ベトナム最後の秘境を探る、そばをめぐる冒険【後編】

  • 写真:Bùi Thanh Binh 文:山澤健治
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ドンヴァンからメオヴァクへ向かう“天空のドライブ”の果てにたどり着く、ベトナム随一とも謳われるマピレン渓谷の絶景。ニョークエ川や急斜面にあるモン族の集落を眼下に眺める。

そばの花畑の美しさも評判を呼び、アグリツーリズムの旅行先としての確固たる地位を築きあげるベトナム最後の秘境、ハザン省。そば食文化は遅々としか広がりを見せないものの、「そばの花祭り」をきっかけに、観光客向けにそばパンなどを売る露店も増えているという。そんなそば食を求めて、旅は最終章へ向かう。

ベトナム最後の秘境を探る、そばをめぐる冒険【前編】を読む

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マピレン渓谷を見下ろす峠の、ザイ族のニンさんが営む露店でひと休み。串焼きや焼き卵など素朴な美味に舌鼓を打つ。そばパンを期待したが、この日は見当たらず。

2024年1月にベトナムにおける2023年のGoogle検索キーワードの観光ランキングトップ10が発表されたのだが、ハザン観光は台湾、タイ、ヨーロッパに続く4位にランクイン。さらには、アメリカCNN選定「ベトナムの素晴らしい観光地トップ10」にドンヴァン岩石高原が選ばれたというニュースを立て続けに目にした。日本人にはまだまだ馴染みの薄い山岳地域ではあるが、アグリツーリズムの旅行先として、ベトナム国内でのハザン省の人気はもはや不動のものといっていいようだ。確かにマピレン渓谷の絶景とその石の高原で最も美しいと称される急峻な山道には心躍らせる魅力があるし、中国との国境に接するベトナム最北端のルンクー村にあるフラッグタワーのような、ベトナムの人たちにとっての「聖地」と言えるほど有名な観光地もある。そこに「そばの花祭り」で知名度を上げた、白やピンクのそばの花畑の可憐な景色が加わったのだから、ハザン人気も当然といったところだろう。

しかし、そばをめぐる冒険者としては、近年、観光客向けの露店などで目にする機会が増えたと言われる、モン族古来のそばパンやそば焼酎が気になってしかたがないのが正直なところ。そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、マピレン渓谷を見渡す峠で美味しい匂いを漂わせる露店を発見。路上に椅子を並べただけの安造りな店構えながら、「ここで前にそばパンを食べたことがあります」との松尾さんの言葉に期待を膨らませて着席すると、竹筒にもち米を詰めて焼き上げた郷土料理や野趣あふれる串焼きなど、なにを食べても美味しいではないか。しかし、肝心のそばパンやそば焼酎らしきものがどこを見ても見当たらない。この日は空振りだった。うーん、残念。ここからこの旅の目的は、そばパンやそば焼酎を味わうことになっていった。

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ニョークエ川の遊覧船クルーズで、格別な爽快感を

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峠から見下ろしていたニョークエ川は、遊覧船クルーズの人気スポット。岩山の谷間をゆっくりと進めば、想像の上を行く爽快感が味わえる。料金は大人ひとり120,000VND
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山から見下ろす景色に慣れた目には、見上げる絶景もまた圧巻だ。絶壁の至るところに棚田を見つけることができるのも山岳地帯ならでは。

ハザン省のアグリツーリズム人気を高めた要因のひとつに、道路整備の充実を挙げてもいいだろう。最後の秘境とはいうものの、道ゆく道の多くはきれいに整備されているのも印象深かった。約1500メートルのマピレン渓谷の峠から見下ろしたニョークエ川の川岸へ降りる急峻な道も、整備以前なら命懸けの道程だったのではないか。そんな想いを抱きながら、遊覧船乗り場へと車を走らせた。聞けば、やはりここに至るまでの道路は、少数民族の若者たちが、時に犠牲者を出す非常に過酷な工事を行うことで開通したとのこと。付近には、この工事の記録を展示した小さな博物館も建っているらしいのだが、この旅で訪れることは叶わなかった。

それにしても遊覧船に乗り、切り立った岩山の間を抜けながら雄大な渓谷を下から見上げていると、急斜面の至るところに大小さまざまな棚田があることに気付かされる。観光のど定番ともいっていい遊覧船クルーズだったが、モン族の人がどれほどの厳しい環境でそばを栽培しているのか、その雄大な景色とともに胸に刻むことができた有意義な時間でもあった。そばパンをさらに味わいたくなったのは言うまでもない。

