確かな演技力でお茶の間の話題をさらった、俳優・河合優実の"原点"にあるもの

  • 写真:後藤武浩
  • 文:SYO
Share:

『佐々木、イン、マイマイン』『サマーフィルムにのって』『由宇子の天秤』『PLAN 75』『ある男』――デビューから約5年、噛みごたえのある映画に次々と出演してきた若き実力派俳優、河合優実。第77回カンヌ国際映画祭に出品された『ナミビアの砂漠』も控え、さらなる躍進を続ける彼女の主演映画『あんのこと』が、6月7日に劇場公開を迎える。

幼少期から母親に虐待を受け、売春を強要され、その過程で薬物依存症になってしまった杏(河合優実)。更生をサポートする刑事・多々羅(佐藤二朗)とその知人の週刊誌記者・桐野(稲垣吾郎)と出会い、抜け出そうともがいていくが世の中はコロナ禍に突入し――。

入江悠監督が新聞に掲載された実際の事件から着想を得て書き上げた本作は、凄絶な痛みにあふれた骨太な一本。ファーストカットから杏の辛苦を体現した河合の全身全霊の熱演に、圧倒される。宮藤官九郎脚本のテレビドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)で80年代に生きるスケバン女子高生を演じ、ますます知名度が上昇した彼女に、作品の舞台裏と現在の心境を聞いた。

実在の人物を演じる、怖さに向き合った

PEN-065.jpg
河合優実 俳優
2000年、東京都生まれ。21年出演『サマーフィルムにのって』『由宇子の天秤』での演技が高く評価され、43回ヨコハマ映画祭「最優秀新人賞」、第35回高崎映画祭「最優秀新人俳優賞」、第95回キネマ旬報ベスト・テン「新人女優賞」などを受賞。22年は『愛なのに』、『女子高生に殺されたい』、『PLAN 75』をはじめ計8本の映画に出演し、第35回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞「新人賞」を受賞。その他の出演作に、『ちょっと思い出しただけ』(22)、『少女は卒業しない』(23)、『四月になれば彼女は』(24)などがある。 24年、宮藤官九郎脚本のドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)に出演。

――河合さんは別のインタビューで、「この役とモデルになった方を自分が守りたい」という発言をされていました。『少女は卒業しない』(2023年)の際にも「役を守る」という言葉を使われていましたが、ご自身の中では大切な信条なのでしょうか。

大きいものだと思います。元々「役を守る」は、『佐々木、イン、マイマイン』の撮影時に藤原季節さんに「いまは役を守った瞬間だったね」と声をかけていただいた経験からもきていて、さまざまな人や作品に教えてもらってきた感覚もあります。ただ、同じ「役を守る」という言葉でも、杏に感じた想いはちょっと特別なものかもしれません。いままで感じたことのないような「この人を守る」「心の中で彼女と手をつなぐ」という感覚になりました。やはりモデルとなった方が実在したということが大きいように思います。

準備段階でも入江さんとコミュニケーションを密に取ったり、作品に関わる方々にお話を聞く時間を重ねる中で、「この人を守る」という覚悟と反比例して「この人を演じて、映画にして世界に向けて発信すること」に対する怖さがのしかかってきました。とにかく、最初から最後まで想像し続ける過程だったように思います。

――作品を拝見した際に、杏が「歩く」「佇む」「見つめる」シーンの多さが印象的でした。その都度、彼女の気持ちを観る側が想像する余白が与えられているような気がします。これらのシーンは入江監督とどのようにつくり出していったのでしょう。

入江さんと取材を受けさせていただいた際に「自分の口から演出を指示した記憶がない」とおっしゃっていましたが、確かに一方的な演出というより撮影前から一緒に取り組んでくださって、「こういう態度で映画に臨みましょう」という前提を交換し合えた感覚がありました。衣装を着てメイクもした状態でカメラテストを一度行い、そこで歩くシーンなどを幾つか撮ってみて「どうでしょう」と話をしましたが、その際も「大丈夫、いいと思います」と言っていただけました。

PEN-117.jpg
通常、監督とスタッフのみで行うことの多い撮影前の「カメラテスト」から参加。衣装合わせもスタイリストやヘアメイクと意見交換をして決めていき、杏という役に少しずつ馴染んでいったという。

――河合さんのお話を聞いていると、「このシーンの方向性はなにか」「作品がどのように届くか」といったことを考えられていて、視野の広さを感じます。それは映画の主演やドラマのレギュラー出演が増え、役と一緒に過ごす時間が増えたことが影響しているのでしょうか?

この仕事を続けていくなかで、そうした部分が強くなっているという自覚はあります。主演をさせてもらうと単純に物語の中で自分が占める割合が大きくなるので、「どういう風にこの作品を届けよう」という部分に自分もコミットしやすい環境になるんです。

その意味で、あまり自分の演技や役だけの単位で考えるタイプではないと思いますが、今回は杏だけにフォーカスするタイプの撮り方でした。「この地点に着地させるためにこのシーンをこう動かして……」といった作業はもちろん行いましたが、俯瞰して見るより杏と同じ目線でいられるように心がけました。なにかを描く際に上から目線になりたくなかったし、自分の肉体で感じられることや見ることを大事にしようと思ったんです。いつもとは逆のやり方なので「映画と距離が近すぎるかな」とも思ったのですが、入江さんも近いことをお話しされていたので、信じて飛び込みました。

――普段と異なる演技や役づくりに、苦労されましたか?

