターを魅了している。なかでも、街の至るところに存在する美術館は、美意識や教養を磨けるインスピレーション源。子どもから大人まで楽しめるさまざまなプログラムが用意され、気になる展示をチェックして足を運ぶのがパリジャンたちの日課だ。
そんな暮らしに芸術が自然と馴染むパリの街で、アートなアドレスを訪れてみたかったという賀来。「フランス語の授業がある学校だったので、幼少期からフランス文化には親しんでいました。今回、念願の初めてのパリです」と、話す。パリを代表する美術館からヒップなブックショップまで、4つの新旧アドレスを巡った。
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現代アートの殿堂「ポンピドゥー・センター」を堪能
まずは、現代アートの殿堂「ポンピドゥー・センター」へ。1968年、学生を中心とする反体制運動「五月革命」が巻き起こっていたフランス。翌年、現代アートの愛好家だったジョルジュ・ポンピドゥー大統領が衰退したフランスを芸術によって復活させようと、近現代芸術の拠点としてポンピドゥー・センターの構想を発表。造形芸術やデザインにまつわる美術館、図書館、コンサートホール、シネマテークなどを有する複合文化施設として、1977年に開館した。2025年末からは新たなアートの生態系を目指し、大規模な改修工事のために5年間の休館が予定されている。
カラフルなチューブが設置された工場のような奇抜な外観は、パリの街の中でも特異な存在感を放つ。この建築は、ハイテク建築家として名高いイタリアのレンゾ・ピアノとイギリスのリチャード・ロジャースによってSF空間をイメージして設計されたもの。パリの建物は高さが制限されているが、ポンピドゥー大統領が特別に許可したことにより高層の建物となっており、ほかの建物に比べて突出しているのも特徴だ。上階へは、透明なチューブに包まれたエスカレーターでパリの街並みを眺めながら上ることができる。最上階の6階からは、左にノートルダム大聖堂、中央にエッフェル塔、右にはサクレ・クール寺院と、パリを代表する名所を一望。賀来はガラス窓から街を見渡しながら、自身のiPhoneで撮影し、景色を切り取っていく。
常設展示スペースである4階と5階は、10万点以上の作品を所蔵し、近現代美術のコレクションとしては欧州最大規模を誇る。5階は、パブロ・ピカソ、アンリ・マティス、マルク・シャガール、アンリ・ルソー、サルバドール・ダリなど、20世紀初頭に活躍した名だたる画家たちの作品が配されている。「なんだか、これすごいですね」と、賀来が足を止めたのは、アントナン・アルトーの作品。アントナンは、劇作家、詩人、エッセイスト、俳優、劇場監督など、幅広い活動を行ったフランスのアーティスト。20世紀の前衛演劇のパイオニアとして知られるが、晩年には精神分裂と診断され、精神病院に収監されていた。そんな時に描いた作品には、彼の自己崩壊や内なる戦いが現れている。作品の経緯を知って、「なるほど、それで顔がたくさん描かれているんですね」と頷き、さらに作品をじっと見つめ直す。
アンディ・ウォーホルやフランシス・ベーコン、ジャン=ミシェル・バスキアなど、有名アーティストの作品も鑑賞。4階は、インスタレーションを中心に現代アートのコレクションが展示されている。
「前衛的な作品が多いですね。人の愚かさや社会への風刺みたいなものを感じます。現代アートにたくさん触れることができるのはもちろん、いろんなジャンルを網羅できるのが面白いですね」
鑑賞中に、課外授業で訪れているフランスの小学生たちに遭遇。床に座って絵の前で話を聞いている子どもたちの様子を見て、「すごくいいですね」と感動する賀来。
「日本の美術館とはまた違って、ある種の寛容さがありますよね。当たり前のように、子どもから大人まで、アートが文化として根付いているのを感じる。美術館の敷居が低いというか、一日中楽しめる気軽に遊びに行ける場所という印象でした。小さい頃にこんな機会があったらなって、ちょっとうらやましいですね」
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老舗アートブック店ではグッズもチェック
ふたつ目のアドレスは、パリの老舗アートブック書店の「オーエフアール」。1996年にサンマルタン運河沿いでスタートし、約10年前からレピュブリックに位置する。ファッションやアート、デザインブックを取り揃え、自身の出版レーベルも持っている。また、長きにわたって世界中のクリエイターたちと深い交流を築いてきたコネクションで、ソフィア・コッポラをはじめ、名だたるアーティストのサイン会や展示を行う。今年の2月には、ドゥ・トンプル広場前の広々としたスペースにもギャラリーを設け、その勢いは止まらない。約30年にわたって、パリのアート界隈を牽引するアイコニックな存在だ。