市場で、露店で、そこかしこで売られるそばの種

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街の市場や通りの露店を覗くたびに、かなり高い確率で豊富な農作物のなかにそばの種(玄そば)を見つけることができる。
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「そばの種」と書かれた露店の商品札が物語るように、ハザン省によるそばのローカルブランド化は着実に浸透度を増しているようだ。
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ハザンでは、家庭の数だけ農地があるといっても過言ではない。そば畑は「そばの花祭り」に合わせるように秋に最盛期を迎え、白やピンクの花絨毯となる。

そばを栽培する農家は順調に増える一方、そば食が思うように普及しない状況はすでに述べた通りだが、ハザンの人々とそばの距離は「そばの花祭り」の開始以降、着実に近くなっているのも事実だろう。そば食の普及に努めたい松尾さんの思惑とは完全には合致しないのかもしれないが、花好きのベトナム人を狙い打つように「そばの花」を前面に打ち出すハザン省の観光戦略は、もともと風光明媚な山岳地帯として人気の旅行先だったハザンの地に、さらなるツーリストを呼び込む要因になったことは間違いない。そばの花との撮影を楽しんだ人々のすべてではないにせよ、モン族ら山岳少数民族の暮らしを体験したり、ホームステイに宿泊して彼らとの交流を深めたりする異文化体験を通じて、この地を訪れた喜びを思い出にハザンを離れる人もきっと多いはずだ。

受け入れ側のハザンの人々も「ハザン省のそば」というブランドを手にしたことは、嬉しくないはずはないだろう。そばの種(玄そば)を売る露店を至るところで目にしたのだが、いつもそこにはハザン省の特産品という事実を打ち出すように「そばの種」という商品札が添えられていた。「ハザン・プライド」という言葉があるかどうかはわからないが、そんな商品札を見るたびに脳裏に浮かんできたのがいまとなっては懐かしい。

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再び訪れたクアンバで、そばビールを見つける

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旅の終わりにクアンバの休憩所で出会ったモン族のヴァンさん(左)とリンさん(右)は親戚同士だという。民族衣装なども売る露店で、恥ずかしそうに写真に収まってくれた。
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露店でそばの種とともに売られていた、ハザンのそばを原料とするビールは、ハノイにあるクラフトビールメーカーの製品。ビン、缶ともに80,000 VND

旅の終わり、クアンバの休憩所に舞い戻ると、モン族の親戚ふたりが営む売店で、そばの種とともにそばビールが売られていた。出合いと発見に歓喜の声を挙げつつ、結局この旅ではそばパンとそば焼酎には出合えず終いだった事実に改めて気づく。あれほどまでに旅の目的にしていたそば食も、冒険だと意気込んだわりには、いつしか「出合えれば嬉しいし、出合えなければまたの機会だよなあ」と悠長な心持ちになっていた自分にハッとする。と同時に、ゆっくりと歩くベトナムの人の波長と自分のリズムが重なり合ったのかなあとどこか嬉しくも感じた。我ながら不思議な感覚だった。

そう、ハザンでは時間はゆっくりと流れる。市場や路上の露店で出会った少数民族の人々は、たとえ言葉が通じなくても、急かせず、いなや顔ひとつせず、笑顔で優しく対応してくれた。少数民族が集うドンヴァン旧市街やメオヴァクの日曜マーケットでは、どれだけ人混みにいようとも、誰とも肩がぶつかることはないし、怒声を挙げるような人もいない。それは欧米から訪れたツーリストも含めてのこと。きっと彼らもハザンのリズムに心がシンクロしていたのに違いない。

なにより、人見知りもせず、目が合えば「ハロー」と無邪気に声をかけてくれた子どもたちの笑顔が忘れられない。彼らの貧しくとも凛とした優雅さには、この旅の間いつも感心させられっぱなしだった。そばの花に勝るとも劣らない美しい笑顔が、いまも心の奥に咲いている。

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そばをめぐる冒険で手に入れた、甘いスイーツの数々

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ルンクー・フラッグタワーの売店で見つけたスイーツ3品は、どれもハザン産のそば粉を生地に練り込んだもの。価格は、15,000〜150,000 VND
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ハノイへの帰路、ハザン省最後のサービスエリアで手に入れたそば粉クッキー。クランチーな食感とほのかな甘みがクセになるひと品。55,000 VND

