スイスメイドを日常に、時代を先取りしてきたティソの3本【腕時計のDNA Vol.8】

  • 文:柴田充
  • イラスト:コサカダイキ
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右上:文字盤とベゼルを精悍なブラックで統一しつつ、要所はホワイトで締め、タキメーター付きのクロノグラフでも視認性を損なわない「ティソ PR516 クロノグラフ メカニカル」 右下:トレンドのラグスポスタイルに、爽やかで洗練されたアイスブルーが際立つ「ティソ PRX パワーマティック 80 35MM」 左下:高機能の新素材フォージドカーボンに映えるイエローのビビッドカラーに70sが蘇る「ティソ シデラル」

連載「腕時計のDNA」Vol.8

各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。

ティソは1853年にスイスのル・ロックルで創設した。国内はもちろん、設立当初からヨーロッパ、ロシア、アメリカへと市場を開拓。正確で個体差の少ない時計づくりを目指し、早期に量産体制を構築した。アールヌーボー全盛の1916年には「バナナウォッチ」を発表。マシンエイジと呼ばれ、工業社会化の進んだ30年代には世界初の耐磁性時計を開発した。さらに50年代、世界的に移動手段が発達する中、初の24タイムゾーンを表示する「ナビゲーター」を手掛けた。こうした多彩なウォッチメイキングもさることながら、ティソへの高い評価はスイス時計業界で果たしてきた功績にある。

1930年にオメガと合併し、SSIHを設立。グループは世界恐慌を乗り切り、戦後はスイスの経済復興に貢献するとともに、時計産業も大きな発展を遂げたのである。70年代のクオーツ台頭の逆風にも、ロンジンやラドーを主体にしたグループASUAGと合併し、SMHという新たな組織を立ち上げた。これを指揮したのがニコラス・G・ハイエックであり、現在のスウォッチグループが誕生するのだ。ティソを語ることはスイス時計を語ること。いまもグループにおける中核をなし、実用性と品質に優れ、デザインやコストパフォーマンスも併せ持つ時計は、まさにスイス時計の象徴である。

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新作「ティソ PR516 クロノグラフ メカニカル」

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ティソ PR516 クロノグラフ メカニカル/日差±5秒の精度を維持する毎時2万8800振動(4Hz)とロングパワーリザーブを両立する。手巻き、SSケース&ブレスレット、ケース径41mm、パワーリザーブ約68時間、シースルーバック、100m防水。¥273,900

モータースポーツ全盛期の名作を"手巻き"で復活

1970年代はティソがモータースポーツに傾倒した時代でもある。50年代から既にスイス人ドライバーに愛用され、65年発表の「PR 516」はレーシングカーのステアリングスポークのパンチングデザインをブレスレットに採用した。70年代に入るとル・マン24時間耐久レースでポルシェをサポートし、F1に参戦するチーム・ルノー・アルピーヌのスポンサーになり、サーキットにその名を轟かせたのである。

新作の「ティソ PR516 クロノグラフ メカニカル」はこうしたスピードの時代をトリビュートする。ボックス型風防やプッシュボタンの形状は当時のクロノグラフのスタイルを再現。横配列のレイアウトに、ベゼルにはパルスメーターとタキメーターを並列し、白と黒でそれぞれ色分けすることで両方の機能が使えるユニークな仕様だ。3時位置の30分積算計には一部にブルーを配し、クロノグラフ積算針に用いるオレンジとのカラーコーディネートもスタイリッシュだ。

出色はあえて手巻きムーブメントを搭載したことである。内蔵するムーブメントの「バルジュー A05.291」は、「バルジュー7753」をベースにグループであるETAが改良し、新設計のバレルによって最長68時間の持続時間を誇る。さらにパワーが残り少なくなっても安定した精度を保つ。ヒゲゼンマイはニヴァクロンを採用し、磁場の影響を大幅に減らすとともに、耐衝撃性に優れた構造の最適化によって堅牢性も備える。モデル名の“PR”はParticularly Robustの略であり、まさに“特に頑丈”。日常使いのできる、時計愛好家待望の手巻き式クロノグラフだ。

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定番「ティソ PRX パワーマティック 80 35MM 」

