JR逗子駅から歩いて5分ほどの高台にひっそりと佇む洋館「旧本多邸」の2年間におよぶ改修工事がこのほど竣工し、7月13日・14日に一般に向けた見学会が開催された。
旧本多邸は、鉱山・船舶用の安全灯の製造販売業を営む本多商店の支配人だった本多庄作(1897-1977年)が1939年に建てた住宅。スレート屋根やチューダー調の居間など洋風の意匠が美しい洋館だが、老朽化が進み、長らく空き家となっていた。設計は、久米設計の創始者である建築家の久米権九郎。数年前にそのことが判明し、2021年に久米設計が所有者より継承。2022年には国の登録有形文化財に指定され、保存・改修工事がスタートした。
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鳥かごのような画期的な構造システム
注目すべきは、その構造だ。久米権九郎はドイツで建築を学び、木造による耐震化を目指して「久米式耐震木骨構造」を考案。その構造を採用した建物には軽井沢万平ホテルと日光金谷ホテルがあるが、本多邸は個人邸として唯一の事例であり、現存する3軒目の建物となる。
一般的に木造で耐震性を高めるには柱を太くしたり、耐震壁を増やすなどの方法があるが、久米式耐震木骨構造は小柱を束ねるという非常にユニークな方法だ。5cm角ほどの小柱を束ねた組柱の間に梁や貫などの横材を通し、ボルトで締める。組み上げた構造は、まるで鳥かごのようだ。細い材を使うことで、耐震性を高めると同時に軽量化を図ることが可能に。さらに、細い材は入手しやすく、無駄なく木を活用することができる。プランニングの自由度も高く、当時としては画期的な構造システムだった。
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現代の技術で新たな命を吹き込む
改修前には建物の調査を実施。特に大きな傾きや亀裂もなく、耐震性を保っていたことも確認された。改修にあたって関西大学の協力のもと、原寸で構造実験を行い、現在の耐震基準を満たすよう、この構造を活かした補強方法を久米設計が考案した。
また、背後の山から流れ込む湿気が木材を老朽化させていたことから、屋根裏で暖められた空気を床下へと循環させる熱循環ダクトを採用。全面的に断熱工事も行い、環境性能も向上させている。
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オリジナルの意匠を緻密に再現
驚くことに、すべての図面だけでなく、久米と本多がやり取りした手紙まで残されていたという。オリジナルでは窓のステンドグラスや階段の手すりのデザイン、天井まわりのモールディングなど、本多が欧米を周遊した際に見たデザインが随所に表現されていたが、80年の間に改修が行われていたため、創建当時のオリジナルに戻すべく改修が行われた。
抜けていた1階の床やポーチの天井など老朽化が進んでいた部分は新調し、建具や家具、仕上げ材といったオリジナルが残っていたものはできる限り活用。天井のメダリオン(円形の装飾)は欠けた部分をシリコンで型取りして石膏で製作し、照明は錆びた部分だけ新しい材料に取り替えるなど既存を最大限に活かしつつ、ディテールまで緻密に再現している。一見すると、どこまでがオリジナルで、どこからが新しいのかわからないほどだ。
一方で、今後は地域の人々にも開放し、レストランや結婚式、子ども食堂など多用途に活用できるように、厨房やトイレといった設備や機器は刷新。80年以上前に久米権九郎によって設計された建物に、現代の技術と知見によって新たな命が吹き込まれた。
今後は、ルールなどを整備した上で一般公開も予定している。詳細については公式インスタグラムを確認してほしい。
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旧本多邸
神奈川県逗子市山の根2-4-17
Instagram
www.instagram.com/zushihondahouse
YouTube
www.youtube.com/@ZushiHondaHouse
※2024年7月現在、一般非公開。情報は随時SNSで公開