そばパンやそば焼酎には縁のない旅だったが、ハザン省がそばに力を注いでいることは、旅のいろんな場面で感じることができた。人が集まる観光スポットには、ほぼ確実にそばの花が飾られていたし、ルンクー・フラッグタワーのような名所の売店では、ハザン省産のそばを原料とするお菓子やクッキーが(観光客価格で)売られていた。これらはすべてハザン省内でのみ流通しているものらしいのだが、販売が開始されたのはハザン政府がそばを観光資源とする方針を決めた2015年以降とのこと。松尾さんのそば畑発見の翌年、「そばの花祭り」の開始と呼応した販売戦略から生まれたものたちだ。ちなみに、そばパンもそば焼酎も商品化されてはいない。そもそもレストランのメニューに載るようなものではなく、観光客が出合えるのも運次第の代物だ。決して今回は運が悪かったとは思わないが、帰国してしばらくしてから、やっぱり味わいたかったなあという気持ちが沸々と持ち上がってきたのは、ハザンの体内時計が解かれてしまった証しなのだろうか。そばをめぐる冒険に第二幕があるならば、またあの秘境に舞い戻り、旅の続きをしたいと思う。

ハザンの文化に抱かれる、お薦めの宿3選

若いスタッフの笑顔に癒される、ドンヴァンの丘の上の宿

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モン族を中心とする若いスタッフが、色鮮やかな民族衣装を身にまとってお出迎え。いつも笑顔を絶やさない彼女たちのサービスに、いつしか心が解けていく。
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清潔で快適なバンガロー・タイプの部屋。ベトナム最後の秘境を実感させる、都会の喧騒とは無縁の穏やかな時間はまさにプライスレス。

ドンヴァンの街の中心地にある、小高い丘の上に建つ宿。モン族古来の建築様式をアイデアソースにインテリアデザインが施された宿泊施設が、ゲストを非日常へと誘う。サービスを担当するスタッフはモン族を中心とした若いスタッフばかり。夕食は敷地中央の野外スペースで提供され、オーダーに応じてモン族の歌や舞踊などが披露される。地元で採れた新鮮なハーブを使ったスパも人気が高い。

●Dong Van B&B
ドンヴァン・ビーアンドビー
住所:Alley 2, 19/5, Street, Đồng Văn, Hà Giang
TEL:+84-915-671-971
ダブル500,000 VND〜、バンガロー800,000 VND〜
(税別・サービス料なし) ※朝食別
全27室+4ドミトリー(各10ベッド)

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山腹に広がる寥廓たる敷地で、モン族の生活様式を体験する

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ユネスコに認定された石の森に囲まれた広大な敷地に、夢の世界が広がる。バンガロー・タイプの客室が斜面に林立する風景も、どこかファンタジーの世界を彷彿させる。
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明るくナチュラルな室内に蚊帳付きのベッドが置かれる、人気のバンガロールーム。各部屋に付くバルコニーからは、山の雄大な景色を望むことができる。

ハザン市の中心部から北に50kmほどのクアンバにある複合リゾート。20ヘクタールの敷地面積を誇る、ハザン省でも屈指の大きな施設内はバギーで移動ができるが、壮大な景色を楽しみながら散策するのも実に楽しい。モン族の花籠をモチーフにした独創的なヴィラやインフィニティ・プールなど、目に飛び込むのは美しいものばかり。レストランではモン族の名物料理が提供され、その美味しさも評判を呼んでいる。

●H'mong Village Resort
ハーモン・ヴィレッジ・リゾート
住所:Khu Tráng Kìm, Quản Bạ, Hà Giang
TEL:+84-219-3836-868
スタンダード1,388,889VND、バンガロー2,314,815VND〜
(税別・サービス料なし) ※朝食付
全38室+1ドミトリー(26ベッド)
http://hmongvillage.com.vn/

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村に滞在する感覚も新鮮な、地域色あふれる小さなリゾート

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日が暮れるとより幽玄な趣きを増す施設は、昔ながらのモン族の建築様式が特長。日の高いうちは、ハイキングやサイクリングなどのアクティビティを楽しむ人も多い。
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クアッドルーム(4人部屋)には、2台のキングサイズベッドが。35 m²の広々とした美的空間が快適なひと時を約束する。1室料金で1泊1,500,000 VND〜

ドンヴァンから車で15分ほど東南へ向かうと、そこはメオヴァク。その郊外のパヴィという村にこの小さな宿はある。パヴィの村自体がひとつの観光施設になっているので、宿の周りを散策すれば、さまざまなモン族の生活様式に触れることができる。ローカル色の強さは折り紙付きだ。プライベート感の強さも特筆もので、フレンドリーなオーナーのイエンさんとのコミュニケーションも含め、親密で楽しい時間を過ごすことができる。

●Little Yen's Homestay
リトル・イエンズ・ホームステイ
住所:Pả Vi, Mèo Vạc District, Hà Giang
TEL:+84-984-590-132
ダブル800,000 VND〜、トリプル950,000 VND〜
(税・サービス料なし) ※朝食付
全8室+1ドミトリー(17ベッド)
 

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