4月24日より森美術館でスタートし、9月1日まで開催されている『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝(以下、アフロ民藝)』。一昨年の国際芸術祭『あいち2022』に参加し、愛知県常滑市の旧土管工場に併設された住宅を、音楽、ウェルネス、陶芸研究のためのプラットフォームに生まれ変わらせたプロジェクトで話題を呼んだシアスター・ゲイツによる、日本初にしてアジアでも最大規模の個展だ。自身が拠点とするシカゴのサウス・サイド地区で、地域の活性化や黒人の歴史、文化のアーカイブにも取り組むなど、作家はその多角的な活動によって世界的な注目を集めている。
そして、ゲイツと同年齢の建築家で、OMAのパートナーであり、OMAニューヨーク事務所の代表を務める重松象平。『クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ』展(2022年末〜/東京都現代美術館)のセノグラフィや、2023年10月にオープンした虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの建築デザインで高く評価された彼が、「2023毎日デザイン賞」授賞式に合わせてニューヨークから来日した。
重松の事務所では、2025年にオープン予定のニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート新館(ニューヨーク)や、シカゴではイリノイ州の公立大学が連携するディスカバリー・パートナーズ・インスティチュート(DPI)のイノベーションセンターなど、アート関係やシカゴにおけるプロジェクトに携わっていることもあり、共通の知人も多く、互いの活動を気にかけていたふたり。SNSではすでにつながっていたが、『アフロ民藝展』設営中の森美術館で初めて直接の対面を果たした。
ゲイツに話を聞きながら、展示を案内してもらった。

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「神聖な空間」と題された第1章では、創作の原点を紹介
展覧会場入口には、「アフロ民藝」という言葉に込められた意図が掲示されている。2004年に愛知県常滑市に滞在して陶芸を学んだゲイツは、人の手の痕跡を感じられる日本の陶芸の「味」に触れ、無名の工人たちによってつくられた日常的な工芸品の美しさをたたえる「民藝」の思想から大きな影響を受けた。そして、1960年代から80年代にかけてアメリカで起こった「ブラック・イズ・ビューティフル」運動のような、黒人たちの文化的抵抗の物語と重なる部分を感じたという。外部からの文化的アイデンティティの押し付けに抵抗し、集団的アイデンティティを守る意識に共通点を見たのだ。最初の展示室は、ゲイツのその創作活動の原点といえる思想を感じさせる導入となっている。

-ー展示第1章「神聖な空間」は2点の象徴的な作品から始まり、ゲイツさんと常滑という土地との関係を強く想起させる空間へと展開します。展示の意図を聞かせてください。
シアスター・ゲイツ(以下、ゲイツ) 私は自分の人生や作品を「民藝」や「アフロ民藝」と定義付けたいわけではありません。そうではなく、自分が何者であり、どこから来た存在なのかを知るためには、自分をかたちづくる重要なものを認識する必要があると考えています。自分の人生にとって日本の存在は重要であり、私が影響を受けた「民藝」には、朝鮮半島に出自を持つ職人の技能やスピリットも影響している。そうした要素が、アフリカ系である自分の出自と結びついて、つくり手としての自分がかたちづくられています。
重松象平(以下、重松) 人が自分のアイデンティティについて考えたり主張したりするとき、自分が属するコミュニティばかりに目を向け、他を排除しがちです。ゲイツさんが自身のアイデンティティとして黒人コミュニティだけではなく、日本からの影響ばかりかその背後にある朝鮮半島からの影響も認め、そうしたすべての要素が自分をかたちづくっていると認識されているのは、すごく美しいことだと感じます。
ゲイツ 最初の展示室では、そうした民藝の原点と、私が父から受けた影響を見せたいと考えました。ひとつが、木喰上人による『玉津嶋大明神』の木製彫刻で、もうひとつが私の作品『年老いた屋根職人による古い屋根』です。屋根職人であった父が手掛けたタールの屋根を用いたペインティング作品です。

重松 ゲイツさんが建築や具体的なものづくりに携わるきっかけとしては、屋根職人だったお父さんの仕事からの影響が大きいのでしょうか。
ゲイツ 間違いありません。高校生くらいまではよく父の仕事について行っていましたし、建物や土地に興味を持ち、手で屋根や建物に触れることがなにかをつくる意識へと向かわせました。屋根の漏水対策に用いたタールを使うことは、父への敬意を表することにもつながっています。
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常滑に滞在して陶芸を学んだ

