映像作品には、色彩補正・調整によってシーンの雰囲気をつくる「カラーグレーディング」という編集工程がある。それを担うのが“カラリスト”だ。アカデミー賞視覚効果賞を受賞したことでも記憶に新しい、映画『ゴジラ-1.0』。モノクロ版『ゴジラ-1.0/C』でも注目を集めた本作で、時代背景を物語るリアルな質感と圧巻の迫力を生んだカラーグレーディングを務めたのが、ARTONE FILMの石山将弘だ。彼はいかにしてカラリストになり、どのようにクリエイションと向き合っているのか……?
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“色”で作品の可能性を引き出す、カラリストという仕事
カラリストは、その名の通り“色”の専門家だ。映像に色彩補正・調整を加えてシーンの雰囲気をつくり上げていく「カラーグレーディング」の専門家であり、映画・映像づくりにおいて必要不可欠な存在。ただ石山によると、カラリストが専門職として確立したのはここ10年ほどのことだという。
幼い頃より絵画に興味を抱いていた石山は、『スター・ウォーズ』の制作会社ILMに日本人で初めて在籍したマットペインター(背景画職人)の上杉裕世と知り合い、その道を志すように。ただ、当時の日本はマットペインターとして食べていける環境ではなかった。そこで石山は『パスト ライブズ/再会』や『哀れなるものたち』も手掛けるポストプロダクション「Company 3」と提携を結ぶ、ポストプロダクションに就職。アシスタントとして修行を積むなかで、色の奥深さに魅せられていったのだという。
約10年にわたりさまざまなCMに携わるにつれて、映画でも声がかかるようになる。『ヤクザと家族 The Family』や『青春18×2 君へと続く道』ほか藤井道人監督作品、第96回アカデミー賞で日本映画初となる視覚効果賞を受賞した山崎貴監督作『ゴジラ-1.0』などにカラリストとして関わった。
「作品への関わり方はチームによって変わります。たとえば『陰陽師0』は色彩の設定を初期段階で決めたいとのことだったので、撮影前の衣装合わせやオールスタッフ(スタッフ・キャストが一堂に会する顔合わせ・打ち合わせ)から参加し、平安時代の衣装が映像になるとどう映るのか、衣装デザイナーと生地の選定から携わりました。『ゴジラ-1.0/C』に関しては、山崎組が歴史もののエキスパートなので、出来上がった映像に対して作業していきました。藤井組では、カメラマンさんと“どういう色合いの中で撮影をしていくか”のLUT(Lookup Table。色調ほかを数値化したもの)を一緒につくることが多いです。『ヤクザと家族 The Family』では章ごとにテイストが変わるため、ベースとなるLUTをお渡しして、それをもとに撮影が行われました」
2021年にはカラーグレーディングスタジオ、ARTONE FILMを設立。現在では約10人のカラリストが在籍し、次世代の育成も行っている。「優秀なカラリストだけでチームをつくり、カラリスト自身が経営していきたいという想いからARTONE FILMを亀井俊貴とともに立ち上げました」。
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「イメージがあるから手が動く」、対話を重ねて正解を導き出す
カラリストとして、石山が重視しているのがコミュニケーション。約2年間携わったという『ゴジラ-1.0』などのVFX大作は例外だが、映画では1本につき大体1週間ほどがカラリストに与えられる作業期間だという。その間、スタジオに詰めて作業をするのだが、石山は、監督やカメラマン、デザイナーにプロデューサーといった協働する面々の“人となり”を世間話や趣味などの些細な話から把握し、求める正解を導き出してゆく。「イメージがあるから手が動くわけであって、そのためには情報を引き出す必要があります。『はじめまして、じゃあ作業しましょう』ではなく、まず話す時間を大切にしています」
黙々と集中するのではなく、まず相手を知り、対話の中でカラーをつくってゆく。石山の中に「物語や世界観の一員になりたい」という強い想いがあるからこそだ。
「広告であれば、すべてが美しくて商品も映える“100点のカット”を積み重ねていくイメージがありますが、映画のような長尺のものは同じ方法論だと緩急がつくれず、大事なシーンが際立たない。そのため自分は、監督のやりたい演出と脚本を最も大事にしています。『自分のカラーを見てください』と主張するのではなく、作品の中に沈ませる意識ですね。観た方が感動できるのが一番なので、より感動できるために色を抜いたり足したり明るくしたりして“何を見せるか”を話し合いを重ねながら調整していきます」
見てきた作品や感性によって、カラリストそれぞれに得意な分野は異なる。「この作品は別のカラリストのほうが合う、と感じたら、僕はサポートに回ります」と語る石山。憧れのクリエイターは、自身にとって“教科書”だというクリストファー・ノーラン監督だ。
「彼がIMAXでつくる世界観にはとても影響を受けています。IMAXは人間の視野角に最も近い設定で、持っている情報量が違う。それによって生み出される臨場感には圧倒されます。彼の作品はどれも難解ですが、それでも世界中でヒットしていますよね。『最も大事なのは、観客を感動させられるかどうか』という僕の指針をつくってくれたのもノーラン監督です」
「その他にヒントをもらった作品は、ロジャー・ディーキンスが撮影を手掛けた『1917』。彼はオールドレンズで時代性を出すのではなく、実際に現場にいる臨場感を重視してレンズとカメラのセットを探したそうです。カメラマンの哲学を汲むのは、カラリストにおいてとても重要だと改めて感じさせてくれました」
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妥協なき作品づくりへの姿勢、合格ラインは「感動」できること
そんな石山の“相棒”といえるのは、長年愛用しているブラックマジックデザインのカラーパネル。石山の使用機種は、いわくカラリストにとっては最高峰といえるツールであり、ハリウッドの現場をはじめ世界中で最も使われているそう。中央に4つ配置されているトラックボールで色や明るさを感覚的に調整できるほか、各々に彩度や色相が割り当てられた12個のプライマリーカラーコレクションコントロールノブに、さまざまなエフェクトを組み合わせられるインターフェース等々、無限の機能が搭載されている。
「僕は作業をするときに数値はそれほど気にしません。最初にある程度のベースのルックが出来上がったら、波形はあまり見ずに感覚的に画づくりをしています。このカラーパネルなら絵を描くようなイメージで調整できますし、作業にかかるスピードがものすごく速くなりました。必要なツールがすべて入っているので、これがないと仕事を受けられないくらい重宝しています。ボタンの配置もカスタマイズできるため柔軟性がとても高い。HDR(High Dynamic Range。明るさの幅をより広く表現できる技術)の機能が付いていて幅広いレンジの中で作業できるため、データに圧縮をかけずに済むのも効率的です」
カラーパネルには、初心者向けを含めた3つのバージョンが存在。ソフトウェア「DaVinci Resolve」は無料版もあり、カラーパネルがなくともソフトウェア単体で使用可能だ。予算感や仕事内容によって選択肢が広いのも、同シリーズの魅力といえるだろう。
最後に、カラリストとして楽しさを感じる瞬間について聞くと、「画を見て感動したときでしょうか」との答えが返ってきた。
「僕の仕事はカメラマンが撮ってきた素材から始まります。カラーグレーディングしていく過程で徐々にCGが入り、ある程度音楽が入ってくるのですが、そうなるとやっぱり感動の度合いが上がって自分の後ろに座っているプロデューサーが泣いたりする瞬間を目撃します。そういったときに『これはいい作品になるだろう』と思えて、やりがいを感じます。常に自分の中で“感動すればOK”という合格ラインを決めているため、そういうカットが多ければ多いほど嬉しいものです。これからも、そうした作品に関わっていきたいです」