連載「腕時計のDNA」Vol.7
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
前身のホイヤー社は、クロノグラフのリーディングブランドであり、精細な時を計測する技術はサーキットでの圧倒的なプレゼンスを誇った。80年代に持株会社のTAG(テクニーク・ダバンギャルド)の資金援助を受け、タグ・ホイヤーになって以降、さらにアバンギャルドを追求し、ブランドの個性を研ぎ澄ませる。クオーツ全盛期にはダイビングへの進出やモータースポーツの隆盛と歩みをともにし、スポーツウォッチとして盤石の地位を確立。現在はLVMHのウォッチ部門の中核をなす。こうしたスポーティとアバンギャルドのDNAは既成概念に縛られず、時計界のヒエラルキーにも収まらない。だからこそどんな高級時計が隣に並んでも、決して気後れしない。いつの時代も男心を刺激し、誇らしく自己主張するのである。
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新作「タグ・ホイヤー モナコ スプリットセコンド クロノグラフ」
進化を続ける角形ケースの革命児
今年誕生55周年を迎えた「モナコ」は、世界初の自動巻き式クロノグラフムーブメントを搭載したエポックメイキングであると同時に、映画『栄光のル・マン』でスティーブ・マックイーンが着用したことでも知られるレガシーだ。角形ケースでは初の防水性を備えた革新性は、以降受け継がれ、世界初のベルト駆動採用の「V4」や、ムーブメントを四隅のショックアブソーバーで支えた「トゥエンティフォー」などブランドのアバンギャルドを象徴するコレクションに位置づけられる。新作では「ONLY WATCH 2023」に際して発表され、レギュラーモデルでは初になるスプリットセコンドクロノグラフが登場した。
ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエとのコラボレーションから生まれたキャリバー「TH81-00」は、毎時3万6000振動のハイビートに加え、フルチタンにより自動巻き式クロノグラフムーブメントでの中で最軽量を誇る。開発を指揮したのは、ユリス・ナルダンやカルティエで辣腕を振るい、2020年にブランドのムーブメントディレクターに就任したキャロル・カザビ。そして先進性を誇示すべく、チタンケースのモデルには、風防、ケースバック、サイドウインドウにケースと同量のサファイアクリスタルを用い、軽量とシースルー化を両立した。それは、時代のスピードを刻み続けてきた名門の新世代の訪れを予感させるのだ。
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定番「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」
4代目創業者が生み出した歴史的名作
モナコと双璧をなす、ブランドの支柱となるコレクションが「カレラ」だ。1963年に誕生し、昨年60周年を迎えた。その名は、メキシコを縦断した50年代の伝説の公道レースである 「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」に由来し、ブランドとモータースポーツを結びつける大きな起点となった。開発を手がけたのがジャック・ホイヤーである。その名が示す通り、創業家の4代目に当たり、激動の時代を率い、現在の躍進を方向づけた偉才だ。もともと電子工学を学んだエンジニアであったことから先端技術にも強い興味を抱き、大胆な発想はウォッチメイキングばかりでなく、時計業界初のアンバサダー採用など多岐に渡って発揮されたのである。
新作のカレラは、ジャックが手がけた初代オリジナルにオマージュを捧げる。スモールセコンドを控えめに配し、アイコニックなツーカウンターのパンダ顔を再現。フェイス全面をサファイアクリスタルで覆うグラスボックスの採用で、タキメーターを外縁に備えながらもスッキリとしたレトロテイストに仕上げた。ややサイズを抑えた39mm径も腕に馴染むのだ。その一方で内蔵する最新鋭の自社キャリバー「TH20-00」は、現在のスタンダードムーブメントである「ホイヤー02」の進化版であり、信頼性の向上と両方向巻き上げ式への改良などが大幅な刷新が行われている。
全体から伝わってくるのはジャック・ホイヤーへの深いリスペクトだ。その存在はいまも礎であり続け、継承する強い意志がブランドをさらに前進させる。
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通好み「タグ・ホイヤー コネクテッド キャリバーE4 ゴルフエディション」
時計ブランドでいち早く参入
いまではすっかり定着したスマートウォッチの元年は2015年とされる。アップルウォッチの発売年だ。スイス時計産業が戦々恐々とその動向を推し量るなか、いち早く動いたのはやはりタグ・ホイヤーだった。同年のバーゼルワールドでグーグル、インテルというデジタルの両巨頭との共同開発を発表し、年内にはスイス高級時計初のコネクテッドウォッチが誕生したのだ。
あえてスマートウォッチではなく「コネクテッド」と名付けたのは、それがあくまでも時計としての本質は維持しながらデジタルの機能を追加したものであり、スマートフォンと連携し、デジタルデバイスとして機能するスマートウォッチとは明確に異なるという意思表示でもあった。
そのコンセプトに従い、デザインや操作性、装着感は時計の文脈にある一方、デジタルの技術革新に伴い、17年には早くも第2世代を発表した。デジタル機能のアップデートはもちろん、外装のカスタマイズを可能にし、希望すれば機械式ムーブメントへの有償換装も設定したのだ。さらに世界のサーキットやゴルフコースのデータを網羅した専用アプリケーションを開発するなどソフトでも強化を続け、20年にはいよいよ第3世代へと進化を遂げたのである。
ゴルフエディションは、軽量チタンケースにセラミックベゼルを備えたスタイルに加え、リューズやプッシュによる操作性はまさに時計そのものだ。世界中の約4万のゴルフコースのハザードや距離が追跡でき、ゴルフボールのディンプルパターンをあしらったストラップにも気分が高まる。もちろんコースを離れればスポーティなカジュアルウォッチとして使えることはいうまでもない。常に時代を切り拓き、スポーティかつアバンギャルドであり続けるブランドの面目躍如である。
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新CEO就任でさらなる期待
2000年以降、現在ブルガリCEOを務めるジャン・クリストフ・ババンはじめ、時計界の巨人ジャン-クロード・ビバーや近年ではLVMHグループを率いるアルノー家の三男フレデリック・アルノーがCEOに就任した。それだけの大物をトップに据えるのもブランドが大いなるポテンシャルを秘めているからに他ならない。ポルシェとのパートナーシップや「カレラ プラズマ」などが話題を集める中、ゼニスのCEOだったジュリアン・トルナーレのCEO着任が1月に発表された。ブランドのレガシーを生かし、新たな価値と魅力につなげるトルナーレの手腕に期待はさらに高まる。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー
TEL:03-5635-7054
www.tagheuer.com
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