グラフィック・空間・映像・アートピースなど、さまざまなアプローチで制作活動を行うアーティストYOSHIROTTEN。
この連載は「TRIP」と題して、古くからの友人であるNORI氏を聞き手に迎え、自身の作品、アート、音楽、妄想、プライベートなことなどを織り交ぜながら、過去から現在そしてこれからを行ったり来たり、いろんな場所を“トリップ”しながら対談します。
これまでさまざまなYOSHIROTTENの活躍の場を紹介してきた、本連載。連載スタート当初は、YOSHIROTTENの好きな蕎麦屋に行こうなど話していたものの、なかなか外ロケの取材が実現せず…。記念すべき初めてのロケ取材は、YOSHIROTTENが20代の時に就職した会社「POSITRON」の代表・土井宏明さんの個展へ。土井さんの個展の話はもちろんのこと、YOSHIROTTENとの思い出話、そしてふたりの共通点である未来についてディープにトーク。
——本日は、6月14日から始まる土井宏明さんの個展「OFF WORLD」@QUIET GALLERY TOKYOにやってきました。
YOSHIROTTEN:なんだかんだ初めての外での取材になりますね。
ノリ:そうですね。よろしくお願いします。
土井:よろしくお願いします。
——20歳の時にYOSHIROTTENが就職した会社が、土井さんのデザイン会社「POSITRON」ということで、おふたりの関係はもう20年以上に渡りますかね。
YOSHIROTTEN:そうですね。僕が当時デザインの専門学校に通いながら、音楽会社のデザインセンターでインターンをしていたのですが、ほとんどの仕事がコピーを取ったり、外注先のデザイナーのオフィスに色校を持っていくことでした。その中で、「POSITRON」にも同じように色校を持っていって、オフィスを見た瞬間にここで働きたいとビビッときて。届け物を渡すだけだったのに、気づいたら「ここで働きたいです」と土井さんに直接伝えていました。
土井:当時は、THE MAD CAPSULE MARKETSやm-floなどCDジャケットデザインを手掛けていた頃だったね。働きたいというYOSHIROTTENに対して、「それじゃあ、ポートフォリオ持ってきて」といったら、本当にポートフォリオ持ってきて、最終的に5年間も事務所で働いてくれましたね。
YOSHIROTTEN:「POSITRON」に入りたい一心で、自分の好きなテイストの中から、土井さんが好きそうなSFやロボットの要素をたくさん入れ込んだポートフォリオを作りました。いわば、「POSITRON」用のポートフォリオというか。
土井:それはいま初めて聞いた。でも、精緻な熱量のあるコラージュのようなグラフィック作品で、かつ、自分のツボるネタが満載だったことは覚えています。
ノリ:でも「POSITRON」用のポートフォリオといえども、ふたりの個人的な好きなツボで似ているところがありそうですよね。
土井:そうだね。同じDNAというか。でも僕の場合は、パンクとポップアートとおもちゃで出来ているから、YOSHIROTTENの場合はちょっと違うかもしれないね。
YOSHIROTTEN:当時、事務所ではいろんなインディーズの70年代の音楽もかかっていて、クリエイティブディレクターの和田さんや土井さんにもいろいろな音楽を教えてもらいました。仕事以外にも、過去にあったカルチャーをたくさん教えてくれた場所でしたね。
土井:真面目にアートの話をする場面もあったよね。
ノリ:アートだと、どのようなアーティストや作品に影響を受けているんですか?
土井:アンディ・ウォーホルなど初期のポップアート、あとイギリスのセックス・ピストルズのグラフィックワークをつくったジェイミー・リードにも影響を受けました。かなり昔にパルコで彼が展示会をしたことがあって、当時学生だった自分はレセプションに入れるわけもなく、会場の前をうろうろしてから帰りにエレベーターに乗ったら、本人が乗っていて。急いで革ジャンを脱いで、エレベーターの中でサインしてもらったのが思い出です。
一同:すごい、貴重なサイン…!
——今回の個展を開催する経緯についてお話し伺いたいです。
土井:自分の関心ごとの中心にあるSFをテーマに、どこかで展示を発表したいという気持ちは常にあって、今回 QUIET GALLERYのオーナーの伊波くんと話す中で実現に至りました。昔のSFで描かれていたような生成AIなどが急速に普及して、すごいスピードでテクノロジーが進化してますよね。当時、予言していた未来のイメージがまさに形になってきている、いまのタイミングで展示したら面白そうだなと思って。やっぱり先のことを考えることって楽しいし、アートも然り、未来のことを先にもぎ取ることって面白いですよね。
ノリ:作品はすべて印刷ですか?