ゲイツ 常滑は煉瓦や土管などの産業陶器の生産でかつて栄えた町です。私は2004年に「とこなめ国際やきものホームステイ(IWCAT)」に参加し、陶芸を学んだことが創作を方向付ける大きなきっかけになりました。この展示室の床に煉瓦を敷き詰めた空間作品『散歩道』が生み出す黒から茶色のグラデーションは、私が常滑の色だと感じている色です。
重松 どういうきっかけで常滑を知ったのですか。
ゲイツ アメリカの大学時代の先生がきっかけです。その先生は1990年代に、さらにその先生が80年代に常滑で陶芸を学んでいるので、私は3代目だといえます。


ゲイツ 展示室入口の壁には、私のコレクションから2点を並べて展示しました。19世紀に生きた歌人で陶芸家として生きた蓮月は、千利休や桃山時代の表現者たちのスピリットを美しい書で表現した作家です。彼女は先人たちの表現を学び、日本のレガシーを受け継ごうと尽力しました。そして、同じく19世紀の奴隷制時代を生きたアメリカのデイヴィッド・ドレイクの作品も一緒に展示しています。彼はアフリカ系のアイデンティティに誇りを持ち、製陶を通してその意思を表現しました。最初に認められた黒人アーティストのひとりといえるかもしれません。
重松 シアスターさんは収集すること自体をアートとして昇華されています。これらの作品コレクションは、保管場所などがあるのですか。
ゲイツ いえ、シカゴのスタジオや自宅に飾ったり、普段の生活で使ったりしています。あと常滑の拠点にも何点か置いています。ミュージアムを所有しているわけではありませんし、蒐集した作品も自分の生活の一部だと考えています。

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伝統から革新を生み出すアフロ文化の伝統

-ー『散歩道』から、ハモンドオルガンが置かれ、十字架を連想させる彫刻作品を設置した教会空間へとシームレスに展開します。
ゲイツ キリスト教的実践に自分なりにアプローチしたインスタレーション作品が『ヘブンリー・コード』です。色は常滑の色ですね(笑)。
重松 一貫していますね(笑)。 色やテクスチャーへの感覚がとても研ぎ澄まされている感じです。


ゲイツ この「ハモンドオルガンB-3」は、教会でパイプオルガンに取って代わり設置された楽器です。通常は1台のスピーカーのみ接続して使用するので、本体も含めコンパクトで置きやすいサイズで、素晴らしい音を出します。白人たちの教会で讃美歌のために使用されていたこのオルガンを、黒人はゴスペルやジャズに用いるようになりました。もともとは教会で用いる宗教的な楽器でしたが、それにとどまることなく、黒人たちはその音色に自分たちのソウルを投影し、たとえばミュージシャンのジミー・マクグリフのようにジャズとしての表現を生み出しました。共同体の象徴としての楽器であり、また同時に実験的なツールとしても用いたのです。
重松 ターンテーブルをある意味楽器として使い出した、DJカルチャーを生み出したことにも通じるものがありますね。
ゲイツ まさしく。黒人には歴史的に、既存のものをよりよく活用するための方法を発明しようとする伝統があるのかもしれません。それによって黒人のアイデンティティを自分たちで確立しようとした。一方、民藝には、文化的搾取や政治利用などの負の側面もあるかもしれませんが、オーセンティックな日本の価値観とはなにかを見つめ続け、白人の西洋文化に打ち消されない強度があった。黒人文化と民藝にそうした共通点を私は感じています。