賀来は店頭でアートブックを手に取った後、オリジナルのTシャツやキャップを購入。
「30年もパリで親しまれているというのは、日本だと神保町の古本屋的な感覚でしょうか。こういうアートな本屋で長く親しまれ続ける場所は、日本だとあんまりない気がします。訪れるだけで意味があるし、気軽に通いたくなるアドレスですね」
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めくるめくジャコメッティの世界へ
その後は、14区のジャコメッティ・インスティテュートへ。スイス生まれのアルベルト・ジャコメッティは長くパリで活動した、フランスを代表する芸術家のひとり。極限まで長く、細く削ったような人間の彫刻作品で知られている。2018年にオープンしたこの美術館は、ジャコメッティの小さなアトリエを復元したもの。ディオール協賛のもと、財団が所有していた石膏像や私物を展示し、彫刻に情熱を注いだ彼の人生を振り返ることができる空間となっている。
賀来が訪れた際には、写真家・杉本博司にフォーカスした6月末までの企画展が開催中だった。杉本がニューヨークのMoMAでジャコメッティの彫刻作品を撮り下ろしたことがきっかけとなり、この展示が構想されたのだという。「ジャコメッティを撮影しながら、魂が生き返る能舞台を見ているようだった」と、杉本が監修した能舞台が美術館の中心に広がり、ジャコメッティの彫刻作品と杉本が撮影したシリーズ『Past Presence』などを一挙に鑑賞。
美術館に足を踏み入れた賀来は、ジャコメッティの彫刻作品を見て、「ここまで削ぎ落とすのはすごすぎる……」と、感嘆。能の舞台をiPhoneで撮影しながら、「この空間は、フランスから捉えた日本みたいなもの、和の文化との融合を感じますね。自然に入ってくるというか……落ち着くし、フランスと日本って親和性が高いのかもなと思います。繊細で職人気質な日本文化が、フランス文化にも通じている気がします」。杉本博司が撮影した北野武のポートレートや壊れそうなほど小さく細いジャコメッティ作品を細部まで鑑賞し、「子どもと粘土でジャコメッティ風作品をつくろうかな」と笑う。
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パリでいちばんヒップな場所、「クラヴァン」でリラックス
最後は、昨年サンジェルマン大通りにオープンした「クラヴァン」。17世紀築の5階建ての建築物を丸ごとバーに改装。3階のライブラリーにはアートブックで有名なニューヨークの出版社リッツォーリが出店し、カクテル片手にアートブックを楽しむことができる。元ギャラリストでアートに深い知見を持つオーナーのフランク・オドゥが、リッツォーリと提携するかたちでファッションやアート関連の本を多数セレクト。ファレル・ウィリアムスやソニア・シエフがサイン会を開催するなど、ファッション業界人が通う、いまパリでいちばんヒップなアドレスと評判だ。
賀来はアートブックを楽しんだ後、招待客のみしか入れない5階プライベートスペースでオーナーにご挨拶。オーナーのコレクションする映画やアートが並べられたサロンは、映画の試写室として使用する予定だという。棚の隠し扉から続く階段で屋上へと上り、サンジェルマン・デ・プレの景色を一望。「こういうかたちで好きなことをいろいろできるのっていいですね」と、刺激を受けた様子だ。
近年、アートに興味が出てきて作品を見ることも増えたという賀来。
「こういう仕事をやっている以上、やっぱり芸術がすごく近いものだから、そこに興味を持つようになったことは自然な流れではないかなと思っています。いろんな人にいいものを教えてもらって、自分の目で見て、いまアートの面白さや価値に気づき始めたところです」
パリのアートやカルチャーを肌で感じ、インスピレーションを得た賀来が、これからどのようなクリエイションに挑戦していくのか。クリエイター賀来賢人の今後の動向に注目したい。
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KENTO's perspective 〜賀来賢人がパリで見た風景〜
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ポンピドゥー・センター
www.centrepompidou.frオーエフアール
ジャコメッティ・インスティテュート
www.fondation-giacometti.fr/fr/institut
クラヴァン