”ドラえもん”と会える日も近いかも。AIとロボットはさらなる進化へ

  • 写真:齋藤誠一
  • 編集&文:井上倫子
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世界中で愛されている“SF作品”である『ドラえもん』。このロボットを実現しようと日々奮闘する研究者に、進化するAIとロボット研究の現在地を聞いた。

Pen最新号は『いまここにある、SFが描いた未来』。SF作家たちは想像力の翼を広げ、夢のようなテクノロジーに囲まれた未来を思い描いてきた。突飛と思われたその発想も、気づけばいま次々に現実となりつつある。今特集では人類の夢を叶える最新テクノロジーにフォーカス。SFが夢見た世界が、ここにある。

『いまここにある、SFが描いた未来』
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大澤正彦 AI研究者
日本大学文理学部情報科学科准教授。2020年、慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が日本最大級の人工知能コミュニティに発展。著書に『ドラえもんを本気でつくる』がある。彼が手にするのは、ドラえもんの「ミニドラ」のように、「ドラドラ」としか答えないロボット。あえてシンプルかつ表情のないデザインにした。

誰しも一度は、SFに心を動かされ、エンジニアや研究者になることを夢見るはずだ。しかし夢を本気で叶えようとする者は少ない。

AI研究者の大澤正彦は、ドラえもんをつくることを志し、実際に研究者になったという人物だ。

本人もいつ好きになったのか覚えていないほど、幼い頃からドラえもんが身近だったという大澤。慶應義塾大学理工学部を首席で卒業してからも、友人に「大澤はドラえもんをつくるんだよな」と言われるほど、その実現だけを考えて歩んできた。

「大学4年で研究を始めるまでは、いろいろな人に会いドラえもんをつくる土台を学ぼうと考えました。世の中の価値観を知らない人がドラえもんをつくったら、正直怖いなと思って(笑)。そして、4年時にディープラーニングの研究を本格的に始めました。卒業論文ではAI研究でも難しい分野を選んでしまったなと思いますが、同時期に仲間ができたことが自信につながったと思います。脳や人工知能、それらが与える影響をテーマにした『全脳アーキテクチャ若手の会』というコミュニティを立ち上げて、いまやメンバーは2000人を超えています」

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日本大学文理学部の大澤研究室にあるドラえもんのぬいぐるみ。もちろん漫画も全巻揃っており、研究のヒントを与えてくれている。

“ドラえもん”を目指す大澤が開発するのは、のび太の相棒であるのと同様、目の前の一人ひとりにとことん向き合うロボットだ。彼の研究は、HAIと呼ばれる分野。工学だけでなく心理学や認知科学の領域も含んでいる。

「一例として挙げられるのが、『弱いロボット』です。優秀なロボットをつくっても、人間がロボットのミスに苛立ち、辛くあたることが問題になっています。ロボットが優秀だといじめられるのに対して、能力をあえて抑えた『弱いロボット』だと、愛着が湧き、人間とよい関係がつくれるのです」

ドラえもんの漫画でもそれを示唆するシーンがある。ある日、ドラえもんの代わりにドラミちゃんがやってくる。優秀なドラミちゃんは実力を発揮。このままのび太の世話をしてはどうかとセワシ君に提案されるが、ドラえもんに愛着があるのび太は「絶対に帰さない!」と拒否する。ドラえもんは完璧ではないからこそ、のび太に愛されているのかもしれない。

「HAIの研究ではロボットが人間を学び、人に近づいていくのではなく、人もロボットも歩み寄っていくことを目指しています」

そう語る大澤は、「ドラドラ」としか言えないロボットをつくった。人間は発言者の言葉の裏にある意図を汲み取りながら会話をしている。このロボットに話しかけると、「ドラドラ」としか答えてくれないが、「このロボットは、こう言っているのでは」と人が意図を汲み、コミュニケーションが成立するという。

「大量のデータを分析し完璧な言語認識をさせるよりも、言葉がわからなくてもコミュニケーションが成立する会話システムをつくって、後から言語を増やすほうが、より人間的な会話に近づくのではないかと考えています」

話題の対話型生成AI、Chat GPTは、意図を汲み取ることが苦手だ。例えば恋人に「もう連絡してこないで!」と言われたら、どう答えるのが正解なのだろうか?発言者の言葉にどんな意図が含まれるのか、人間であっても想像することは難しい。しかし、皮肉や比喩、ツンデレといった複雑な言語表現をAIが読み取れるようになる研究が、今年3月に大澤研究室から発表された。多くのデータを読み込み学習する対話型生成AIと、HAIで培ってきた他者の心や行動を予測し解釈する研究を組み合わせた研究だ。

まだ実用レベルには至っていないが、さらに研究が進めば、人間がそうであるように、AIも文学や脚本などのテキストからコミュニケーションを学ぶことができるかもしれない。となれば、ドラえもんのようにAIと人が特別な関係を築く可能性はあるだろう。

「まだ実現していないことを実現させようとすることが、研究のすごさです。研究によって、自分の夢を守る強さを得ました」

大澤は数十年先のロードマップを描き、走り続ける。ドラえもんが机の引き出しから現れる日を、心待ちにしたい。

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こちらも大澤研究室にあるドラえもんグッズ。今はまだ本棚で待機中。

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これからのAIについて

Q.今後、AIとの恋愛はできますか?

A.過去に恋愛シミュレーションゲーム「ラブプラス」の登場人物と結婚した人がいました。それ自体はAIではありませんが、現在でもAIと恋愛をすることは可能だと思います。なぜなら人間は言葉の意図を想像しコミュニケーションをするので、自分に好意があると思うことができるからです。ですが、AIとの恋愛にはさまざまな意見があり、現在は倫理的な観点からChatGPTは「私には心や感情がありません」と回答する仕様になっています。

Q.AIが人間よりも賢くなるのはいつですか?

A.シンギュラリティ(技術的特異点)という、人間を上回る知性が誕生するという仮説があり、それは2045年に訪れると言われています。15年に約2000人の研究者が集まった学会で「囲碁AIが人間を超えるのは10年後くらい」という発表がありましたが、その年に人工知能碁がヨーロッパチャンピオンに勝利しました。このように正直なところ正確な予測は難しいのです。いま言えることは予測外になることだけはわかっている、ということです。

Q.ロボットが「空気を読む」ことはできますか?

A.空気を読むとは、その場の雰囲気を察することや、相手の要求を推測し判断すること。育った環境や年齢にも左右されるので、人間でも難しいことだと思います。しかし発言者の言葉の意図を汲み取る可能性はあります。ChatGPTをはじめとする対話型生成AIは、発言者の言葉の意図を読むことが苦手です。しかし、まだ実用には至っていませんが、大澤研究室で取り組んでいるHAIの研究と統合することで、できるようになる可能性があります。

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「弱いロボット」の一例である、岡田美智男によるロボット。写真の青と赤のロボットは、ゴミの前でモゾモゾするだけ。すると人が手を差し伸べてゴミを拾い、カゴに入れてくれる。photo:ICD-LAV/豊橋技術科学大学

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