フェラーリのミドシップオープンである「296 GTS」に乗った。1年前に乗ったクローズドボディの「296 GTB」とシートにおさまった感じは一緒なので、はじめからオープンで走ってみたんだけど、街中に出た途端に戦慄が走ったんですよ。
背中にエンジンを感じるようなシートの中心に沿った硬さや、遊びのないステアリングの正確な舵角、アクセルやブレーキの踏み代の無駄のなさ、交差点を曲がるだけで明滅するようなフレームの存在感だったりが、身体に情報となって駆け抜けていくんだ。
格納式のハードトップにより70kg重量が増しているとはいえ、街中で感じる違いに大差はない。でも、なにかが強く主張している。しばらく走らせて首都高の高架下に差しかかりエグゾーストノートの反響が耳に届いたとき、ようやく気づいた。「ああ。これはサーキットを走るためのクルマなんだ」ってね。
結論から入ると、より軽量で剛性も高いはずの「296 GTB」の方が速いラップタイムを出すためには有利だろうけど、「296 GTS」こそサーキットを走るべきクルマなんだ。映画『フォードvsフェラーリ』を思い出して欲しい。冒頭のモノクロの回想シーンでキャロル・シェルビーがハンドルを握る「アストンマーティンDBR1」はフルオープン。運転席で感じる生々しいエンジンの震えや、アスファルトの表面が輪転機にかけられたように猛スピードで流れていく様子は、クローズドボディのレーシングカーでは味わえない臨場感。
五感をフル活用してサーキットに挑むあの臨場感こそ「296 GTS」が最も輝く瞬間なんだ。たとえばこのクルマは、ホットチューブと呼ばれる排気音をキャビンに送り込む排気レゾネーターをオープン用に再設計している。それによって低速域でのターボの吸気音や回転音といった、クローズドボディでもかすかに聴こえていたメカニカルノイズが、より鮮明になる。それとともに「ピッコロV12」と呼ばれる、驚異的なV6ツインターボを余すことなく体感させてくれるんだ。
点火順序と、すべて等張の長さに調整されたエグゾーストマニホールドにより、レッドゾーン8,500rpmに近づくにつれ、ほとんどV12エンジンのようなフェラーリサウンドを奏でる。湾岸線の海中トンネルで響かせるハイトーンは神々しくて、低音のバリトンバスからすべてが溶け合うようなテナーへと一瞬で変貌することが出来るオペラ歌手のよう。それこそ自然吸気エンジンのように滑らかに回り、宇宙の特異点に吸い込まれるようにして周囲の景色を置き去りにしていく。
バイワイヤー式ブレーキや、電動アシスト付きステアリングも完全に制御されていて、わずかな違和感さえ許さない。ルーフを閉じた状態で、実際にその途方もない妥協のなさに触れると「夢でも見てるのだろうか」って気になるんだ(笑)。
パワートレインのハイブリッド化をきっかけとした電子デバイスの緊密な連携によって、フェラーリらしさはいっそう深みを増している。その黄金のバランスと方程式を感じられるとしたなら、夢のままで満足してはいられない。その方程式は「完全への執念」とともに、「挑戦しない安泰」を拒否する情熱と崇高さとともにあるからなんだ。
そんなときクローズドボディによる一人称だけでなく、ルーフの外にある三人称視点を得る手法がオープンであり「296 GTS」を選ぶ、より正統な理由となる。さぁ、ルーフを開けよう。そのレシピがノイズに満ちた現実世界に調和するのか、またはサーキットで昔ながらの方法で本性を現すのか、試してみよう。さしずめ謎めいた本性をリアルによって際立たせて、「その魂をあらわにせよ」って感じかな。
個人的には、創業者であるエンツォ・フェラーリ(故人)なら自分がGOを出した「250LM」に多くのインスピレーションを得ている「296 GTS」をどう思うのか、とても気になった。だからこそ、この夏に公開されるマイケル・マン監督の映画『フェラーリ』がより待ち遠しくなったんだ。
フェラーリ 296 GTS
全長×全幅×全高:4,565×1,958×1,191mm
エンジン:V型6気筒DOHCツインターボ+モーター
排気量:2,992cc
システム最高出力:830ps/8,000rpm
システム最大トルク:740Nm/6,250rpm
駆動方式:RWD(ミドシップ後輪駆動)
車両価格:¥43,190,000(税込み)~
問い合わせ先/フェラーリジャパン
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/296-gts