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ティソ PRX パワーマティック 80 35MM/ニヴァクロン製ヒゲゼンマイを備えたムーブメントは耐磁性とロングパワーリザーブを誇る。自動巻き、SSケース&ブレスレット、ケース径35mm、パワーリザーブ約80時間、シースルーバック、100m防水。¥107,800

アイスブルーが映えるラグスポスタイル

ラグジュアリースポーツがトレンドになって久しい。いまや定着したといっていいだろう。1970年代前半に誕生し、当時の先進素材だったステンレス・スチールを用い、ケースと一体型でデザインしたブレスレットを備えたデザインは高級時計の世界を席捲した。ダイバーズなどの純然たるスポーツウォッチとは一線を画する、薄型でラグジュアリーなスタイルはそれまでの高級時計へのカウンターカルチャーとして若い世代に高く支持されたのだ。

ティソもこのトレンドに追随した。78年に登場した「PRX」だ。フラットでスリムなトノー型のケースに丸型の文字盤を備え、幅広の水平リンクが特徴であるブレスレットを一体化させたクオーツモデルを発表。「PRX」のPRは“Precise and Robust”(高精度かつ堅牢)を意味し、10気圧防水をローマ数字の“X”で表した。現行モデルは後に発表された自動巻きをベースに、オリジナルはケースサイドが直線基調だったのに対し、なめらかなカーブで仕上げている。格子のグリッドで仕切ったワッフル文字盤には、ファッションでも人気のアイスブルーを採用する。

こうしてみると、そのスタイルはラグスポの本家と言われるモデルに極めて近い。しかし当時多くのフォロワーが現れたことでラグスポは広く認知され、むしろ評価を上げたことは否めない。しかも一般では手に入れられない高値の花を誰もが手にすることができたのである。その状況はいまも変わらないのだろう。だからこそ「PRX」は高く支持されている。そして35㎜というケースサイズに、ただの復刻ではないジェンダーレスというモダニティを強く感じるのだ。

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通好み「ティソ シデラル」

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ティソ シデラル/独創的なクリップシステムを備えるとともにパンチング加工が施されたストラップは、容易に交換できる。自動巻き、カーボンケース、ケース径41mm、パワーリザーブ約80時間、シースルーバック、ラバーストラップ、300m防水。¥148,500

時代の先端を走った名作の最新モデル

ティソの歴史を振り返ると、常に技術革新と歩みをともにし、進取の精神を機能や素材、スタイルに注いできたことに驚かされる。1969年に登場した「シデラル」もそのひとつ。グラスファイバーを交えた新しいプラスチックをケースに採用し、軽量性に加え、熱、ショック、錆び、圧力に強く、先進素材にふさわしく、デザインも独創性を誇った。

新作「シデラル」がモチーフとしたのが1971年に登場した「シデラルS」だ。ラグレスのトノーシェイプのケースに、レガッタスタートを想定したカウントダウン機構や回転式ベゼルを装備し、ポップなカラーを纏う。ケース素材にはグラスファイバーではなく、フォージドカーボンを採用し、現代の素材技術の進化を象徴する。

文字盤にはグリーンとレッドで記されたカウントダウンゲージを配した。さらに回転式ベゼルには通常の目盛りに加え、5分刻みで10分間の目盛りを刻むことでカウントダウンが計れるというわけだ。

70年代の「シデラル」をはじめとするプラスチック素材への取り組みは、後のスウォッチ誕生へと結びついた。そして1999年に発表した「T-タッチ」で採用した、スクリーンに触れ、機能を動作させる世界初のタクタイルテクノロジーは、まさに現代のスマートウォッチの先駆けとなった。そう考えるとティソの時計は常に未来を示唆している。過去から連綿と続き、止まることなく刻み続ける時そのものだ。

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スイスメイドのこだわりを手ごろな価格で

170年以上の長い歴史を誇るティソは、手ごろな価格帯でありながら、伝統と革新の融合を具現化し、時を超えて受け継がれるタイムピースとして支持されている。昨今急騰し、手の届きにくくなってきたスイス時計ブランドでも稀有な存在だ。ブランドロゴには1978年からTのイニシャルに並んでスイスクロスが加えられた。それはスイスメイドの誇りと品質の証明であるとともに、人々の日常に常に寄り添う存在であり続ける矜持が込められている。

 

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柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。

 

ティソ

TEL:03-6254-5321
www.tissotwatches.com

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