土井:色は自分で手で塗っています。ブラックの部分は、シルクスクリーン一版。10点展示するキャンバスは荒々しい印象だけど、他のプリント作品30点は、精緻なグラフィック作品になっています。あとは、ホログラムペーパーの作品も4点展示するので、合計で40数点。
ノリ:キャンバス作品に書いてある言葉の意味が気になります。
土井:フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の中で、貧困層は本物ペットを飼えないので機械のペットを飼うんです。このキャンバス作品は、その機械ペットショップの広告やカタログをイメージしています。ディックが犬を買ったペットショップの名前が「ラッキー」という名前だったので、「ラッキー・シープ」という名前にしてみました
ノリ:「Enjoy Techno-Dystopia」というスローガンの作品もありますね。
土井:AIが人間を超えるような技術的特異点をまもなく迎える今の時代は、SF映画的にはワクワクする状況だけど、一方で、社会的には人間が仕事を奪われるようなネガティブなディストピアとしても捉えられがちですよね。そこもあって、Enjoy Techno-Dystopiaというメッセージを展示には込めています。進化の道筋は止めることはできないので、それなら楽しんでいきたいなと思いますし。もしかすると、この先、人間とコンピューターが一緒になって、チップを身体に入れたり、人間がデータの中に入り込みさらにその先は他惑星種として生きている可能性だってあるわけだから、いまの常識では未来について判断はつかないですよね。だからこそ夢を持っておきたい。
ノリ:土井さん、Youtube動画の「全地球史アトラス フルストーリー」って知ってますか?
土井:初めて聞きました。動画?
ノリ:太陽系の誕生、地球の誕生を経て、生命の誕生、そして生命の進化など地球の何億年にもわたる歴史を俯瞰して紹介している1時間くらいの動画です。最後、地球の未来について話している件で、まさに地球以外の次の住む場所を探しにいくようなエンディングで終わるんです
土井:僕の好きなGodfrey Reggio(ゴッドフリー・レッジョ)による「Koyaanisqatsi(コヤニスカッツィ)」にも似ていますね。これは82年に製作されたドキュメンタリー映画で、アメリカの成長期をいろいろな年代や事象に基づいて、とにかくハイウェイや街の風景などをタイムラプスで撮影しているものです。淡々と撮っているのですが、時間の経過もあってダイナミックに感じる作品です。
YOSHIROTTEN:去年観たAmazon Prime Videoのドラマ「アップロード ~デジタルなあの世へようこそ」も面白かったです。人が死んでから、脳だけが生き続けるような世界を舞台に、VRを通して現実世界に生きる人々と死者たちが、会話もできるし、セックスも子供も作れるようなストーリーが描かれています。そこで出てくることが、下手するともう少し先で起きるんじゃないかって思うくらい。そもそも、ストーリーの最初の展開が、主人公が自動運転車の事故から始まっていて。
土井:ありありだね。面白そう。最終的な人間の形って、肉体を離れて観念みたいなものが宇宙空間に浮遊するんじゃないかなと思っていて。そのうち時間の概念もなくなるかもしれないけど、それだと退屈だから意図的にバーチャルロールプレイングみたいに1回あの世に行く、1回戻ってくるみたいな選択ができるようになるんじゃないかな。
YOSHIROTTEN:選べるようになるんですかね。
土井:データをクラウドにアップロードするように、自分の魂もクラウド保存できるようになるんじゃないかなって…どんどん変なこと言ってる?(笑)
ノリ:いや、面白いです(笑)。自分の行きたいタイミングでいろいろな次元を行き来できて、帰ってこなくなっちゃう人がいたりとかですよね。「ブラックミラー」でもたしかそういうエピソードあったはず。そういえば、展示のタイトルの「OFF WORLD」は、どのような意味があるんですか?
土井:これは映画『ブレードランナー』の劇中に、アドバルーンのような巨大な宣伝ドローンが飛んでいるんだけど、そこに書かれている言葉。一瞬しか映らないんだけど。酸性雨が降り注ぐLAから飛び出て、安全で楽しい他惑星で生活しようという惹句として使われていました。
ノリ:作品にあるいろいろな言葉の意味が気になってきちゃいますが、「UBIK」の意味はなんでしょうか?
土井:これは1992年を舞台にしたフィリップ・K・ディックのSF小説のタイトルです。この小説の中で、さっきの「アップロード」の話じゃないけど、退行現象を唯一止められるものとしてスプレー缶が登場するんです。『UBIK』は映像化されていないけど、ディックの作品の中では最も読みやすいと言ってもいいものです。ネットに相関図のようなものがあると思うので、それを追いながら読むとさらに面白いですよ。ぼくの作品名は『U31K』ですけど。
YOSHIROTTEN:映像化したものってどのくらいあるんですか?