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図書館をコミュニティの核とする


-ーオルガンを設置した教会が象徴しているように、音楽は共同体において大きな求心力を持ちます。同様に、ゲイツさんのプロジェクトでは図書館もとても重要な役割を担っています。
ゲイツ 図書館というのはとても大切な場所で、デジタル空間ではなく人々が実際に集まれる物理的な空間として存在することが重要だと思っています。そこには書物としての知が蓄積されるだけでなく、去年や昨日起きた出来事、500年前の歴史などの記録も一箇所に集積される。公立の施設であれば基本的に、貧富の差も関係なくそうした知や歴史にアクセスすることができる。それが図書館です。 シカゴで「リビルド・ファウンデーション」という財団を2010年に設立し、黒人の歴史や文化を記録する書籍や資料の管理を行っているのですが、その活動を通して、知識というのはクールなものであり、楽しめるものだということを知ってもらいたいと思っています。知識を得ることでクリエイティビティが広がりますし、それだけ重要なものです。
重松 私もいまシカゴで、イリノイ州立大学が連携するディスカバリー・パートナーズ・インスティテュート(DPI)という機関のイノベーションセンターを設計しているので感じるのですが、シカゴには地域のコミュニティが主導で展開する多様なアクティビティが生まれる魅力的な環境があります。ゲイツさんはそのコミュニティーをボトムアップでクリエイティブに先導する先駆けのような存在ですよね。
ゲイツ DPIのプロジェクトの話は素晴らしいですね。私もシカゴのみではなく、たとえば日本の人々に黒人文化を知ってもらえるように、黒人の図書館を日本でつくることを夢見ています。

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職人から受けるものづくりのインスピレーション

ゲイツ 常滑の陶芸工房もそうですが、ものづくりの現場に行くと、職人たちはなにをすべきか知っていて、そこでなにがつくられたのかすべてを把握している。そうした環境を目にすることができるのは刺激的です。
重松 本当にそうですね。建築家は建物の外観や空間をデザインする際、事務所でスケッチしたり設計図をコンピューター内でまず描いて、そこから徐々に模型からモックアップなどの部分的な実寸模型へと試作を繰り返してやっとかたちが形成されていくわけですが、最終的なつくり手の作業や工事現場を見てその仕組みや職人さんの気概を理解することは、設計プロセスの根幹となりますし、また大きな刺激となります。建築家とつくり手との相互関係は非常に大事なものですから。
ゲイツ 「ブラックネス」がテーマの第3章に展示したこの『基本的なルール』という作品も、建築と深く結びついています。廃校となった小学校の体育館の床をはがし、板の縦縞と床の上に引かれていたさまざまな色の線を用いて抽象的な模様を描いた一種のペインティング作品です。もし子どもたちが学校で遊ぶ場がなくなり、守るべきルールがなくなったとしたら、なにが起こるでしょう。子ども同士の対話の機会が失われ、相手を尊重し、社会性を学ぶ場がなくなることを意味しています。それは非常に危険なことです。
-ーものづくりを真摯に見つめ、創作を通じて社会を動かしていくアートの強度を展示全体から感じました。今日は貴重なお時間をありがとうございました。



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最後の章は、民藝とアフリカ文化が混交する「アフロ民藝」

展覧会冒頭の木喰上人による神像とタール・ペインティング作品に始まり、常滑で得たネットワークから生み出した作品や、アフリカ系アメリカ人の歴史を展望するライブラリーやインスタレーションなど、個々の作品の魅力から大胆な空間づかいまで、『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝』の展示は圧巻だ。展覧会ステートメントで「ブラック・イズ・ビューティフル」運動に触れ、無名の職人による生活雑器に美を見出す「民藝」に共感しているように、ゲイツには独自の「美」の定義があるはずだ。最後に「美」の定義を尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「美はスタイルではありません。美というのは、個人の真実と関係するものだと考えています。自分がなにをしたいのか。なぜそれをしたいのか。その意味や欲求の根源を深く考え、そこに自分を捧げることができるなにか。それが自分にとっての美ではないでしょうか」
シアスター・ゲイツにとって自らの出自と結びついた「アフロ」文化や、作家を志すにあたりその価値観において大きな影響を受けた「民藝」が美であり、そのハイブリッドから生まれるなにかにまた、新たな美を見出すに違いない。「アフロ民藝」の殿堂に足を踏み入れ、その美学と知的なエネルギーに圧倒されてほしい。


『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝』
開催期間:開催中〜9/1(日)
会場:森美術館
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時〜22時 ※火曜のみ17時まで(8/13は22時まで) ※展示室入場は閉館の30分前まで
会期中無休
入館料:一般¥2,000(平日)、¥2,200(土、日、祝)※専用サイトでチケットを購入すると200円引き
www.mori.art.museum/jp/exhibitions/theastergates/index.html