フランスを代表する現代アーティストの 『フィリップ・パレーノ:この場所、あの空』展を体感せよ

  • 文:長谷川香苗
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《私の部屋は金魚鉢》2024年.jpgフィリップ・パレーノ『私の部屋は金魚鉢』2024年   Courtesy of the artist ※新作 photo: Ken Kato

現代のフランスを代表するアーティスト、フィリップ・パレーノの国内最大規模の個展が箱根のポーラ美術館で開催されている。パレーノは、オブジェといったものから、音響機器、映像など、さまざまな要素が連鎖する「システム」のような展示を手掛ける作家として知られ、本展ではそんな作家の代表作である映像作品『マリリン』をはじめ、初期の作品からポーラ美術館の環境を生かしたインスタレーションまで、多岐におよぶ彼の実践を多面的に紹介している。

オブジェクトより、「その都度のプロジェクト」

自然と美術との共生を謳うポーラ美術館は、富士箱根伊豆国立公園内に建つ。そのため周囲の景観に影響を与えないよう建物の高さは地上8メートルに制限され、展示室は地中に埋められている。地下1階のフロアまで下ると、最初の展示室には、ヘリウムガスで満たされた魚のかたちの風船がそこかしこに浮遊している。展示室全体が『私の部屋は金魚鉢』と題されたインスタレーションだ。ここでは、来場者が浮遊する魚の風船と戯れることで作品のひとつの表象になっていく。人の動き、室内の環境は二度と同じ状況になることはないため、『私の部屋は金魚鉢』は絶えず変容し、作品に完成形はない。こうした魚の風船はパレーノの展示でこれまでも何度か登場している。

「オブジェクト(この場合、魚の風船)が重要なのではなく、その都度のプロジェクト(来場者が魚たちと関わることで生まれる毎回異なる現象)が大切なのです」とパレーノはかつてのインタビューで語っている。「オブジェクト」は物質としての絶対的なモノであるが、来場者の主観次第でオブジェクトに対する意味付けが変わる「サブジェクト」とも言えるかもしれない。 

《マリリン》2012年.jpg『マリリン』2012年 ポーラ美術館蔵 ※新収蔵作品 photo: Ken Kato

その隣の展示室では映像作品『マリリン』が巨大なスクリーンに上映されている。映像は世界的な女優であったマリリン・モンローが1955年に映画撮影中に滞在していたニューヨークのホテル、ウォルドーフ・アストリアの室内を舞台に撮影されている。「壁は壁紙で覆われ、ソファには枕がふたつ置かれ、デスクを照らす真鍮のランプ、黒電話が置かれ……」と室内の設えについて感情のこもっていない語り口で語られていく。そして、ホテルのステーショナリーの上を、ロボットアームのペンの文字が走る。いずれもマリリンの所作を学習したAIが生成したものだろう。

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なにがリアルでなにがフィクションなのか

パレーノはマリリンについてこんな話をしていた。

「マリリンは自身のイメージに押しつぶされ、死んだのだと思います。マリリンという世間がもつ偶像の裏で彼女は常に自分をつくり上げる必要があったのでしょう」

つまり、当のマリリンは世間が期待するペルソナを生成し続けていたのであり、誰も素顔のマリリンを知らなかったかもしれない。とすれば、AIがマリリンのペルソナを生成することで表象された本展の映像作品も同じようにマリリンと言えるかもしれない。そしてその映像には奏者のいないグランドビアノが奏でる音楽が併走する。なにがリアルでなにがフィクションなのか、パレーノは見る者に問いかける。映像が終わると、暗い室内のブラインドが上がり、ガラス壁の外に置かれたモーター駆動のミラー作品『ヘリオトロープ』が現れる。

《ヘリオトロープ》2023-2024年.jpg『ヘリオトロープ』2023/2024年 Courtesy of the artist and Esther Schipper, Berlin/Paris/Seoul photo: Ken Kato

月面探査機を思わせる姿のミラー装置は、太陽光を求めて首を動かしながら、光を反射して室内を照らし出す。太陽光だから、セレブリティに向けられたカメラのフラッシュライトのようなまぶしさで、直視すると目を傷めそうになる。『マリリン』も、『ヘリオトロープ』も、それぞれ、パレーノの他の展覧会で何度か登場してきた要素だ。こうした同じ構成要素が繰り返し登場することについて、パレーノは「それぞれの要素は楽譜の上の音符のような存在。同じ音符でも、組み合わせが異なれば別の音楽になる」と話す。

実際、『マリリン』と『ヘリオトロープ』が組み合わせられたのは初めてだ。それはポーラ美術館の環境から導き出されたという。

「北向きの展示室なので、反射鏡を置くことで南から来る太陽光を室内に反射させようと思ったんです」。太陽の高さや上る方角は、一日の時間帯、そして夏と秋では変わってくる。12月1日までの会期中には部屋に差し込む光も刻々と変わるだろう。通常はこの展示室に入り込まない太陽光を、人が制御して室内に取り込む一方で、人が制御できない季節や時間が移ろう。こうした条件の連鎖によって作品は生まれるのだ。

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作家の思考の連鎖に、鑑賞者の思考の連鎖を重ねて

地下2階の展示室では、コウイカが主人公の映像作品『どの時も、2024』が展示されている。コウイカは目にしたイメージを自らの皮膚の上に再現する高度な擬態能力を持ち、高い知性を兼ね備えているといわれている生命体。であるにもかかわらず、寿命はわずか2年ほど。コウイカの映像とともに、さまざまな細胞や卵子など、異次元を思わせる光景を高解像度で織り交ぜた映像は、我々が認識することの少ない命ゆえに、リアルな生命体なのか、CGで生成されたイメージなのか、判別がつきにくい。

パレーノの作品には映像表現が多くみられるが、それは、「人の日常のすべての営みは、つながりながら生まれるもの。作品は、そうした思考の連鎖から生まれるもの」だから。パレーノの思考の連鎖に、自分の思考が連鎖するとき、どんな鑑賞体験が生まれるのか、展覧会で体験してほしい。 

《どの時も、2024》2024年_2.jpg『どの時も、2024』 2024年 ※新作 Courtesy of the artist 

『フィリップ・パレーノ:この場所、あの空』

開催期間:開催中~2024年12月1日
開催場所:ポーラ美術館 
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285 
開館時間:9時~17時 ※入館は閉館の30分前まで
会期中無休
料金:一般¥2,200
www.polamuseum.or.jp/sp/philippe-parreno