土井:たくさんあります。『ブレードランナー』が有名だけど、『トータル・リコール』や、トムクルーズが主役を務めている『マイノリティ・リポート』とか。『マイノリティ・リポート』は、いまや実現されそうな、デスクトップが空中に浮かんでいてスクロールするような未来像から始まっていますね。
YOSHIROTTEN:最近、初めてその技術を体験する機会があったのですが、目だけでクリックするのが面白かったです。目がカーソルになっていて、瞳孔や視線の動きを捉えていて。
土井:人気マンガ『宇宙兄弟』の中で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病の治療薬開発を目指す、せりかという宇宙飛行士が登場します。その病気では徐々に全身の筋肉が効かなくなって、最後は眼球しか動かなくなるらしいです。この難病の治療研究のために、『宇宙兄弟』は「せりか基金」を立ち上げているんですが、そこの支援者でもあり、僕の友達であるALS患者で、WITH ALS代表のクリエイター・武藤将胤さんが使っている車椅子には、まさにそうした瞳孔や視線で言葉を選んで音声発信する機械がついていて、軽々しく言っているように聞こえますが、超先端テクノロジーで、機能的ですごくかっこいいんですよね。
ノリ:知らなかった。彼を密着したドキュメンタリー映画が「NO LIMIT, YOUR LIFE」。
土井:「せりか基金」を通して、たとえば武藤さんの友達が海外で挙式をあげる時に、武藤さんが行けない代わりにロボットなりアバターを代理で参加することとかも無理なく実現していたり。そういう技術発展もどんどん実現していけばいいのにな、と思うよね。ポジティブに捉えられないようなスピーディーな進化もあるけれど、捨てたもんじゃないような細い希望もあるんじゃないかなって信じていて。
ノリ:テクノロジーの周りにある不穏さも好きですか? ディストピア的な感覚というか。
土井:絶望的な怖いものって、見る体力や気力も必要じゃないですか。自分の作っているものは、どちらかというと禍々しいものかな。
ノリ:イギリスの「Tate Britain」で開催されていた、《RUIN LUST》という展覧会のことを少し調べていて、そこで「廃墟好き」みたいな趣味というかテイストが18世紀くらいからあったと知って、面白いなと思ったんですよね。教えてくれたのは友人のイギリス人アーティスト・Russell Mauriceで。彼が、日焼けしたプラスチックに何故か惹かれるという話をしていて。実際にそういうもので作品も作っていて。彼は「ポストアポカリプス」という言葉を使っているのですが、破滅した後の世界を想起させる感じが好きみたいなんです。決して世界が本当に破滅したほしいとは思っていないんだけど、なぜかそうした退廃したものに惹かれる感覚が自分の中にあるって話していて。対象は違うけど、土井さんの話と通じるとこあるなーと思い出しました。一般的にはネガティブなものが琴線に触れてしまう、というか。
土井:僕もその感覚は共感できるな。
ノリ:プラスチックって環境問題的にはネガティブなものですが、未来を想像すると、もしかしたら数千年後には過去を思い出す宝石のような愛おしさも持ったものになるのかなって。
土井:ダイヤモンドとかも、元はといえば、研磨してキラキラに見えて人間的には価値があるように見えるけど、宇宙人からしたらどう見えるかわからないですよね。
YOSHIROTTEN:僕の「SUN」という作品もモチーフは太陽なんですけど、インスピレーションは地球のマントルの下にシルバーの海が広がっていると言われている話から広がっていきました。地球の中心からみて、内核、外核、さらにマントルがありますよね。「SUN」では、マントルを越えたところにあるシルバーの太陽に映り込んだ毎日の景色を描いていて。インスピレーションとなった諸説をもとに、研究者が予想するイメージ図を見ると、まさにキラキラと光っていて。もしかしたら、数百年後の地層から、地球にあったプラスチックがマントルを越えて流れてくるかもしれない。地球では価値がなかったものが、ここでは価値のあるものになるのかもしれないなと、いま話を聞いていて想像してました。ぜひSFや未来の話をしに、土井さんの展示にみなさん遊びにきてください。
土井宏明 『OFF WORLD』
会期:2024年6月14日(金)〜7月14日(日)
会場:QUIET GALLERY(クワイエットギャラリー)
住所:東京都千代田区神田神保町1-52-12 1F-2F)
開場時間:14時〜19時(木、金) 13時〜19時(土) 13時〜18時(日)
休館日:月〜水
www.quietgallery.net
アーティストYOSHIROTTENの「TRIP」
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グラフィックアーティスト、アートディレクター
1983年生まれ。デジタルと身体性、都市のユースカルチャーと自然世界など、領域を往来するアーティスト。2015年にクリエイティブスタジオ「YAR」を設立。銀色の太陽を描いた365枚のデジタルイメージを軸に、さまざまな媒体で表現した「SUN」シリーズを発表し話題に。24年秋に鹿児島県霧島アートの森にて自身初となる美術館での個展が決定。
Official Site / YAR
1983年生まれ。デジタルと身体性、都市のユースカルチャーと自然世界など、領域を往来するアーティスト。2015年にクリエイティブスタジオ「YAR」を設立。銀色の太陽を描いた365枚のデジタルイメージを軸に、さまざまな媒体で表現した「SUN」シリーズを発表し話題に。24年秋に鹿児島県霧島アートの森にて自身初となる美術館での個展が決定。
Official Site / YAR