シンガポールで生まれ、同地を拠点にするアーティスト、ホー・ツーニェン(1976年〜)。東南アジアと呼ばれる地域の歴史的な出来事や思想、個人または集団的な主体性や文化的アイデンティティに独自の視点から切り込むと、映像やヴィデオ・インスタレーション、パフォーマンスなどを制作してきた。幅広い資料や膨大な言説を参照し、再編成することで知られるホーの作品は世界各地でも取り上げられ、2011年には第54回ヴェネチア・ビエンナーレのシンガポール館の代表を担うなど活躍している。日本でも近年、山口情報芸術センター[YCAM]や豊田市美術館(ともに2021年)にて新たな作品を発表して話題を集めた。
東京都現代美術館にて開催中の『ホー・ツーニェン エージェントのA』では、最初期の作品から6点の映像インスタレーションを展示するとともに、国内初公開となる最新作を紹介している。デビュー作《ウタマ—歴史に現れたる名はすべて我なり》とは、シンガポールという国家の起源をひも解いた作品だ。13世紀末にサンスクリット語で「ライオンの町」の意味する「シンガプーラ」と名付けたとされるバレンバンの王子、サン・ニラ・ウタマを取り上げ、歴史や神話の入り混じった物語を紡いでいる。19世紀末に植民化されるはるか以前、島へやって来たウタマがとった行動とは? その諸説を検証しながら、英国東インド会社の行政官スタンフォード・ラッフルズを建国者とする近代の建国物語を解体している。
VRと6面の映像による『ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声』とは、山口情報芸術センター[YCAM]とコラボレーションして制作された作品。テーマは1930年から40年代の初めにかけて大きな影響力を持った京都学派の哲学者たちの思想だ。彼らが戦争の倫理性と国家のための死について議論した座談会場「左阿彌の茶室」や、西田幾多郎の「無」の思想的空間を象徴する「座禅室」といった4つの空間における言説をVRを通して没入できる。一方で最新作の《時間(タイム)のT》とは、近年のホーが考察を深める時間をテーマとしたもの。かげろうの一生や素粒子の相互作用、また友人のホームビデオなど、ホーの収集した42章の映像とテキストを用い、時間のさまざまなあり方がパラレルに存在しながら共鳴する様子を表現している。
3つの展示室において6つの作品が交互に上映される本展。開館とともに《ヴォイス・オブ・ヴォイド》の3つの映像を鑑賞し、《ウタマ—歴史に現れたる名はすべて我なり》に続いて、トラと人間を介してシンガポールの歴史における支配と被支配の関係を描く《一頭あるいは数頭のトラ》を見終わると12時近くに。一度、ランチタイムを挟んで再入場。ホーの制作の土台となる《CDOSEA》や展示室の各所に置かれた《時間のT:タイムピース》などを見て、14時スタートの《時間(タイム)のT》を60分かけて鑑賞し、予約必須のVRを体験していれば夕方近くになる。「同じところにとどまらない、常に変化する状態の展示室」を意図し、時間そのものを展覧会の構造に組み入れた、ホーの新たな表現を1日をかけて受け止めたい。
『ホー・ツーニェン エージェントのA』
開催期間:開催中〜2024年7月7日(日)
開催場所:東京都現代美術館 企画展示室 B2F
https://www.mot-art-museum.jp/