石川九楊が切り開く、前人未踏の新たな書の世界。上野の森美術館にて「石川九楊大全」が開催中!

  • 文&写真:はろるど
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「石川九楊大全」 展示風景。会期を前期と後期のひと月ごとに分け、展示作品を全面的に入れ替えた、2つの異なる展覧会として実施される。

「書とは文字を書くのではなく言葉を書くもの」として、現代における書の美を追究し、言葉と格闘し続けてきた書家の石川九楊(いしかわ・きゅうよう)。1945年に福井県にて生まれ、学生の頃より学生書壇の中核メンバーとして、既成の書壇の限界を超えるような実験的作品を制作すると、卒業後も会社員生活のかたわら制作研究活動を続けていく。そして1978年の退社とともに石川九楊研究室を設立し、37歳にて作品100点による初個展を開き、書家としてデビューを果たす。以来、自ら「書に親しむこと75年、書に溺れること60年」とも語る、実に長きにわたるキャリアにて、2000点を超える作品を精力的に制作してきた。

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『李賀詩 感諷五首』(五連作)1992年/李賀詩の主題を「涙」ととらえた石川は、東アジア特有の美学であるニジミを過剰なまでに多用し、作品として表している。作品の前にしばらく立っていると、紙から墨が滲みだし、空間を侵食していくような錯覚にとらわれる。

上野の森美術館で開催中の「石川九楊大全」では、書作品2000点から選び抜かれた300点あまりを、前期【古典篇】と後期【状況篇】に分けて紹介。このうち前期【古典篇】では、1980~90年代、先鋭的な表現を追求してきた石川が「余裕をもってテキストに取り組むべく、古典に一旦退却しよう」として、日本の「歎異抄」や「源氏物語」、それに中国唐代の夭折の天才詩人・李賀の詩など古典に取り組んだ計100点の作品が公開されている。1階の「〈第二室〉 長安に男児あり。二十にして心すでに朽ちたり(李賀)」における、ともに超大作の『李賀詩 感諷五首』(五連作)と『贈陳商』(十七連作)が、空間を支配するように向き合う圧巻の光景には思わず身震いしてしまう。

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左から『源氏物語 I 葵』、『源氏物語 I 花宴』ともに2008年/ひとつとして同じ表現の見られない『源氏物語書巻』。「桐壺」にはじまり、本文のない「雲隠」、そして「夢浮橋」へと至る全五十五帖が、ぐるりと展示されている。
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『萬葉歌四首』2010年/石川の作品は、東京都現代美術館にて開かれた『ドローイングの可能性』(2020年)にてアンリ・マティスなどともに展示されるなど、現代アートの領域からも高く評価されている。

「源氏を書かないと日本古典文学を書いたことにならない」と語る石川。源氏物語五十四帖に、表題だけで本文のない光源氏の死を表わす「雲隠」帖を加え、7ヵ月をかけて書き上げたのが、『源氏物語書巻』全五十五帖だ。「夕顔」では物の怪の徘徊するイメージを物語文に重ねて記述し、「葵」では痴れ喧嘩の風景を斜めに走る筆画の微動で再現している。また『萬葉歌四首』とは、萬葉仮名、つまり古代の日本で日本語を表記するため表音文字として用いた漢字を、一文字ずつマス目状に書いて萬葉集の世界を表したもの。線がリズミカルに連なってさまざまななかたちが現れる姿は、現代アートをも連想させる。この他、石川自身が制作のターニングポイントとなったとする『歎異抄 No.18』も必見の作品といえる。

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『歎異抄 No.18』1988年/現代の抽象絵画や古代の象形文字など、無限のイマジネーションが感じられるような作品。なお本作の一点一画を計測、解析、数値化し、プログラムにより譜面化。作品に書き込まれた音をとりだし、弦楽四重奏と電子音楽の2のバージョンで演奏するコンサートが、6月14日に開催された。

後期【状況篇】では、若き日の代表作「エロイ・エロイ・ラマサバクタニ」をはじめとする1960年代後半から70年代の初期作品から、2000年以降に現代社会の混沌と病理をえぐる最新の自作詩などを公開。新型コロナウイルス蔓延下に制作された『「全顔社会」の恢復を願って』やロシアによるウクライナ侵攻など、ヨーロッパでの戦争について書いた『「ヨーロッパの戦争」のさなかに──人類の未熟について』など、書で時代を書いてきた石川が、世界の時事問題と向き合った作品を見ることができる。「『書』と聞いて習字や書道展の作品ではなく、筆記具でしきりに文章を綴っている姿を思い浮かべてほしい」とする石川。書の常識をくつがえし、筆先と紙の摩擦によってスリリングに展開する筆触のドラマを、「石川九楊大全」にて目の当たりにしたい。

『石川九楊大全』

開催場所:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
開催期間:2024年6月8日(土)~7月28日(日)
 前期【古典篇】 遠くまで行くんだ :2024年6月8日(土)~6月30日(日)
 後期【状況篇】 言葉は雨のように降りそそいだ:2024年7月3日(水)~7月28日(日)
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