ここ10年ほどの間に、ミュージカルは日本人にとってより身近なエンターテインメントとして受け入れられた感がある。そうした変化をもたらした立役者のひとりが、幼い頃から歌をこよなく愛し、12歳でミュージカル俳優としてデビューした山崎育三郎だ。
「20代まではミュージカル以外は興味がなくて、『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『エリザベート』『モーツァルト』の4作品に出演するという目標を叶えました。でも当時の日本ではミュージカルがエンタメとして少し孤立しているように感じていたんです。ファンは大勢いらっしゃるけど、海外に比べると敷居が高くて。ならば、もっと身近なものにするために自分がメディアに出ていって、架け橋みたいな存在になりたいと思ったんです」
そう回想する山崎は、ミュージカル界で絶大な人気を確立していたにもかかわらず、30代を前に一念発起して他のメディアに進出。「ミュージカルの仕事を断って飛び込んだので、周囲にも反対された」と話すが、賭けは吉と出た。ドラマや映画に続々出演し、バラエティ番組の司会に起用され、ラジオのパーソナリティを務めるなど活動の場を大きく広げ、マルチな才能を存分に開花させた。
「ミュージカル俳優は、歌って、お芝居をし、ダンスを踊れる上に、喋らなければならない機会が多いのでトークもできる。トークの面を活かしてバラエティをやり、お芝居の面を活かしてドラマや映画に出て、歌の面を活かして歌手活動をするというふうに、ミュージカル俳優のさまざまな側面を活かしてきた感覚があります。そこで得た経験がミュージカルにも還元されているし、『下町ロケット』で僕を見たとか、いろいろなことをきっかけに初めてミュージカルに来たという声も多くなった。僕以外にもミュージカル俳優が他分野に挑戦する機会も増えて、シーン全体がすごく盛り上がっている気がしています」
38歳になった今年、山崎は原点回帰であり新たなターニングポイントになり得るアルバム『The Handsome』を発表した。
もとをただせば、小椋佳が企画した「脚本も音楽も振り付けも日本でつくられた」ミュージカルでデビューし、いつか同様の作品に立ち返りたいと考えていたという山崎。ここにきて「オリジナル・ミュージカルのようなアルバムをつくる」というアイデアに端を発する、物語仕立ての異色作を完成させた。プロデューサーは音楽界ではなく演劇界から、演出家・劇作家の根本宗子を起用。物語の内容も、彼女の想像力に委ねた。
「根本さんは、同世代の日本人ではダントツに才能がある演出家だと思いますし、まるで舞台の稽古場にいるような演劇的な説明をしてくれて、僕にはやっぱりすごく理解しやすかったですね」
ファンタジー要素があるほど、楽曲もバラエティも豊かになる
根本から与えられた役どころは、ずばり“ハンサム”という名のこの世で最もハンサムな結婚詐欺師。ミュージカル界のプリンスと呼ばれる彼におあつらえ向きのキャラクターと言えなくもない。
「山崎育三郎と結婚詐欺師の組み合わせにピンときたと根本さんは言っていましたが(笑)、ミュージカルの場合、こういうファンタジー要素を含んでいるほうがドラマティックにいろんな世界に飛んで行けるし、飛躍したキャラクターを主人公にすることで楽曲のバラエティも広がるんです」
実際本作にはOKAMOTO,Sや大森靖子らが多彩なスタイルの楽曲を提供。音楽大学で声楽を学んでいた時から、いわゆる耳コピではなく譜面を見て歌うことに慣れていた山崎は、今回も譜面を用意することでこれらの曲を自分流に解釈。詐欺師でありながら初恋の相手を一途に想い続ける複雑な設定の人物を、ときにユーモラスに、ときに挑発的に、ときにセンチメンタルに演じ切った。
「ハンサムは悪いことをしているけど、初恋の相手と一緒になるんだという勝手な思い込みが、生きる支えになっていた。でもそれを失った時に、ボロボロになってしまう。すごく繊細だし、人間くさい振り幅がある面白いキャラクターだと思うんです。今後ミュージカルとして上演されるかもしれないし、ドラマ化や映画化されるかもしれません。僕は日本生まれの作品で日本のミュージカル界を盛り上げるという理想を描いているので、今作に限らずオリジナルにこだわっていきたい。いまは、そういうことにチャレンジする次のステップに自分がいるように感じています」
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WORKS
アルバム『The Handsome』
4月に発売した6年ぶりのオリジナルアルバム。ロックに始まりファンクやブルースからジャズまで多彩なジャンルの楽曲を歌いこなし、鮮やかにアンチヒーロー像を描き出す。幾田りらがゲスト参加した曲も。
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ミュージカル『トッツィー』
今年1月に上演された、ミュージカル俳優としての最新主演作。1982年公開の同名の映画をベースとし、既にブロードウェイで大ヒットした作品だ。山崎は、女装することで人気スターになってしまう男性俳優を演じた。
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TV番組『おしゃれクリップ』
20代前半からディナーショーや舞台挨拶で磨いてきた話術を活かし、2021年10月の放映開始時から井桁弘恵とMCを務めるバラエティ番組。毎回各界からゲストを招きトークを繰り広げる。日本テレビ系列で毎週日曜日放映。
※この記事はPen 2024年7月号より再編集した記事です。