ただ、意識的にそうしたわけではなくだんだんそういう方向になっていったため、「苦労」という感覚はありませんでした。脚本を読んでいて最初は「もうちょっとこういう届け方をした方がいいんじゃないか」「このシーンやキャラクター、事件について違う伝え方があるかもしれない」などと考えてはいましたが、今回は自分がこの人を請け負うことで精いっぱいといいますか、自分の役割は「映画をつくる」「物語を描く」ではなくて「杏として生きる」で、そこに全エネルギーを使うことに切り替えました。映画としての部分については、入江監督を信頼してお任せした感覚があります。

PEN-136.jpg
本作の撮影にあたり、薬物更生や介護の専門家とも話す機会をもったという。

――河合さんは、物語を映像として伝えていくことの意義についてどうお考えですか?

『あんのこと』に取り組んでいる最中に考えていたことは、この作品に描かれているような許しがたいことが現実にあり、同じような痛みを背負っている方がいらっしゃるということです。そんななか、私が「世界をもっとよくしたい」と思ったときに、具体的な支援ができているわけではないし、記事を書くジャーナリストでもなければ、命を助けられる医者でもありません。お芝居をすることを選んだことをふがいなく思うときもあります。「直接人を助けた方が早くないか」という想いももちろんありますが、「映画だから忘れられない」ということもあるのではないかと考えています。もしそういう人がいてくれたら、つくって良かったと思えます。

映画というものはなにかを断罪したり白黒つけて判断するだけではなく、そこに在った時間や感情をそのまま届けられることに強みがあるのではないでしょうか。杏が助けられたこと、前を向いたことを。綺麗ごとかもしれませんが、いまの私はそう考えています。

サブ10.jpg
薬物から更生し、新しい人生を動き出すも、コロナ禍を始めさまざまな障害を杏が襲う。

---fadeinPager---

「消費のサイクルに呑まれたくない」という気持ちもある

PEN-091.jpg
PEN-093.jpg
2024年はすでに3作の映画と2作のドラマへ出演が発表されている。

―― 近年では『少女は卒業しない』『RoOT / ルート』など、同世代の役者と関わる機会も増えてきた印象があります。

確かに増えましたが、目上の方との共演のほうがまだまだ多くて、刺激や学びを日々いただいています。『RoOT / ルート』で共演した坂東龍汰くんとは元々知り合いで出演作も観てきましたが、あっけらかんとした印象でありながら私は天才型だと感じています。事務所に入ったばかりのときにワークショップでお会いして、エチュード(簡単な設定や状況を決めた即興演技)をおこなっているときに、「ものすごくオリジナルなものを持っている方だ」と思ったのを覚えています。一緒にお芝居するのは楽しみでしたし、実際共演していても心がキラキラしている感じがありました。

あともうひとつ思うのは、自分がたとえば高校生や10代の感覚からはどんどん離れていっているということです。私はいま23歳ですが、その世代の方々と共演した際にジェネレーションギャップを既に感じますし、どんどん加速している感覚もあります。2024年といういまを同世代がどう感じているか、その感覚と離れないように、浮世離れしたくないとは思っています。

――逆に、河合さんが表現を続けていくうえで、ずっと変わらないものはありますか?

仕事として続けていくうちに理詰めになってきたといいますか、頭で考えすぎるようになってきたところもありますが、根本的にあるのは「身体表現が好き」という気持ちです。私は元々ダンスが好きでお芝居を始めたところもあり、作品をつくる意義云々の前に「単純にお芝居が楽しい」と思う自分がいる、というのは節々で思い返すことです。 

PEN-144.jpg

――「楽しい」が原点としてあって、そのうえで「背負う」わけですね。

やっぱり「やらなきゃ」だけでは絶対続けていけないだろうな、とは思います。そこは変わらずにいたいし、きっとこの先も変わらないと思います。それは観る側としてもそうで、面白い映画や舞台、テレビを観たときにすごくときめいてしまう自分がいて、それはお芝居を仕事にする前から変わらないものです。

最近ですと、『ボーはおそれている』が最高で、パンフレットも購入しました。エクストリームなだけに収まっていなくて、とっても楽しかったですし、「脳内で考えていることをここまでアウトプットできないよな」とも感じました。アリ・アスター監督は「自分はこういう者です」を作品を通して世の中にわからせ続けていて、凄すぎるつくり手だと思います。

――ドラマ『不適切にもほどがある!』でさらなるブレイクを果たした、現在の心境を改めて教えて下さい。

ドラマに出演したとき「家族で観てるよ」という声をたくさんいただけて、自分が出演した作品が電波に乗ってみんなの家で流れていることがとても嬉しかったです。映画だとなかなか「お茶の間で流れる」は難しいと思いますし、貴重な経験でした。宮藤官九郎さんの作品は元々好きで、今後もジャンルやメディアにあまりとらわれず、自分の心が動いたものに取り組みたいと思います。

ただ、それと同時に「消費のサイクルに呑まれたくない」という気持ちはどんどん強くなっています。たとえば『ボーはおそれている』くらい面白い作品にだけ出演したいと思ったら、年に1本か2本しかできないと思います。でもいまの自分はそうではないぶん、絶対に思考停止はしたくないし、できるだけ真摯に届けられる作品に出ていたいです。

PEN-098.jpg

映画『あんのこと』

52446bed86d609a30cf9dc5bbc3a576cdb20f206.jpeg

母親からの暴力や売春など過酷な人生を送ってきた21歳の杏が、刑事・多々羅と週刊誌記者・桐野との交流の中で人生を生き直していく。6月7日より新宿武蔵野館ほかにて公開。

ドラマ『RoOT / ルート』

6d05442a8e135bf528e8ae54379b0ae6969a3640.jpeg

2021年のアニメ『オッドタクシー』から派生したドラマ。河合優実と坂東龍汰扮する若手探偵コンビがとある事件に巻き込まれていく。テレ東ほかにて毎週火曜24時30分から放送中。